第5話『ねぇ、なんか面白い話が聞こえてきたんだけど。立花君と同じ学校だったって?』
家の問題が概ね解決し、無事立花家の一員となった私だったが、名字だけは変わらず千歳を名乗り続けていた。
別にあの家に未練がある訳では無いのだが、周囲の混乱を避けるというのが主な目的だ。
だから立花家以外の人たちは私がどうなったのかを知らないし、あえて話すつもりも無かった。
そのお陰で外は静かであり、中学に上がるまでの約一年間で起こった事は、立花家内部の問題だけであった。
まぁ、今思い返せば色々とあったのだが、それもどれもいい思い出である。
そして、私は春から無事中学生になり、新しい学校、新しい環境で静かに過ごそうと考えていた。
しかし!!
私はここで一つの大きな問題にぶつかる事となる。
そう、それは学内序列問題。
いわゆるスクールカースト問題と呼ばれる物である。
小学校までは何となく他人の事をそこまで意識せず、気の合う人と何となく過ごしていたが、中学からは明らかに空気が違った。
それは通い始めた場所が電車で移動するような場所だったからか、小学校の時よりも人数が圧倒的に増えたからか。
理由は分からない。分からないが、クラスに入り、自己紹介をした辺りからピリッと空気が変わるのを感じたのだ。
見られている。
それもあまり好ましくない目線で。
何て言うのだろうか。品定めされているとでも言えばいいのだろうか。
周囲から受ける視線は私の位置を見定めている様であった。
そしてその結果は言うまでもないだろう。
私を見ていた人たちの中で、私の評価はおそらくは最悪に近い結果だろうと思う。
まぁ、他人の評価なんてどうでもいい。と言うのは簡単だ。
しかし、この学校という狭い空間の中で、アイツは自分よりも下の人間だ。何をしても良い人間だと思われた場合、どの様な扱いを受けるかなんて考えるまでもない。
何となくボッチで三年間過ごす程度ならば、別に気にしはしないだろう。
しかし、最下層に落ちれば最悪待っているのはイジメだ。
無視され、大切な物を隠され、何か暴力を振るわれるかもしれない。
ドラマの様に、窓から机を投げ捨てられてしまうかもしれない。
そんな風になってしまえば、最悪だ。それだけは何がなんでも回避しなくては。
という訳で、私はとりあえず同性の友達を作る事にした。
「あ、あの。こんにちは」
「……? あ、あぁ、えっと」
「私、加奈子。千歳加奈子」
「あ、ごめんね。自己紹介してたのに」
「いやいや。クラスいっぱいいるしね。しょうがないよ。えっと、西川さんだよね」
「覚えててくれたんだ。そう。西川美紀だよ。改めてよろしくね」
よし!
とりあえず一人確保である。
正直私の自己紹介を覚えている人なんていないだろうという確信はあった。
何せ私の前に話すのは、どうやったって目立つ我が兄、立花光佑である。
あのキラキラと光る太陽の後で、大して可愛くもない女が話した所で同性は見向きもしないだろう。そういうものだ。
だからこそ、相手は私を覚えていないのに、私は覚えてるよ。
貴女と友達になりたいんだよ。作戦が有効という訳だ。
まぁよほど傲慢な人間以外は、相手だけ自分を認識しているという状況に申し訳なさを覚え、多少はこっちに気を許すものである。
傲慢な人間なら無理だろうけど、その辺りは自己紹介で察している。
とりあえずは一人確保したことだし、西川さんとの交流を深めていこう、三人目以降はそれからだ。
と考えていたのだが、ここで想定外な事が起きる。
「話している所ごめんね。私も混ぜて」
まさかの三人目襲来である。
「うん。良いよ。山口さんだよね」
「あ。私の事も覚えててくれたんだ。でも改めて。山口若葉です。よろしくね」
「よろしくね。千歳加奈子だよ」
「あ、私もよろしく。西川美紀ね」
「うん。二人ともよろしく」
だぁーーー!! いきなり計画が狂った!!
三人は不味いよ! 三人は!!
何故か! 三人という人数は最悪仲のいい二人と一人になる可能性があるからだ。
この一人になった場合悲惨である。
それは言うまでもないだろう。実質二人の友達と一緒に行動しているが、共にいる空気は最悪であり、苦痛である。
しかしここを抜ければ、他に行く宛てもなく、ただ影の様に息を潜めて生きる事となる。
いや、むしろそれだけならまだマシだ。もっと悪くなれば、その弱い立場を狙い、二人から標的にされる可能性すら存在するのだ。
恐怖以外の何物でもないだろう。
うまく、立ちまわる必要がある。
今、この瞬間が非常に重要だ。ミスするな。立花加奈子!!
朝陽さんの様な誰からも愛される人になるのだ!!
私は心に女神朝陽さんを宿し、何とか二人との会話を乗り越えてゆく。
そしてどうやらそれは限りなく上手くゆき、私は何とかクラスのカースト中位辺りを目指して進めそうな、そんな予感がしていた。
だからだろうか。私は油断のあまり、言ってはならない事を口走ってしまう。
「そうそう。アハハ。だよねー。あ。そうだ。加奈子はさ。どこ小なの?」
「あぁ、南山川小って所……」
「それって! 立花君と同じ小学校じゃない!!」
瞬間、クラスの空気が死んだ。文字通りの意味で。
周囲から鋭い視線を感じる。
その視線の意味など考えるまでもない。
あの立花光佑の昔を知っている女、これは利用価値がある。だ。
叫んだ本人もしまったという顔をしていたが、こればかりは彼女を責める事は出来ないだろう。
誰も悪くない。事故の様なものだ。
いや、だって私以外にもいるのだ。同じ小学校の出身者は。
ただし、男子では。という話だ。
何故か僅かいたはずの女子はみな、別の中学へ行ってしまい、ここへ来ているのは私一人。
女で立花光佑と同じ小学校へ行っていたのは、私一人である。
考えるまでもない。最悪の状況だ。
光佑お兄ちゃんの情報を少しでも知りたい人々は、まるでサバンナの猛獣の様に目をギラつかせながら私を睨んでいた。
私は今、さながら彼女たちの前に投げ込まれた餌の肉と同じである。
この後は、猛獣同士の争いによって私は私だった物へと変化するだろう。
願わくば、生きて帰りたいものだ。
「ねぇ、なんか面白い話が聞こえてきたんだけど。立花君と同じ学校だったって?」
き、きたー!!
流石スクールカースト上位。既にこのクラスを我が物と判断し、我が物顔で中央を突破。
いきなり本丸の私へとアタックだ。
「そ、そうですけど」
そして私はと言えば、既に敗北を悟り敬語である。
いや、だってここで無駄に争っても良い事なにも無いからね!?
「ふぅーん」
あぁ、見てる。見てる。見定めてる。
お値段チェック中。
あ、鼻で笑った。
これはアレですね。こんな奴じゃ敵にもならないし、精々利用してやるか。のフッ、ですね!
「そうなんだ。ならこれから仲良くしようよ。えっと、名前は」
「千歳加奈子です」
「そ。加奈子。じゃあ、これからよろしくね」
そう言うと、自己紹介で棚倉姫香と名乗っていた少女は一方的に私の手を握る。
こっちは何もよろしくしたくないが、ここで逆らえば明日からの生活は最悪なモノとなるだろう。
故に逆らえない。
「あ、そうそう。友達になったんだからさ。色々話そうよ。ね?」
「そ、そうですね」
色々には光佑くんの要素が百パーセントほど含まれているんだろうな。と考えつつ、曖昧に笑いながら頷いた。
挨拶だけで、彼女は去って行ったが、それ以降も似たような要件で話しかけられ、私は一躍クラスの人気者である。
泣きたい……!
しかし、考えようによっては鉄壁の盾を手に入れたとも言う。
何せ私はあの立花光佑と仲が良いのだ。私に何かすれば彼に知られる可能性がある。
そう考えれば、きっとストッパーになるだろう。
多分、きっと、おそらく。メイビー。
とりあえず入学編はクリアした。
問題はこれからである。
しかし、考えて貰いたい。私には非常に強い味方が居るのだ。
私はとりあえず今後の中学生活について、朝陽さんに相談してみる事にした。
「それでですね。朝陽さんの中学校生活をお聞きしたいなと」
「私の中学時代ですか? 特に面白い話も無いですねぇ。普通の子供でしたよ。むしろ地味で目立たない子供だったんじゃないでしょうか」
「え!? そうなんですか!?」
「はい。とても大人しくて地味で、学校でも居るのか居ないのかよく分からない感じの子でしたね。決してヤンチャしたりはしていませんでした。えぇ。間違いなく」
信じられない様な話だ。
朝陽さんは光佑くんと親子なだけあってよく似ていて、その太陽の様な笑顔や温かい雰囲気も合わさり、町を歩いていても即座に見つける事が出来るくらい目立っている人だ。
容姿だって、とてもじゃないが、私と同じ人類だと思えないほどに整っている。
一瞬でも目に入れば、一ヵ月は瞼から姿が消えないだろうし、一年は恋してるに違いない。
そんな朝陽さんが、地味で目立たない!? 信じられない様な話だ。
「まったく朝陽さんは、そんな適当な話を加奈子ちゃんに話したら、信じてしまうだろう?」
「適当なんかじゃありませんよ。幸太郎さん」
「こう言ってるけどね。朝陽さんはそれはそれは人気者だったんだよ。朝陽さんと言えば、近くに住む人間なら知らない人なんか居ないくらいね」
「えー? なになに。お母さんの話!?」
「ひなもききたーい!」
「あ、もう。恥ずかしいですから」
「よし。今日は学生だった頃の朝陽さんの話をしようか」
気が付けば、光佑くんを引っ張ってきた、陽菜ちゃんと綾ちゃんも合流し、家族みんなで食後の朝陽さん談義をする事になった。
「朝陽さんはね。それはもう人気者だったんだ。まぁ今でもそうだが、世界一可愛いし。何より人当たりも良かったからね」
「特に思い出深い話としてはバレンタインデーかな。学校中の男子が、いや男子だけじゃなく女子も朝陽さんのチョコを欲しがってね。それこそ奪い合いが起こりそうな状況だった」
「そんな中、とある女生徒が言ったんだ。誰かが優遇されればそいつを私は許せないだろう。だからこそ平等に朝陽さんチョコを配るべきではないか、と」
「そして同時にこうも続けた。しかし、全てを用意しては朝陽さんへの負担が大きい。そこで私たちでお金を出し合い、業務用チョコを買い、それを砕いてもらって私たちへのチョコとする! とね」
「結果、大量の業務用チョコレートを机の上で一生懸命砕く可愛い朝陽さんを僕達は見ることが出来た。という話がある」
「あ、あれってそういう事だったんですね。なんで私こんな事してるのかなって思ってました」
「お母さん人気者だったんだね。お父さんはラッキー?」
「綾ちゃん。それは違いますよ。幸太郎さんは昔、かなりヤンチャで、色々な人に手を出してましたからね。きっと幸太郎さんが気になる子はかなり居たんじゃないでしょうか」
「そうなの?」
「えぇ、間違いありません。学校でも幸太郎さんを知らない人は居ませんでしたし。近くを通るだけで女の子もキャアキャア言ってましたよ」
「えー! お父さんすごーい!」
「……何か意図的に勘違いさせるような言い方だね。良くないよ朝陽さん」
「ふふ。そうですか? まぁ別に? チョコを渡した時、『お前が俺にチョコ? 冗談だろ? いくらだ?』って言われた事を根に持っては居ませんけどね」
「その節は大変申し訳ございませんでしたー!!」
「アハハ。お父さん、ごめんなさいしてるー! アハハ」
「えー。なら朝陽さんはどうやって幸太郎パパとお付き合いしたのー!?」
「それはもう幸太郎さんが情熱的に私の手を取って、君となら世界の果てだって行けると」
「朝陽さん。それくらいにして貰えるかな? あの時の事は思い出すと互いに恥ずかしいだろう? 君だって、その後に」
「もう! 駄目ですよ。幸太郎さん! それは子供に聞かせる話では無いです」
「なになに聞きたーい!」
「えー!? 気になる! 気になる!」
「これ以上は駄目ですよ。はい。お話は終わりです」
朝陽さんは口に人差し指を当てて、まるで悪戯が成功した少女の様に微笑んだ。
その可愛らしい笑みを見ていると何があったか、なんて考えは何処かに吹き飛んでしまう。
ただ、綾ちゃんと陽菜ちゃんの追求を逃れた後、朝陽さんは私を呼び、そっと先ほどの続きを話してくれるのだった。
「加奈子さんだけには、内緒で教えてあげますね」
「は、はい」
「私、幸太郎さんの告白が嬉しくて、思わず抱き着いて、唇を奪ってしまったんですよ」
「……っ!?」
「実は私のお母さん。加奈子さんのお婆ちゃんも、同じ様にお爺ちゃんにした様ですから。もしかしたら加奈子さんも……ふふ」
「わ、私はそんな事しません!!」
「ふふ。どうでしょうか。ふふふ」
「もう! 朝陽さんは、もう!!」
私は火が出そうな程熱くなった頬に手を当てて、朝陽さんから離れた場所に避難する。
恥ずかしい。
何かとんでもない惚気を聞かされた様な気分だ。
「あー! お母さん内緒話ズルい! 綾も綾も! 綾も聞きたーい!」
「陽菜もー!」
「はい。今は駄目ですよ。二人が大きくなったら教えてあげますね」
「ぷー!」
「お兄ちゃん! 牛乳ー! 陽菜すぐ大きくなる!」
「もう夜だから、飲んだらお腹痛い痛いするぞ? また明日な」
「むー!!」
ブーブーと文句を言う二人を穏やかな笑顔で撫でる朝陽さんを見ながら私は甘ったるい過去話でお腹いっぱいになっていた。
付き合ってすぐにそんな事をするなんて、朝陽さんって顔に似合わず結構大胆なんだな。
さ、最初のキスは、その何か、そう良い雰囲気の中で、その……晄弘くんと。
って、私ったら何を考えてるんだろ!!
あー。もう朝陽さんの話にあてられたのかな。
何か頬が熱くなってきちゃった。今日はもう寝よう!!
そしてその夜。
私は布団から天井を見ながら、何の情報も得られなかった事を知るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます