第21話…裏
「ふふ。可愛い寝顔。」
私と明乃さん、両方の腕の中にいる高嶺の頰をつついて微笑む明乃さん。
入浴を終えて、夕飯を食べ、それから緊張が和らいだらしい高嶺と3人でゆっくりした時間を過ごして。
23時過ぎの今、私達はベットに川の字となって寝ている。当然高嶺は真ん中だ。
「図太いやつですよ本当。」
私も明乃さん同様、高嶺の恐ろしく綺麗な頬をつつく。
こいつは浴室で私達四十路の女2人の裸を見てこれでもかと赤面させていた。明乃さんは見た目が綾音に似ているから、高嶺が欲情するのはまぁ分かる。
でもまさか私の裸もダメだとは思わなかった。よっぽどレズビアンの世界に浸っているのだなと感じた。
それなのに今だ。
そんな事があった夜なのに、こいつは私達に挟まれて幸せそうに1人眠っている。なんなら明乃さんに至っては今日が初対面なのに。
あまりにも図太い神経。尊敬に値する。
「私と咲ちゃんの裸にすごく興奮してたもんね、麗華ちゃん。」
「将来浮気しないか心…配することもないな。」
考えてみても、この良い意味でも悪い意味でもクソ真面目のこいつが不貞行為をするとは思えなかった。
何よりこいつにそんなことしてる暇はない。綾音との時間を第一に考える奴だから。
「どれだけ誘惑されても最後には踏みとどまるタイプよね。麗華ちゃん。」
「基本的に誠実ですしね。」
「ふふ。ほんと麗華ちゃんの事好きね、咲ちゃん。」
私が高嶺の頭を撫でながら返事をすると、明乃さんにクスクスと笑われる。
「そう言う明乃さんだって、めっちゃ気に入ってるじゃないですか」
「ええ。とにかく素直で可愛いもの。綾音がぞっこんになるのも頷けるわ。」
私も概ね同意見だった。
とにかく素直なんだ。こいつは。
表情に乏しいだとか、感情の起伏がないだとか、こいつがそんな事に悩んでいた数ヶ月前。
今ならば周りの環境に問題があったんだとはっきり思える。
綾音と居るときの幸せそうな顔。
私と居るときの楽しそうな顔。
明乃さんと居る時の照れた表情。
だって、高嶺はこんなにも正直に伝えてくれる。
はっきり言って可愛くて仕方がない。
恐らく明乃さんも今日1日でそれを感じ取ったのだろう。
明乃さんが夕飯の支度をしていた時、隣に立って一生懸命手伝う高嶺の姿。2人はまるで本物の親子のようだった。
「あらあら。…ふふ、私の事気に入ってくれたのかしら」
そんな事を考えていると高嶺は寝返りをうって、抱き枕にするような形で明乃さんの胸元に収まった。
それを大変嬉しそうに迎え入れる明乃さん。
「…ほんと、図太い奴だな」
そして私は明乃さんごと高嶺を包み込む。なんとも幸せな空間である。
なんだか懐かしい気分だ。前は、高嶺の位置に綾音が居て、よくこうして3人で眠ったものだ。
「…私、本気でこの子のママになってあげたい。」
高嶺の頭を撫でながら、明乃さんが優しい表情で呟く。
「綾音がコイツに負けたら、自動的になりますよ。」
「…そういう形式上の物じゃなくて」
「ええ。分かってますよ。…私だって同じ気持ちです。」
既に明乃さんの手でいっぱいいっぱいになっている高嶺の小さな頭。そこに私も手を置いて優しく撫でる。
するともぐもぐと口を動かして、明乃さんの胸に埋まっていく高嶺。
「赤ちゃんみたい…可愛い。」
その行動にも、明乃さんはやはり聖母のような笑みを浮かべる。
完全に高嶺の母になったつもりのようだ。
「…お節介かもしれないけど…それでも子供にとって親の愛情は絶対に必要なものだから。」
その言葉に、私は少しだけ胸が締め付けられる思いになる。
私も明乃さんも、親には恵まれなかったから。
そして…高嶺麗華も
いや、幼い頃までは愛情をもらっていた私達はまだマシだったのかもしれない。
こいつはそれすらも知らないのだから。
私は高嶺ごと明乃さんをぎゅっと抱きしめる。
「今からでも遅くない。綾音も、高嶺も…私達のお節介で守っていきましょう。」
そして私が言った言葉に返事をするように、私の手に明乃さんの手が重ねられた。
「まずはクリスマスまでの一週間、たくさん甘やかしてあげる。」
高嶺から急に連絡が来なくなって、クリスマスの事で綾音と何か問題があったんだと悟った私達。
そこで明乃さんが提案したこの一週間。
以前同じように綾音と離れた高嶺がボロボロになった経緯もあったから、こうして自宅に招いた。保護のような形だ。
ここでゆっくり過ごしてもらって、万全の体制でまた綾音の元へ送り出そうと。
そして何があっても私達が味方であると示そうと。
高嶺のバックに母親2人が居ると知れば、きっと綾音にも隙ができるはずだ。
少し強引なやり方だが、恐らく自分の性的指向関係で意地になっている綾音には効果的である。勿論私達は出しゃばるつもりはないが。
加えて、私達が高嶺の母親になるという事を強く認識して欲しかった。
そして恐らく、明乃さん提案の裸の付き合いは絶大な効果をもたらしたと思う。
実際最高の緊張を味わった高嶺は、こうして私達のど真ん中で夢の中に旅立っている。常人より遥かに強い心臓を持つ高嶺だからこそであるが、打ち解けた証拠でもある。
高嶺がここを出ていく頃には私達の方が寂しくなるくらいにはこの生活に馴染めそうだ。
「…でも、本当に良かった。」
以前として明乃さんの胸で気持ちよさそうに眠る高嶺。その身体をぎゅっと抱きしめている明乃さんが、嬉しそうに呟く。
「綾音の運命の人、これ以上ないくらい素敵な子だったから。本当によかった。」
その言葉には重みがある。
私達同性愛者が不遇の世の中だ。それはもう仕方のない事だ。私達は普通とは違うのだから。
明乃さんはその事で自身が苦しんで、更には一人娘までその道に身を置いて。
いじめにあったあの頃の、毎晩泣き腫らす明乃さんと、今にも消えそうな綾音と。
その時期を乗り越えて、愛娘には運命の相手が現れたのだ。
「…えぇ。そうですね。」
2人を抱く私の手に力が入る。
今日、綾音の為にボロボロの高嶺を使った。もう走らないと泣く高嶺を、再び走らせた。
その事を謝罪した時の、高嶺の表情が忘れられない。
綾音を幸せにしてやれるのは高嶺しか居ないと、改めて確認した。
だから私はこいつを、全力で愛すると誓った。守ると誓った。
「ふふ、恋のキューピットは咲ちゃんね。」
「え?」
そうしていると、クスクスと笑った明乃さんは唐突に意味のわからない事を言う。
確かにお節介はしたが、基本的に2人の恋物語は2人で完結しているはずだ。
「ほら、面倒くさがって最終日にゼミ選択した麗華ちゃんを見落としたじゃない。あれがなければこの子はここに居ない。…奇跡よね、本当。」
そしてまたクスクス笑ってから、明乃さんが持ち出した過去。
そういえばそんなことあったなと、すっかり薄れていた記憶が蘇る。
当初ゼミ応募者はたくさんいたが、綾音以外全員切り捨てたんだった。なのに最終日ギリギリに高嶺が応募してきていて、私はそれを見落とした。
それで結果的に2人は出会い、急速に仲良くなっていたのだ。
しかし、これで来たのが高嶺だったからよかったものの、他のクソガキだったらと思うと身震いする。
私があらぬ妄想をしていると、明乃さんは私の手を掴んで手のひらにキスを落とす。
「…咲ちゃんはやっぱり私達親子の運命の相手だね。」
「…ありがとう。私と、綾音の事を幸せにしてくれて。」
「…愛してるよ、咲ちゃん。」
一言一言、丁寧に告げられる心からの愛。
明乃さんの嬉しそうな仕草や表情にドキッとしながらも、穏やかな気持ちになる。
私はずっと2人の幸せだけを求めてここまでやってきた。これからもそうだ。高嶺も加われば、3人の幸せの為に私は何を相手にしたって戦う。
「ええ。私も愛してますよ明乃さん。」
私はただそれだけを返して、明乃さんの手のひらに唇を押し付けた。
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