第0.8話

「…どうかしら。」


 隣に座る麗華は、不安そうな声音でオカズを口にした私に聞いてくる。


「…ん、美味しいよ。」


 私は、麗華の顔を見ずにぶっきらぼうに答える。


 以前よりも料理の腕を上げたらしい。売り物と遜色ない、いや、それ以上の美味しさだ。


 全部私の為なんだろうなと思うと、胸が痛む。


 本当ならその小さな頭をこねくり回して褒めちぎりたい。


 …けれど、部屋でのやりとりのせいですごく気まずいのだ。


 だって私が麗華の事が好きだっていうのは完全にバレてしまったし、麗華は元々私の事が好きだし…


 要するに現在私達は、お互いがお互いの対して恋愛感情を持っている事を知っている状態。完全なる両想いなのである。


「っ…」


 そんな事を考えていると、隣から息を呑む音。そして、布が擦れる音が聞こえる。


 ただ、麗華は声を発しない。


 さすがに人の顔を見ずに話すのは態度が悪かっただろうか。


 今度は私が不安になって、麗華の方をチラッと見る。


 そして、私は麗華の姿を認めると、目を見開いてすぐに顔を逸らす。


「や、やめろその恋する乙女みたいな顔…」


 麗華は自分の胸元で両手をギュッと握り締め、心底嬉しそうに幸せを噛み締めていた。


 そんなのずるいじゃん。


 私のあんなそっけない言葉一つに、そんなに喜ぶなよ。


 私は気を紛らわせる為に、ご飯を頬張った。


「…恋してるんだから、仕方ないわ。」


「ぶほっ…けほっ…ぉ、おま…」


 私の悪態に呟かれた言葉。それにむせる私


 でも今のは私の言葉が悪かった。


 吹っ切れすぎて、思った事を全て口にする麗華には気をつけなければいけない。


「あらあら〜」


「甘すぎるな。」


 そんな私達を見てニヤニヤするママと、咲ちゃん。


 四人、食卓に並ぶ私達はあまりにも自然な四人家族で。すごく居心地が良くて、居心地が悪い。


「か、からかわないでよ」


 私はそんな3人から早く離れたくて、バクバクと勢いよくご飯を詰め込んだ。



「そういえば麗華ちゃん。今日のお風呂はどうしようかしら?」


 私が最後の一口を飲み込んで、さっさとここから出ようと立ちあがろうとした瞬間。


 ママが意味深な事を言ったので私は立ち上がるのをやめる。


 お風呂で何か気になることなんてあるのだろうか。少しだけ気になった。


「さすがに4人で入るのは狭すぎますか?」


「…は?」


 そんな風に不思議に思っていると、麗華の口から出た言葉に私は思わず声を出してしまう。


 4人で…入る?…お風呂に?


 いやいや、何かの間違いだろうと…麗華を見る。


「…その、私ここ数日間は咲先生と明乃さんと一緒に入ってたから…」


 すると、どこか照れ臭そうに言う麗華に、私の時は完全に止まる。


「あぁー。そういや、こいつ明乃さんに浮気してたぞ。」


「ちょっと先生っ…」


「ずーっと顔真っ赤にして、全然目開けねぇのこいつ。ほら、明乃さんプロポーション半端ないだろ?」


「それを言うなら咲ちゃんに対しても随分反応してたわよね?」


「とんだエロガキだな」


 私が固まっている間に、3人の間でとんでもない会話が繰り広げられている。


 全部が意味不明すぎて、疑問点として取り上げる箇所が多すぎる。


「…じょ、冗談でしょ?」


 震える声で麗華に問うと、顔を赤くした麗華は困った様に眉を八の字にした。


「…ごめんなさい」


 それでようやく、先程の会話が全部事実なのだと確信した。


 同時に、私の中に嫉妬の炎がメラメラと燃えだす。


 私も見たことない麗華の裸を、ママと咲ちゃんは見たの…?

 

 麗華は私以外の女の体に興奮したの…?


 そもそも、なんで私以外の女に身体を許すの…?


 なんで…麗華と両想いなのは私なのに…


「最悪綾音と付き合えなかったら、私達の所に来るといいわ。麗華ちゃんなら間に挟まっても大歓迎だし。」


 そんな嫉妬の炎が順調に拡大しているところに、ママが追い風を起こす。


「え…ほんとですか?」


 そして、隣の麗華が満更でもない顔をするから…


「なに本気で期待した顔してんだアホ!」


 私は麗華の手を引いて、ママ達から隠すように抱きしめてしまった。


「…ぁっ…」


 細いのに柔らかい身体。もっと欲しくてぎゅっとすると、私の胸に埋まった麗華の口から可愛らしい声が漏れる。


 私のだ…誰にも渡したくない…


 麗華を自分の腕の中に収めたことで、安心したのか嫉妬の炎が弱まる。


 しかし、それと同時に冷静になった頭は自分がとんでもない事をしてしまったことに気づかせる。


「…ぇ…あ、ご、ごめっ…ん…っ」


 私は顔に熱がたまるのを感じながら、麗華をバッと離した。


「ん…んーん…」


 私の胸に押さえつけられていたせいか、顔を真っ赤にしてボーッとしている麗華に、思わず喉を鳴らす。


 本当にダメだ。全く我慢が効かなくなっている。


 前はこんなんじゃなかったのに…。


 もっと楽観して、どこか諦めて、麗華の幸せだけを願っていたはずなのに…。


 今は自分の欲がそれらを大きく上回ってしまっていた。


「確かに綾音の言う通り、浮気になるもんなぁ」


 私達…主に私がまた気まずい雰囲気にいると、咲ちゃんがニヤニヤしながら私に言う。


「な、べ、別にフリーの麗華が誰と付き合おうが私には関係ないし、浮気にもなんないし!」


「んー?私は結婚してる私と明乃さんが麗華とも関係を持ったら浮気になるなって意味で言ったんだが?」


「ぁ…」


 そして、完全に嵌められた。


 更にニンマリとした顔をする咲ちゃんは、あまりにも意地悪だ。


 この場にいるのは危険だと判断して、今度こそ立ち上がる。


「…う、うっさい。部屋戻る。」


 そして、自室に戻ろうとした所…


「…れ、麗華?」


 …麗華に私の着ていたパーカーの袖を掴まれて、私の足の動きが止まる。


 見れば不安に瞳をゆらゆらと動かして、それでもどこか決意に満ちた表情で私を見上げている麗華と目が合う。


「…綾音と…二人で入りたい。」


 …そして、とんでもない事を言い出した。

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