第21+0.5話 繋ぎ
「…まぁ、そんな事だろうと思ったよ。」
クリスマスイブの夜。私が橘家にお邪魔してちょうど一週間。
ノートパソコンをみながら、咲先生は不機嫌に呟く。
「…麗華ちゃん。」
それを聞いた明乃さんは、そばに居た私の背中に手を置いて心配そうに声をかけてくれる。
「大丈夫です。…どちらかというと、自分の不甲斐なさに怒りを覚えているところなので。」
私はそんな明乃さんに安心して欲しくて、自分の心境を素直に話す。
「あの時私がちゃんと綾音と話さずに逃げ帰ったしまったから。」
振り返るのは二週間前のあの日。綾音に告白をしてしまって、無かったことにされて、逃げ帰ってしまったあの日。
あれがなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。
「…でも、綾音は誰にも渡さない。」
だとしても、私はもう迷わない。傷つくことを恐れない。
視線をノートパソコンの画面に映す。
咲先生のノートパソコンには、とある休憩所の名前と『綾音』と書かれた位置情報を示すアイコンが映っていた。
ショックは受けていない…といえば嘘になる。
クリスマスイブの夜、綾音に会いたいと言うメッセージを送ったが返ってくる事はなかった。
そこで秘策だと言って、咲先生が綾音の為に個人で作っていた位置情報を示すアプリの様なモノで追跡してくれた。
そして、場所がわれた。
綾音がそういう場所に居ることは事実だし、つまりはそういう事を私の知らない誰かとしている訳で。
『…レズビアンである以上、仕方ない事ではある。』
そう切り出した咲先生。
結局、現在の日本では同性同士の恋愛にどこまで行ってもゴールはない。だから恋愛関係の有無が無くともこうして一夜過ごすだけの関係なんかで性欲を満たす事も多いんだそう。
理解しているけれど、それならば私が綾音の事を一生大事にしてみせるのに。そういうことがしたいのであれば、喜んで相手になるのに。
しかし、私は綾音の行動をそこまで気にしていない。ただ綾音と一夜を共にした相手に嫉妬しているだけだ。
だから咲先生や明乃さんが申し訳なさそうな顔をする必要なんてない。それに心配も必要ない。
「…迎えに行きます。」
私は2人にそう言って強く頷いた。
◆
「…本当に行くのか。」
「はい。」
早朝。
咲先生が運転してきた車の中で、私は綾音の位置情報が動くまで近くの駅で待機していた。
ホテル帰りの綾音を捕まえる為だ。
「…ボロボロになったお前の事を焚き付けたのは私だ。こんなこと言うのはおかしいかもしれない。けど…無理しなくてもいいんだぞ。」
咲先生が珍しく弱気な言葉を使う。
この一週間で、更に愛しさを増した私の義母。
私はシートを飛び越えて、咲先生の胸に飛び込む。
「平気です。それに咲先生はもう自分を責めないでください。私、凄く感謝してるので。」
ぎゅっと腕を回せば、咲先生からも抱き返してくれる。
本当に素敵な人が私の味方で居てくれる。
綾音を諦めかけていた私を鼓舞してくれたこの人を、誰が恨めるものか。
「…愛してる。…行ってこい。」
そういいながら咲先生は、ちゅっちゅっと、後頭部にキスを落としてくれる。
十分すぎる。これだけあれば、何も怖くなかった。
「はい。行ってきます。」
◆
「私の告白を有耶無耶にした挙句朝帰りとは、随分な当てつけね。」
ベンチに1人、ぽつりと座るのは見慣れた明るい髪色の女の子。
ゆっくりと近づいて、静かに女の子の隣に腰を下ろす。
「御天道様が悪い子をちゃんと見ているのは常識よ。ましてや1人だけを照らす専属の御天道様だったらのなら尚更…」
その女の子、橘綾音が独り言で呟いた言葉をなぞる様に、自分を綾音のお天道様と仮定する。
そんなに熱を欲しているのなら、私が与える。与えてみせる。
私は隣で息を呑んだきり一言も発しない綾音の方を見る。
その可愛らしい目を大きく開けっぱなしにしている綾音に、内心クスッと笑いながら、顔には出さずに力強く言葉を発した。
「逃げられると思わないことね。」
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