第0.7話…裏
※高嶺麗華視点
※語り口調多め
「お前には、特別に課題を出してやろう。」
橘家に来てから2日目。
ソファに3人並んで仲良く座っていた私達。
そんな状態で右隣に居た咲先生が唐突に言ってきた。
「…課題?」
「これ、インストールしとけ。」
私が首を傾げると、咲先生は自分のスマホの画面を私に見せた。
「…マッチング…アプリ…」
そこに写っていたのは、レズビアン専用のマッチングアプリだった。
私の眉間に皺がよる。
まさか、私に綾音を諦めさせようとしてる…?
咲先生を見ると、特に表情に変化はない。
ということは…そういうわけでもない?
だとするなら…これはあれだ。
"咲ちゃん言葉"だ。
遠回しな言葉達ですごく分かり辛くして、相手に答えを求めさせるやつ。
私もここまで壁にぶち当たる度に、助けられてきたアレ。
きっと今回もそれのはずだ。
「そのアプリは好みのタイプを詳細に打ち込めば、それに合った女が出てくる。」
「お前、空き時間を使ってそのアプリの中から好みの女を探せ。そんで2日後に私に報告しろ。」
「別にメッセージは送らなくていい。好みの相手は居るなら何人でもあげていいぞ。」
「んじゃ、頑張れ。」
ほら、やっぱりそうだ。
だって、全く意味がわからないもの…
なんのよこの課題…っ
◆
「咲先生…」
ぐったりとした声音なのは、自分でもわかった。
「んー?どーしたー」
作業中なのか、PCから目を離さずに軽い返事をする咲先生。
そんな先生に、今から不甲斐ない結果を報告しなければならない。
「…あの、すみません。」
「なんだ突然。」
「私なりに頑張ってみたんですけど…好みの相手…いませんでした…」
「おーけー。」
「…え?」
思わず、素の『え?』が出てしまった。
…いや、しかたないでしょう?
何よその反応。
え?私、課題間違えた?
「なんだ?」
相変わらず変わらない咲先生の表情。
「それだけ…ですか?」
「それだけだが?」
「え…この二日間の私の努力、なんだったんですか!?」
思わず大きな声を出してしまう。私、普段はこんな声出さないわよ!?
だって、この二日間暇さえあれば詳細に綾音っぽい事を打ち込んで、ひたすら女の子を検索してたのよ。
中には可愛い子とか、綺麗な子とか、その…えっちな子とか…いたわよ?
けど、やっぱりその子達は綾音じゃないのよ。
それだけで、無理だった。
好みの女の子としてピックアップするのすら憚られてしまった。
そんな私の二日間。なかなかに頑張ったと思うのだけど…
「努力は決して無駄にはならないんだよ、麗華君。」
ぽんぽんと励ます様に背中を叩かれる。
「…で、なんなんですか。」
…という、茶番はここで終わりだ。
私はため息をついてから、咲先生の顔を覗く。
「あるんですよね、本質。」
「おー、お前も私の事が少しはわかるようになったか。」
「それはそうですよ。何度も泣かされてきてるので。」
めんどくさがりやの咲先生が無駄な事をするわけがない。ましてやこんなあからさまな課題、何かあるに決まってるのだ。
正直、今のところ私には咲先生の意図が全く分からないけど。
「んじゃ、こっちこい。」
「…ん。」
ケラケラと笑って手招きをする咲先生に従って、私は咲先生の足と足の間にお尻をねじ込む。
するとこの前みたいに後ろから抱きしめらる。何故か咲先生はこの体勢がお好みらしい。…私も、嫌いじゃないけど。
「まぁ、答えを言う前に先に質問しようか。…お前は、今回の課題の意味、何だと思う?」
「…正直、全然わかりません。」
申し訳ないが、これに関しては考えるだけ時間の無駄だ。
この二日間、女の子を探すと同時に、この課題の本質が何かも考えていたんだから。
当然、答えは出ていない。
咲先生は私の答えを聞くと、頭を撫でながら笑って口を開いた。
「正解は、『言葉に説得力を持たせる』だな。」
「…あの、正解まで分かり辛くするのやめてもらえますか?」
その答えを聞いた私は、眉間に皺を寄せて不機嫌に後ろの咲先生に振り向く。
何なんだこの人。普通に答えを言えないのか本当に…
「…可愛くねぇなぁ。」
その呟きに対して、とりあえず不満を乗せて頭突きをかましておいた。
「じゃあ、もう一個質問だ。」
「お前は、この二日間で何を得たと思う。」
また、質問。
もう二日間で色々考えたのに…今更答えがでるわけが…
いや、待って。
この二日間、私が一番苦労したことは何?
…好みの相手を探すことよ。
それって、どうして好みの相手を探す事に苦労したのかを考えればいいんじゃないかしら!?
…どうして苦労したのか…そんなの…そんなの決まってるわ!
「…はっ…!…綾音への愛の強さを再確信した…!?」
これだ!
…私がこの二日間で得たのは、綾音への絶対的な愛。
咲先生は、私にそれを教えてくれようとしてくれたのね…
私はどこかスッキリした顔で、咲先生を見た。
「あぁ。本質に気づいたみたいな雰囲気出してるけど全然ちげぇから。」
しかし、バッサリと切られてしまった。
私は反射でもう一度頭突きをしてやった。
「お前はこの二日間何をしていた?」
私の推理はまるで掠りもしなかったらしく、咲先生は再び質問を提示してくる。
もうそろそろ答えが欲しいのだけど…
そもそもこの質問はどう言う意味だろう。
だって、この二日間でしたことなんて…
「…何をって…マッチングアプリを使って、女の子を探してただけですけど」
これしかない。
マッチングアプリに関係ない事まで含むならもっとあるけど…流石に関係ないだろうし。
そう思った瞬間、私の頭に咲先生の手が置かれた。
「おー、正解だ。さすが優等生の麗華ちゃんだな〜。」
そして、その手がわしゃわしゃと私の髪を褒める様に乱す。
「…え?」
「よし。ということで課題は終了だ。」
「ま、まってください」
私の事をどかそうとする咲先生に、ストップをかけた。
「全然わからないんですけど…」
本当に、どういうことなの。
何でこの人、正解を問題にしてまた正解を求めさせるの?モヤモヤがすごいのだけど?
「だから、お前は『マッチングアプリを使って好みの女の子を探してた』んだって。」
なんて事ない顔で、さらっと言う咲先生。
…それはわかってる。けど、それと本質と、何が関係しているのかが知りたいのだ。
私がぎゅっと睨む様に咲先生に視線を送ると、やれやれと言った様に首を振ってから言葉を紡ぎ出した。
「つまり、それをお前は、この二日間で真実にしたんだよ。」
「お前が『マッチングアプリを使って好みの女の子を探した』と口にする時、説得力が生まれる。実際に苦労して体験したことだからな。」
「んで、この事実を知ったら、綾音はどう思うかな。」
そこまで聞いて、私は目を見開いて息を呑む。
咲先生の言いたい事が、見えてきた。
─この体験を使って、嫉妬心を煽れ。
おそらく、そう言う事なのだろう。
「で、でも…」
けれど、もし咲先生が伝えたい事がそれだったとして…それには綾音の状態が大きく関わってくるわけで…
綾音が私に嫉妬をするくらいの、好意が必要だった。
「そうだよ。お前の言いたい事の通りだ。」
私がそれについて言及しようとした瞬間、それを見越した咲先生が先に声に出した。
「だからこそ、使い時を見極めろ。」
「…使い時。」
私の頭に再び手をおいた咲先生は、真剣な表情で口を開く。
「ジョーカーはな、確かに一枚で試合を左右させられる貴重なカードだ。だが、使い所を間違えばそいつはただのカードに成り下がる。」
「攻撃は最大の防御だ。けどそれは局所的な話でしかない。仕留めきれなければ、次は自分がカウンターを受ける番になる。しかも、攻撃に力を割いてしまった分、防御が手薄な状態でな。だから攻撃は最大のリスクと考えろ。」
「攻め時を見誤れば、逆に不利になる。」
「例えば、お前のその一言であいつが完全にお前から手を引いて、他の奴を選ぶ…なんて事だってあるわけだ。」
「限界まで追い込め。四方を囲め。完全に逃げられない状態にしてから、心臓目掛けて一突きで仕留めろ。」
「こいつは、その為の切り札だ。」
私は咲先生の言葉を必死に頭に叩き込む。
すごく、すごく大切な事を教えてくれているから。
「ただ、切るタイミングは必ずしも後半で…とは限らないからな。」
私が前のやり方を覚えていると、さらに追加される咲先生の言葉。
さっきの言葉が、上書きされていく。
「時には初手でゲームを終わらせに行く事だって、戦略として成立する。」
そこまでいって、咲先生はニヤリと笑った。
「盤面を無視した1ターンキル。決まれば最高だろうな。」
◆
※東雲咲視点
※語り口調多め
「…そろそろあいつ、我慢できずに切り札使う頃だろうなぁ。」
麗華は綾音の部屋にご飯ができた事を伝えに行ったっきり、帰ってこない。
私が麗華に仕込んだ対綾音用の切り札…おそらくそいつをつかって、綾音のことを泣かせているのだろうと踏む。
「あぁ、例のアプリの?」
私の呟きを、隣に座る明乃さんが拾う。
「はい。」
「大丈夫かしら…咲ちゃん、リスクについてすごい語ってたでしょう?タイミングとか攻め時とか…」
そういえば、あの時の話明乃さんも聴いてたんだな。
だとすれば、心配するのも仕方ないか。
ここはネタバラシをして明乃さんを安心させてやろう。
「あぁ、あれ。脅しですよ。」
「え?」
私の言葉に、きょとんとする明乃さん。
可愛いなと思いつつ、話を続けてあげる。
「やるなって言われれば、人間やりたくなるもんでしょ。」
「しかもそれが、好きな奴を落とせる切り札なんて言われれば、そりゃ使いたくなるでしょうね。」
これには話す順番に少しだけ細工をしてあった。
まず私は、失敗した時のリスクを言い聞かせた。具体的な例まで出して。
これは麗華の気を引き締めるため。
そうやって緊張感を持たせて、私の言葉が正しいと思い込ませる。
そうすれば、次に言う言葉も正しい選択肢なんだと麗華は認識する。
そこで私が提示したのが、『速攻』だ。
そう言う戦術もあるんだよ、だからすぐに切るのだって全然間違ってないんだよ。…そうやって、意識に刷り込む。
しかも、そこで意図的にリスクを話さない。メリットだけを話す。
そうすれば、少しでもチャンスだと思えば麗華は必ず速攻を使って切り込んでいく。
1ターンキルを狙って。
「というかあの脳筋バカに、場を見極めるなんてできるわけないんで。最初から期待してません。」
「それに、もう1人のバカには特にこれといった攻め時なんてないですよ。常に攻め時なんで。」
と、色々仕込んだけれど…
ぶっちゃけどのタイミングでも、麗華がその手札を切れば綾音の負けになる。
それくらい強力な手札を麗華に仕込んでやったし、綾音は綾音で常に無防備だ。
じゃあ最初から切らせればいいだろって?
それじゃあ意味がない。
麗華には『自分で見極めたタイミングに、自分の判断で行動した』という事実が必要なんだよ。
そうすりゃ、上手くいった時に圧倒的な自信に変わるから。
だから簡単な話、速攻をしなかったとしても別に良かった。どれだけ時間がかかろうとも、麗華がジョーカーを待ってる時点で綾音に勝ち目はないから。
でも、麗華がジョーカーを持った時点で、勝敗が決している事に気づいているのは私だけだ。それでいい。
「ふふ…咲ちゃん、相変わらず悪い子ね」
クスクスと笑う明乃さんに、私も一緒に笑う。
「上手くいったかしら」
「さぁ。でも、失敗はありえないですね。」
「どうして?」
「麗華がマッチングアプリまだ使って探した相手が、"綾音と同じ女"だから。」
「あぁ。…ふふ、あの娘すごい嫉妬しそうね。」
これもかなりズルいやり方だった。
まぁ、普通に考えれば綾音が嫉妬するのは女だしな。
男を探したって言ったって、あいつは絶対に嫉妬しない。あいつが選ぶのは諦めだ。
それがノンケ嫌いの橘綾音の性質。
「私は『そうなるかな』って予想してただけなんで。これから起こる現象は、あいつらが勝手に暴走した結果ですよ。」
「ほとんど確信してたくせに。」
明乃さんには、私の思惑はばれているらしい。
さすがと言うべきか。
「…ところで、咲ちゃん。」
「はい?」
バイザウェイ…明乃さんがこれを言う時は、大体良くない時だ。
みれば、満面の笑みの明乃さん。
これはちょっとダメなやつだ。
「…あのマッチングアプリ、どうしてインストールしてたのかしら?…そもそもどうして存在を知っていたのかしら?」
あぁ、怒っている原因はそれか…
…これは誤解を解くのに時間がかかるやつだ。
私は本当に使ったことなんてないし、ずっと性的指向は明乃ンケだって言ってるのに…
今日の夜は、長くなりそうだ。
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