第6話『何? カナちゃん男の子の知り合い居るの? 彼氏? 彼氏?』

慌ただしい日々が過ぎ去るのは一瞬だ。


波乱の幕開けとなった私の中学生活だが、私が考えていたよりも順調なものになった。


もしかしたら彼女たちの中で、私なんかに構っている暇があれば、光佑くんを攻めないと他のライバルに出し抜かれると考えたのかもしれない。


結果として私の周りには当初予定していた西川さんに、飛び入りの山口さん。そして最後に後からやってきた高橋さんの四人体制となった。


四人という数字は素晴らしい。


学業において、二人組を作ってー。やグループを作ってーが発生した際に、確実に相方を作る事が出来る。


いや、正直な所で言うなら、三人組作ってねー。対策に六人グループを作るのが理想なのだが、多すぎるとそれはそれで弊害があるし、そこはしょうがない。


後は、三人組を作る際には二人二人に別れ、それぞれ一人を確保する作戦にすれば完璧だ。


大丈夫。およそ自分と近しい考えをする人間と仲間になれたのだ。


これから中学生活という荒波も乗り越えられるはずだ。




さて、そんなこんなで始まった中学生活だが、早速朗報です! 事件が発生しました。


先生からグループを作ってね。発言が発せられたのです。


しかも男女混合の六人。


正直私は先生の正気を疑うね。


何故光佑くんがいるこのクラスでその様な発言をしたのかと。


そして案の定始まるのは光佑くん争奪戦である。


現在、入学してから約三カ月となるが、既に光佑くんはクラスの中心人物かつ人気者だ。


それはもちろん男女問わずである。


そんな彼が特定のグループに属さず、中立としている事でクラスの均衡は保たれていると言っても過言ではない。


しかし、このグループ学習は、そんな均衡を完全に破壊するものだ。戦乱の始まりと言っても良い。


そんな合戦の始まる法螺貝の音を私は確かに聞いた。


先生が、じゃあグループ作れと言った瞬間に立ち上がり、光佑くんに群がる人々。


もう抑えは聞かないだろう。何せ始まってしまったのだから。


私は、囲まれて声も届かない中で、必死に場を収めようとする兄を横目で見つつ、いつものメンバーでまずは集まる。


「とりあえず、四人は決まったってことで良いかな」


「そうだね」


「後二人。どうする?」


「どうしよっか。誰か良い人いる?」


「私は、前の学校の友達別クラスだから、このクラスでは居ないや」


「私も同じ」


「あ、なら。私の知り合い入れても良いかな?」


「何? カナちゃん男の子の知り合い居るの? 彼氏? 彼氏?」


「そんなんじゃないよー。幼馴染。ちょっと口数少ないけど。良い奴だよ」


「おっけー。なら誘おうよ。ついでにその男の子が知り合いを一人連れてきてくれればグループ出来るね」


「アハハ。期待しないで」


呑気に笑いながら無茶を言う西川さんに私は乾いた笑いを返した。


残念ながら晄弘くんの友達は、向こうで人に飲み込まれ身動きが出来ない兄ただ一人である。


およそ期待は出来ないが、もしかしたら中学に入って何か変わったかもしれない。


そんな期待と共に、私は晄弘くんに声を掛けに行くのだった。


「晄弘くん。もうグループ決まった?」


「いや、まったく」


「ならさ。一緒にやらない?」


「良いのか?」


「うん。勿論。良いから誘ってるんだよ」


「そうか。ありがたい」


相変わらず何を考えているのか分からないボーっとした顔をしつつ、頷く晄弘くんを連れて、私はまた四人の元へ戻った。


とりあえず後一人だし、歓迎されるかと思ったが、思っていたよりも反応が悪い。


「し、知り合いって大野……くんかぁ」


「あれ。まずかった?」


「いや、まずくは無いんだけど、無いけど、まぁ、ちょっと苦手というか」


「カナちゃんには悪いけど、話しにくいというか」


「加奈子。俺で大丈夫か?」


「うっ、でも、他に私達じゃあどうしようもないし」


「あ。そうだ。大野君! 大野君の友達も一緒に連れて来てよ。そしたら、最悪それぞれで活動出来るじゃない?」


「男子は男子と、女子は女子と。か、分かった。なら連れてくる」


「ん? 晄弘くん?」


誰を連れてくるつもり。と言おうとした私よりも早く、晄弘くんは騒がしかった教室に響くような低くて重い声を発した。


「光佑!」


「ん。どうした? 晄弘」


「一緒にグループ学習やろう」


「あー。うん。分かった。ごめん。という訳なんだ。今回は晄弘達とやるよ」


そう言いながら光佑くんは集まった人たちに笑顔で謝り、その場にいた人々の心を奪いつつ、私たちのグループへ合流した。


光佑くんはよろしくね。なんて笑っているが、私たちの時間は完全に停止した。


「晄弘に呼ばれるなんて思わなかったよ」


「大池だ」


「なるほどね。ならその勇気に応えないとな」


楽しそうに話している二人をよそに私は状況に付いていけかない三人に引っ張られ、秘密の話し合いに参加させられた。


「ちょ、ちょっと加奈子!? これ、どういう事!?」


「えっと、大野君は立花君と一緒に野球やってて友達なんだよ」


「はじめから言ってよー!! そういう事はー!!」


「ごめん、ごめん。まさか立花君を呼ぶとは思わなくて」


「良いけどさ。でも、でも、これってチャンスじゃない? まさかあの立花君と同じグループになれるなんて……」


「ねぇ。ちょっと。加奈子!」


「あー」


秘密の話し合いに割り込む様に現れたクラスカースト最上位の棚倉さんは近くにいた高橋さんを押しのけながら、私の所へ来るとその手を握る。


正直痛い。そして目が怖い。


「ねぇ私たち友達よね? そうよね?」


いや、友達になった覚えは無いです。なんて言える訳もなく。


「そ、そうですね」


「なら同じグループでも良いわよね?」


「いや、それは」


「何!?」


「あー、いや、その。既にグループの人数は集まったと言いますか。その……棚倉さんも自分のグループがあると思いますので、その」


「棚倉さん」


「何かしら。光佑君」


「今回は申し訳ないけど。今このメンバーでも良いかな。今から入れ替えてってやっちゃうと、時間も掛かっちゃうし。次回は一緒にやるって事じゃ駄目かな」


「それは、良いけど。約束だからね。今回だけ、今回だけだから」


「うん。約束」


先ほどまでツンケンしていた棚倉さんは恐ろしいまでに慣れている我が兄によって陥落し、去っていった。


しかし去り際にさりげなく私や晄弘くんを睨んでいく事は忘れない。


恐ろしいまでの闘争心だった。


前世は戦国武将かもしれない。


きっと釣り野伏とかしていたんだろう。




しかし、なんやかんやとトラブルはありつつも、私たちは無事グループ学習を行い、それ以降はなるべく光佑くんとは学校で関わらない様にと心掛けてきた。


学外での野球も応援には行くが、あくまで晄弘くんの応援を中心にしつつ、それとなくチーム全体を応援する。


そんな私に光佑くんは不満そうな顔をしていたが、こればかりは諦めてもらいたい。


私だって命は大切なのだ。


「あーあ。残念だな。今日も頑張ったのに。加奈子ちゃんは応援してくれなくて。妹が冷たい」


「お兄ちゃん! ひなはいっぱい応援したよ!」


「綾も」


「うんうん。ありがとうなぁ。二人とも」


「まぁまぁ。加奈子ちゃんもそういう年頃なんですよ。素直になれない頃なのでしょう」


「いや、そういうんじゃないですね。純粋に生存戦略です」


「生存戦略?」


「あはは。せーぞんせんりゃくー」


「りゃくー」


「そう。今の学校は魔境です。戦国時代です。群雄割拠。多くの武士が名乗りを上げ、光佑くんという帝を頂こうとしているんです。そんな中、私が出て行ったら一瞬で粉々にされますよ」


「あら。光佑君ったら、モテるんですねぇ」


「それはもう。いっそ恐怖すら覚えるくらいです。恋人を募集なんてしたら血の雨が降りますね」


「あらあら。それは大変。じゃあ光佑君はお嫁さんを貰うのは難しいそうですね」


「まぁ少なくとも、あの女子の壁を乗り越えて内側に入り込む必要がありますね」


「なるほど」


「なるほど?」


「む。お兄ちゃんはあげないよ! どっか行っちゃうのやだ!」


「でもでも。かなこお姉ちゃんだったら、お兄ちゃん。どこにも行かないんじゃないかな」


「あ、そうか。なら。うー。でもやだ! お兄ちゃんと結婚するのはひなだもん!」


「あらあら。おませんさんねぇ」


和やかに笑う場で、私は少し考えてからみんなの言っている意味が分かり、すぐさま反論した。


なんだか妙に顔が熱い。


「な、なに言ってるんですか! 私は光佑くんの妹ですよ!」


「でもねぇ。さっき加奈子ちゃんが言ってた条件だと、加奈子ちゃんか陽菜ちゃんしか居ないし」


「こ、幸太郎さんまで」


「それはそれで楽しそうな未来ですね。でも、光佑君も、加奈子さんも選ぶ未来は無限にありますからね。ちゃんと考えて、時には勢いで、人生を満喫してくださいね。それは勿論、陽菜ちゃんも、綾も。ね?」


朝陽さんはそんな風に笑いながら、場を締めるのだった。


付け加えられた。何かあったら力になりますよ。という朝陽さんの言葉は何よりも頼りになる物で、私は大きく頷くのだった。

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