第0.6話

「あ、麗華ちゃん、このお野菜切っておける?」


「はい。…あ、ついでにこっちも切っておきますね。」


「あら、気がきくわね。ほんと、麗華ちゃんが居てくれるとすごく助かるわ。」


「ふふ。これくらいなんでもないですよ。」


「あーん、可愛い。もう、このまま一緒に住んじゃう?いいわよね?いずれ私の娘になるんだし。」


「え、是非お願いしたいです。」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「いや!!!!!ちょぉぉぉっと待ぇぇぇぇぇぃぃぃぃ!!!!!」


 私は叫んだ。それはもう、大きな声で叫びましたよ。


「うっせーぞ。急に叫ぶんじゃねぇバカ娘。」


 それに対して辛辣な言葉を投げかける私の義母。東雲咲。咲ちゃん。


 私は必死に思考を巡らせる。


 私は昨夜真冬さんと夜を共にして、今朝ホテルから駅に向かった。


 そしてその駅で電車を待っていたら、何故か麗華が現れて、色々思いをぶつけられた。


 自分の恋心と、麗華の恋心、そして麗華の幸せを並べて、麗華の幸せを願った。


 2人して涙を流して、親友という関係性にまでは戻って。


 うん、ここまでは確かに普通の展開と言えば普通の展開だ。ちょっと暗いけども、親友同士に戻れたわけだし。


 しかし問題はそこからだ。


 …麗華に手を引かれて、気づいたら何故か近くに止まっていた咲ちゃんの車に乗せられて。最初に向かった私の家には何故かママがいて。「家は綺麗にしておいたから実家に迎うわよ」なんて言われて。しかも何故かママと麗華はめちゃくちゃ仲良くなってて。


 で、今だ。


 ママと麗華は、まるで本物の親子のように寄り添ってキッチンに立っている。


 …いや、本当になんでだっ!?!?


「さ、咲ちゃん!?なんなのこれ!?どうなってんの!?」


 ソファにだらしなく座ってPCに向き合っている咲ちゃんに問い詰める。


「あ?…家族団欒?」


「いや麗華はうちの家族じゃ…」


「埋まってないのは中だけってことだよ。」


 それはあれか。外堀は完全に埋まっていますよって事か?知らない間にうちは麗華に占領されたんか!?


 私はドタドタと足音を立てて、急いでキッチンに向かう。


「れ、麗華ちゃ〜ん。」


 そして楽しそうに身体を揺らして、鼻唄を歌いながら野菜を切っている麗華の背中に声をかける。


「…?」


 私の呼びかけに答えるように、振り返った麗華の、その容姿にまず目を見開く。


 料理をする為にその長い黒髪をポニーテールに括り、前髪をセンターで分けてピンで留めて、私が昔使っていた手作りのエプロンを身につけて…


 …まぁ、要するに可愛すぎるわけだ。


 なんこれ、新妻さん?は?可愛すぎるんですけど本当に。


 …いや、流されちゃダメだ橘綾音。


 気合いを入れ直して、麗華の瞳を見つめる。


 すると麗華はコテッと可愛らしく首を傾げて、口を開く。


「どうしたの綾音?もうすぐできるからリビングでくつろいでいていいのよ?」


「いやうん、もうそれ実家に住んでる側の人が客人に言うセリフなんだよね。」


 思わずツッコんでしまう。


 なにナチュラルに自分の家感だしてんだこの女。


「綾音と結婚したら明乃さんと咲先生は私の義母になるのだし、この家も私の実家になるのよ?なにか問題ある?」


 そしてわたしのツッコミに、またツッコミが必要なくらいのボケを重ねる。


 あはは、冗談きついぜ麗華ちゃん…。


 いや…麗華は全然冗談を言ってる感じがしない。本気でそう思ってるって顔だ。


「ふふ。麗華ちゃんは『橘』と『東雲』どっちの姓になりたい?」


「え?…ん…本当は『橘』がいいんですけど…咲先生が可哀想ですし、『東雲』を頂こうかと。」


「優しいのね。でも『東雲麗華』…悪くない響きね。」


 私が頭を抱えていると、隣に居たママが会話に乱入してきて、話をややこしくする。


 いやいや、この2人何言ってんの本当に。


 まずなんだその選択式の姓は。


 仮に私と結婚したとして、全く関係ない『東雲』になるのは意味がわからんだろ。


「…あ、その味付けは私がやりますよ」


「え?…んふふ、そう?ありがとぉ〜。」


 2人は微笑ましい限りの会話をしながら、調理に戻る。


 置いてけぼりにされた私は、最早完全にこの場の空気と化した。



「えらく不機嫌だな、お前。」


 2人についていけなくなった私はリビングに戻り、ソファで作業をする咲ちゃんの隣でクッションを抱えて頬を膨らませていた。


「…咲ちゃんでしょ。」


「あ?」


「麗華の事焚き付けたの。咲ちゃんだよね?」


 私の不機嫌の原因はこれだ。


 あの日泣いて帰ったはずの麗華が、どこか強くなって私の前に現れた事。


 そんな麗華がいつのまにか私の実家に馴染み、ママとすごく仲良くなっていた事。


 その架け橋となれるのは、咲ちゃんしかいない。


 咲ちゃんが落ち込んだ麗華を励ましてこの家で外堀を埋めさせた。それが私の推察だった。


「…余計なことしないでよ。」


 不満気に咲ちゃんを睨むと、真顔の咲ちゃんと目が合う。


「確かに火のないところに煙は立たないな」


 少し間を開けて、呟く咲ちゃん。


「…けど、もっと言えば環境が整ってなければそもそも火が付くこともないはずだろう?」


「…何が言いたいの。」


 いつもの分かり辛い咲ちゃん言葉に、私の眉間にシワが寄る。


 けど、正直今回は言いたい事がわかってしまう。


「自分の胸に手を当てて聞いてみたらどうだ。」


 恐らくそれは、咲ちゃんにバレていて。


 でも、咲ちゃんが答えを教えてくれることはない。


「…部屋にいる。」


 私は少しだけイラつきながらそう言って立ち上がる。


 咲ちゃんと話していると、なんだか自分の決意が揺さぶられそうで怖かった。


「どうでもいいけど、飯は食えよ。」


 咲ちゃんに背を向けて、歩き出そうとした瞬間に声をかけられる。


「あいつの料理、すげぇ美味いんだぜ。ちゃんと食べてやれよ。」


 そして更に加えられるその一言に、私の足が止まった。


 振り向けば、どこか勝ち誇ったように笑う顔。


 咲ちゃんが麗華に肩入れしていることを確信させるその一言。


 そして、私を挑発しているともとれるその一言。


 咲ちゃんにどんな意図があるの知らないけれど、きっとわざとだ。絶対わざとだ。


「…そんなん言われなくても知ってるし。」


 私はぶっきらぼうに応えてから、また背を向けてそそくさと部屋を後にする。


 麗華の幸せの為に、私がこの空気に飲まれるわけにはいかなかった。


 でも、自然と口から出たその言葉は、それ以外の感情からくるものだと自分自身がよくわかっている。


 だってあの日、麗華が私に作ってくれたお弁当の味は覚えているし、なによりあの味は私だけの物だから。


 …絶対咲ちゃんより私の方が麗華の手料理を先に食べたんだから。


 …何で私以外に手料理食べさせてんだよ、アホ。


 たとえ咲ちゃんが相手だろうと、麗華の事でマウントを取られるのは嫌だった。


 どんなに自制したって、麗華のことが好きと言う事実は変わらない。そのせいで溢れ出る止められない嫉妬心。


 …ほんと、自分が嫌になる。


 私はどこか懐かしい自室に戻って、現実から目を背けるようにベッドに飛び込んだ。


 


 

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