第21話

 真っ暗な視界。


 五月蝿いのは自分の心音。


 背中に伝わるぬるぬるとした感触。


 んっしょ、んっしょ、と可愛い声が響く。


 緊張で全身に力がこもる。


「力加減はどうですかぁ〜?」


「き、気持ちいですっ…」


 反射で返した声が上擦ったのは仕方がないだろう。


 …だって私は現在、綾音の実の母である明乃さんに背中を流して貰ってるんだもの。









 …なんで!?


 この一週間の意味を知った私の緊張をほぐす為、明乃さんが提案した物。それが一緒に入浴する事だった。


 そんなの絶対に無理だと断りたかったが、『やっぱり知らないおばさんと急に入浴なんて嫌よね…(チラっ)』なんて事を言うもんだから、断りきれず。


 あれよあれよと脱衣所まで押し込まれてしまった。


 そう言った経緯で、こうして一緒に入浴しているのだが…


 …いや、普通にありえないくらい緊張してるのだけど!!寧ろ酷くなってるのだけど!!


 そんな事を思っていると、私達がいる所とは別の場所。水音がする湯船の方から声が聞こえた。


「目瞑りっぱなしで平気か、お前。」


 …咲先生である。


 そう。この場には明乃さんだけでなく咲先生もいるのだ。


 綾音の裸体だって見た事ないのに、それより先に綾音の母2人と真っ裸になって体の洗いっこをしている。


 なんて日だっ…!!


 しかも咲先生の言う通り、もうずっと視界は暗いままだ。だって目をずっと閉じてるんだもの。


 それもこれも、脱衣所で見てしまった明乃さんと咲先生の裸体のせいだ。なんであんなに綺麗なんだこの人達。


 咲先生はスタイルが良すぎる。全体的に細いのに、出るところは出てるし。


 それ以上にまずいのは、明乃さんだ。非常に女性的な体型であり、何とは言わないけれどあらゆる場所が大きい。そしてなによりお顔がほぼ綾音なのだ。まずい要素しかない。


 …私ってノンケだったわよね?


 …ねぇ、本当にそうなの?普通の女の子って、こんなに他の女性の体に興奮する物なの?相手が綾音の母だから?わからないけど、もうレズビアンってことにしてくれないかしら?そしたら綾音は気兼ねなく私を女として認めてく……


「えいっ!」


「ひゃぁぁぁっ!?!?!?」


 私が目を瞑り、必死に思考していると明乃さんの掛け声。そして、背中にあたる明らかな人肌のありえないほどの柔らかいそれ。


 気付けば私は後ろから明乃さんにぎゅっと抱きしめられていた。


 そして思わず開けてしまった目。


 視界に映るのは、大きな浴室鏡。


 浴室鏡に映るのは、私の裸体。


 そして、私の裸体に絡まる明乃さんの…


 そこまで考えて再び瞼で視界を奪った。


「もう、終わったよ〜って言ってるのに、麗華ちゃん全然聞こえてないから。」


 私の肩に明乃さんの顔が乗っている事と、目を閉じているせいで研ぎ澄まされた聴力。そのせいで、あまりにも近く感じるその美声に私の背筋がスゥーっとした感覚に襲われ、全身に鳥肌が立つのを感じた。


 はっきり言うと、あまりにもエロすぎるこの人。


「ぁ…ぁぁ…ご、ごめんなさ…」


「忘れんなよ。明乃さんのは私のだ。」


 もう震えてろくに口が回らない私に、湯船の方から文句が飛んでくる。


 そんなこと言われましても。私が心から愛する人と瓜二つの女性に抱きつかれて、動揺しないなんてできるわけがない。


 ちゃんと恋心は綾音だけの物だけど、それとこれとは話が違う。


 ほら、『ダイエットをしているからドーナツは食べない。けど、ドーナツを食べたいと思う気持ちが無くなるわけじゃない』でしょう?つまりはそれよ。


「麗華ちゃんはおばさんの身体に興味ないってば〜。ただ裸を見られるのがちょっと恥ずかしいだけだもんねぇ〜?」


 ねぇ〜?と言われましても…私が目を瞑らなければならない原因の大半は貴女の身体が原因なのであるからして…なんとも答えづらい。


「そうはみえませんけどね」


 天然な明乃さんとは違って、しっかり冷静な咲さんが憎い。


 というか私はいつまで抱きしめられているのだろうか。


 ものすごくものすごい物がずっとくっついててものすごいことになっているんだけど。


「あ、鳥肌…冷えちゃったかな?ごめんね麗華ちゃん。」


 私が必死に煩悩と戦っていると、私の肌をさすさすと摩りながら明乃さんは言う。


 この鳥肌は寒さとは違うところからきている物だけど、チャンスだ。これを理由にさっさと上がってしまおう。


「さ、湯船に浸かっちゃいましょうね」


 …そう思ったのも束の間、私の手は掴まれ、重量ある物が水に浸かる音がした。


 薄目を開くと、湯船に浸かる美女2人。


 そして、片方の美女に私は手を掴まれているわけで。


 …逃げることなど不可能だと悟った。


「ふふ、流石に大の大人3人は少しだけ狭いかなぁ〜?」


 私が2人の入ったことにより、大量の水が浴槽から溢れ出る。


 明乃さんの言う通り、さすがに少し狭い。


 綾音の実家はとても大きくて、お金持ちって感じの一軒家だ。だからお風呂場まで広くて綺麗、しかし3人が並ぶとさすがに狭い。


 それならば、それを理由に抜け出すかと考えてみるが、やはり無駄だった。


「ほら、こうすりゃ広くなる。」


 そう言って私の身体は簡単に抱かれ、体育座りのような格好をしていた咲先生の足の間に引き寄せられた。


「えっ!?さ、咲先生…」


 そうするとほぼ全身で感じる咲先生のしっとりとした柔肌。目の前にある美しすぎる顔。いつもは綺麗な金髪を縛っているのに、お風呂の時は全部下ろすんだ…咲先生のくせに色っぽい。


 いつもいつも変なこと言うし、意地悪だし、先生として終わっているし…なのに、本当なんでこんな美人なんだ。


「明乃さん相手だとお前いやらしい目で見るし、私の方に居れば安全だろ。」


 そう言って、背中に回った腕で更に抱き寄せられて私の顔は咲先生の肩上に置かれる。


 安全なわけがないっ…普通に心臓が痛いくらいに脈打ってますよ…


「あ?…なにお前。私でもダメなのか?」


 そして、その心音はこれだけ密着すれば当たり前に相手に伝わってしまう。


 ぁぁもう…これからどんな顔して授業に出ればいいのよ…


「それはそうだよ咲ちゃん。咲ちゃんはすんごい美人さんなんだから。」


「えぇ…でもお前ノンケなんだろ?」


 明乃さんの言葉に、咲先生は呆れたように相槌をしてから私に問う。


「わ、わかりません…」


 そもそもこうやって誰かを好きになったのは綾音が初めてだ。


 ただ、今まで女の子をそんな風に見たことなんてなかったし。好きになった漫画のキャラは男の子ばっかだったし。…いや、そのカテゴリも今は百合の女の子キャラで染まったけれど。


 私のセクシャリティなんて、実際わからない。ただ綾音のことが好きなだけだ。


 でも、こうして綾音の母2人の裸体に過剰反応してしまっているのも事実で。


 …もういっそ殺してほしい。


 2人は何ともないように入浴をしていると言うのに、私ばかり煩悩に溢れてしまっている。こんなんじゃ不純な女だと認定されても文句は言えない。


「んー…私も混ぜなさい!」


「っ!?」


「ふは、相変わらずヤンチャですね明乃さんは。」


 こんな風に悩む私に、さらなる追い打ちをかけてくる明乃さんは悪魔か何かなんだろうか。あれか、サキュバスか?淫魔ってやつか。


 明乃さんは、咲先生に抱きつく形で収まっていた私の背中から、咲先生ごと抱きしめるように私に飛びついてきた。


 要するにサンドウィッチ状態。


「あ、こいつの心音さらに大きくなった。」


「…ふふ、ママ達に挟まれてどきどきしてるの?麗華ちゃん、恥ずかしがり屋さんでほんと可愛い。」


 いじり倒される私。


 いつのまにかお風呂場には、咲先生と明乃さんの楽しそうな笑い声。


 前から、後ろから、ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、もうわけがわからない。


 そんな風に暫く私は2人のおもちゃにされた。


「…でもなぁお前、これくらい慣れないと…この先綾音とセックスする時どうすんだ?」


 そうして私が2人の誘惑(個人の感想)に必死に耐えていると、咲先生の口からとんでもないワードが飛び出してきてびくっと肩が上がった。


「せっ…!?」


「あら、麗華ちゃんタチなの?…ネコならすごく可愛い反応だと思うけど。」


「…たっ…ねっ…」


 そして、当たり前のように会話を繋ぐ明乃さん。


「今の状態だといつまで経っても綾音はこいつのこと抱かないでしょう。するならこいつがタチやらなきゃですよ。」


「なるほどね…でもあの子って見るからにタチよね。」


「まぁあいつは簡単に抱かれる玉じゃないですし。」


「リバOKならいいけど…綾音がバリタチだとまた一つ高い壁がそびえ立つわね。」


「まぁ明乃さんがリバですし、綾音もその血は受け継いでるからよっぽど大丈夫だとは思いますけどね。」


 私と綾音、言ってしまえば娘2人のセッ…えっちについて真剣に語り合う母2人。この2人、規格外すぎる。


 今、私の顔はどうなっているんだろうか。あまりに熱すぎて、溶けてないだろうか。


 ぎゅっと咲先生の首元に顔を埋めて、必死に羞恥に耐える。


「…可愛い照れ方しやがって。」


 すると、咲先生にぐりぐりと頭を撫でられて揶揄われる。


「ふふ、まだまだ修行が足りないわね麗華ちゃん。」


 それから後ろからぎゅっと重量を感じたかと思えば、耳元でそう囁かれる。


「まずは、そうね。おばさん達の裸くらい慣れなきゃね。」


 そして、後ろから回ってきた手がお腹に回されてぎゅっと抱きしめられる。


「…これから毎日お風呂は一緒だからね。」


 私の天国地獄のような一週間が始まった瞬間だった。


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