第18話
「…ずっと言ってたよね?私、ノンケは恋愛対象にならないよって。」
「ねぇ。さっきの聞かなかったことにしてあげる。」
「だからさ、これからも友達でいよう。」
「私からのお願い。…聞いてくれるよね?」
◆
告白するつもりなんかなかった。
だって私は長距離走をするつもりだったから。クリスマスが私を意識してくれるきっかけになればいいなと、その位の気持ちで考えていたから。
でも、仕方ないじゃないか。
綾音が恋人を探すなんて言い出したから、取られたくなくて考えるより先に口に出していたんだから。
そして見事にいなされた。
フラれるとか、拒絶されるとか、そうじゃなくて、いなされたんだ。
…私の告白は、無かったことにされたと言う事だ。
悔しくて、悔しくて、涙が止まらなかった。
必死に歯を食いしばって、どうにか綾音を見つめたけれど、視線を逸らされた。
私の想いは、受け取っても貰えなかった。
その絶望感に私は耐えられなくて、その場を後にした。
私に親友としての振る舞いを期待した綾音。だけど膨れに膨れ上がった恋心を持つ私にそれは出来そうに無かった。
◆
あの日から、5日が経つ。
綾音には一度も連絡を送っていないし、同じく綾音から連絡が来ることもなかった。
もう綾音のそばにいる事は出来ないのだと、悟った。
想いが違いすぎるのだ。
一緒にいるには、私が恋心を消す必要がある。
わかっている。なのに、それでも消えてくれないのが恋心のやっかいな所だ。
綾音と過ごした幸せだった頃が頭から離れない。
お腹が空けばご飯を食べるし、喉が乾けば水を飲む。別に死にたいわけじゃない。けれど生きたい理由もない。あれからただ生命を維持するだけの生活を続けた。
ずっとベッドの上で壁に寄りかかり、体育座りをするだけ。そこで私は現実を捨て去り、妄想の中で綾音に会う。
もう涙は枯れ果てた。何度も綾音を思い出して、涙腺を刺激されてもただ胸の奥と瞼、そして喉がじんじんと痛いだけ。
今日も一日中、そうやって過ごすんだろうなとぼんやりと思っていた。
ピンポーン。
その思考を、なんとも間抜けな音が遮った。
…不快だった。
今は何人たりとも、私の邪魔してほしくない。せめて思い出の綾音と2人きりにしてほしい。
ピンポンピンポーン。
…
ピンポンピンポンピンポーン
……
ピンピンピンピンピンピンピンピン…
「やめてっ!!!!」
なんの嫌がらせだ。こんな時に。
連打されるチャイムに、私は叫ぶ。もう近所迷惑だとか、どうでもよかった。
すると音は鳴り止む。この距離でも私の声が届いたと言う事だろう。さすがは安アパートだ。
しん、と静まり返る室内に、私は現実に戻された。
ここは綾音がいない…
また強烈な悲しみが襲ってきた時、スマホが震えた。
私はそんなはずないのに、期待を胸にスマホを開く。
そこには『咲先生』という文字と『いるなら出ろよ』というメッセージ。
大きな落胆と共に、そのメッセージの内容にさっきのインターホンが咲先生の仕業だとわかって怒りが込み上げてくる。
次に、スマホが震えて私に着信を知らせてくれた。
私はその着信を受け取って、咲先生が話すより先に叫ぶように言葉をぶつけてやった。
「なんなんですか!迷惑です!帰ってください!!!!!!!」
そして、それだけ言って通話を切ろうとすると咲先生がそれを見越したように言葉を発した。
『あー、切る前に私の話は聞いたほうがいいぞ。』
スマホから聞こえたその声に、私の手は止まる。
本当は今すぐにでも通話を切って、1人になりたかった。でも、気になってしまったのは人間の性か。
「…なんですか」
気付けばスマホを耳元に戻し、その声を聞くことにしていた。
『鍵、開けられるか?』
「だから、嫌だと…」
『もし無理そうなら、今からドア蹴飛ばすけどいいか?』
「…は?」
話を聞かなければよかった…と思った矢先、とんでもない発言が聞こえて呆気にとられる。
『んで、警察に不審者が出たって通報する。そしたらお前も出てこざるおえないだろ。おまわりさんも交えてじっくり話そうぜ』
「い、意味がわかりません…!ほんとに迷惑なので帰っ…」
全く意味がわからない言葉を並べられて、困惑する。
ただ良くないことを企んでいるのは分かった。だからとにかく咲先生を追い返そうとした。
『とりあえず一回蹴るわ』
でも、私が言い終わる前に聞こえたそんな言葉。
そして…
─ゴンッッッッッ!!!!!!
とてつもない音が玄関の方から聞こえた。
「ちょ、ちょっと!?」
こんなの続けられたらご近所トラブル待ったなしだ。咲先生が通報しなくても、隣室の人が通報してしまう。
現実がどんなに辛くても、生きている以上法律に縛られるし、人間関係は続いていく。こうも私のテリトリーで好き勝手に暴れられては、さすがの私も黙って見過ごせない。
『開けろ。私は本気だぞ。』
スマホから聞こえてくるその声に、私は反射するように立ち上がった。
「わ、分かりましたから!!やめてください!!」
『おう、はやくしろよー』
私の必死の懇願に、呑気な声で答える咲先生。それに大きな怒りを感じつつ、急いで玄関に近づき鍵とチェーンを外した。
その瞬間、ガコっと勢いよく開かれるドア。
「よっすー。っと、おじゃまー。」
そしてゼミの授業に遅刻してきた時となんら変わらない雰囲気で、ヌルッと侵入される。
「ちょっ…誰も上がっていいとは…」
そこまで言って、もうハイヒールを脱ぎ終えた咲先生を見て何を言っても無駄だと悟り、代わりにため息をつく。
「はぁ。なんなんですかもう。」
そしてそのままズカズカと遠慮なく部屋に上がられてしまった。
私の方が宿主なのに、先生の背を追う。
「ん、案外元気そうだな。自殺でもしたんかと思ったわ。」
部屋に着くと、咲先生はコートを脱いで豪快に放っぽり、カーペットが敷いてある床に座りながらそう言った。
「…しませんよ」
その発言に、一瞬ドキリとしながら私は咲先生が投げ捨てたコートを拾って物掛けに吊るしてやる。
その発言的に、咲先生は私の状況を知っているのだろうと当たりをつけた。
しかしそうだとして、気になる点がある。
「大体、なんで私が失恋した事知ってるんですか…」
勿論私と綾音しか知り得ない事だ。
まさか綾音が話したのだろうか?何の為に?…だが、現状それしか思い浮かばない。
「え、お前失恋したの?」
「…………え?」
しかし、私の問いに対する咲先生の回答に固まった。
「そうか。失恋したんだな」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「あ?」
「え、あ、え?…し、知らなかったんですか?」
「今知った。」
ポカンと口を開けて咲先生を見る私は、きっとものすごい間抜け面をしている事だろう。
「常設してる菓子が煎餅って、なんか想像通りだな」
そんな私を放って、咲先生は私のテーブルの上にあった煎餅を断りなくバリボリと食べ出した。
「…じゃあ、何しに来たんですか」
私はそんなやりたい放題の先生を見つめて、何度目かの溜息をつく。
「んぁ…冬休みに入っただろう?お前がちゃんと課題やってるか確認しに来た。あれだ、家庭訪問だな。…おっ、これなかなかいけるじゃん」
相変わらず煎餅を頬張る先生は、そんな事を言う。
けれど、咲先生に限ってそんな理由でわざわざウチにくるはずがない。だってあの咲先生だもの。
だから自分で考える。
そもそもここに来て咲先生は何と言った?…自殺がどうたらって言っていた。
つまり、私が自殺しているくらいに落ち込んでいると、何かから察したんだ。そして失恋の事は全く知らなかった。
だとしたらその理由は何だろう…
そこまで考えて、私は一つの結論に辿り着いた。
「…もしかして私が連絡を絶ったから、心配して来てくれたんですか?」
これだ。…毎日のようにだる絡みをしていた私からの連絡が急に途絶えたから、こうして様子を見に足を運んでくれたんだ。
それを理解すると、胸の辺りにじんわりと暖かい物で満たされる感覚を覚える。
「私がんなことするように見えるか?」
相変わらず煎餅を食べる手を止めない咲先生は、私に視線を向けて問うてくる。
「少なくとも家庭訪問をするような人には見えませんね」
「ふっ、相変わらず生意気な野郎だな。」
ニヤリと笑った咲先生に呼応するように、自分の口角が久々に上がった。
咲先生が来てくれた事で、私に少しだけ元気が戻ってきた事を自覚する。さっきまで死んだも同然に生きていたのに、まだまだ現実も捨てたものじゃないという事か。
この人は教師としては終わっているけれど、人としては密かに尊敬している。
…いや、犯罪スレスレの行為をして人の家に勝手に上がった挙句、人の物まで好き勝手にする…あれ、人としても大丈夫なのだろうか?…今回は私の為に来てくれたんだし多めに見るが…
「…しかし、失恋かぁ」
そんな風にして、せっかく久しぶりに和やかな空気を味わっていたのに、咲先生が呟いたその言葉でまた私の心は簡単に沈む。
「…はい。」
「告白したのか?」
「しました…綾音が恋人を作ろうとしたのを見て少し…焦ってしまって。」
あの時の事を思い出すと、声が勝手に震えてしまう。
「なるほどなぁ…じゃあ、あれか」
そんな私を見て、咲先生は何か納得したように呟く。
「お前、諦めたんだ?」
「っ…」
そして、酷く冷たい視線と、酷く冷たい声音でどこか私を責めるようにそう言った。
私はゴクリと音が聞こえるくらいに喉を鳴らし、身体中の筋肉が強張ったのを感じた。
「あんだけ私に『諦めきれない』『恋人になりたい』って啖呵を切っておいて。このざまとは、情けねぇな…あぁ、だっせぇ。」
そして次に咲先生から発された声に、私への失望を感じた。
「…な、何も知らないくせにっ!!!!!」
それに対して、私はみっともなく逆ギレをしてしまった。
そして、流し切って枯れ果てたはずの涙が頰を伝う。
「私の告白は…フラれるでもなく、想いすら受け取ってもらえなくて、最後には無かったことにされたんですよ…」
そして、私はあの日のことをありのままに話した。
同情してもらいたかったのかもしれない、慰めて欲しかったのかもしれない。もしくは、最後まで走りきれなかった事を許して欲しかったのかもしれない。
けれど、咲先生は表情ひとつ変えることなく、ただ一言だけつぶやいた。
「だから?」
「…え?」
その一言に、私は涙で濡れた目を見開いて固まる。
「お前の心臓は止まってるのか?…いや、だとしたら私は幽霊を見ていることになるな。それはありえない。なら、私の娘の心臓が止まったのか?…んなわけねぇよな。こないだ明乃さんが綾音と通話してたし。って事はつまり綾音の耳が聞こえなくなったわけでもねぇし、急に日本語がわからなくなる病気にかかった線も消えるな…あとは…」
そんな私を置いて、咲先生はわけのわからない自問自答を繰り返す。
「何を…言って…」
「いや、わかんねぇなと思ってさ。お前がその恋を諦めた理由。」
「だから、恋心を完全に否定されて…」
「お前らはまだ言葉を交わせて、心臓が動いてるんだろ?ならどこに諦める理由がある。」
私の主張が一切無視されて発されるその言葉達。それで咲先生が私に言いたいことが分かった。
要は一度失恋した程度で諦めるなって言いたいんだろう。
けれど…
「…言いたい事は、分かりました…けど、もう私は立ち上がれない…だから、走ることもできない」
けれど、ダメだ。
もうこの恋は完膚なきまでに叩きのめされた恋で、私はそれでも恋心を捨てきれなくて、そのせいで綾音の親友にすら戻れない。
そんな状況で、また綾音とおなじ長距離走のレーンに立つことなどできるはずがない。
私は俯いて、蘇ってきた悔しさに歯を食いしばり、自分の太ももに涙をこぼし続ける。
「…それでお前、課題はやってんのか」
そんな私に、またしても脈略の無い言葉を投げかけてくる咲先生。
正直つっこむ気力なんて無かったし、先生のこの感じには慣れた。
だから私は何も言わずに、首を軽く横に張った。
「ノート、どこにある。」
その問いにも、自分のバックを指さして教える。
すると咲先生はやっぱり遠慮なく私のバックの中身を漁り、ゼミで配られた絵日記とついでに筆入れを取り出した。
「おっし。…来い、高嶺。」
それを先生はテーブルに広げ、私を呼んだ。
正直わけなんてわからなかったが、これにも私は素直に従う。もうどうでも良かった。
咲先生の隣に腰を下ろそうとする私。
しかし、先生は私の手を握り、自分の方に私を抱き寄せた。
「こっちだよ。ここ。」
「え、あの…」
さすがにこれには、ここまで大人しく従ってきた私も大きく動揺した。
大胆にも大きく広げた長くて綺麗な足の間に、私のお尻はすっぽりと収められたのだ。
後ろから私に覆い被さるように抱きしめられて、咲先生は私ごと少し前に移動する。すると私は前にテーブル、後ろに咲先生、と完全に挟まれた。
すると咲先生という女性を強く感じる。
想像以上の柔らかさだとか、鼻腔をくすぐるシトラスの香りだとか、私の肩に乗せられている横顔のあまりの美しさだとか。
状況が全く理解できないけれど、それらはしっかりと五感で感じ取れる。
そして、至近距離で長いまつ毛が揺れ、その鋭い瞳が私を見つめた時、心臓が煩く高鳴った。
「そんな固くなんなって。」
揶揄うように笑われて、私の顔に一気に熱が溜まった。
「っ…な、なんなんですかっ!!」
ぎゅっと目を瞑り、先生の事を押し返そうとするが体幹がいいのかびくともしない。
そんな私を気にもとめず、咲先生は筆入れからボールペンを一本取り出した。
そのボールペンを持った咲先生を見た瞬間、私の脳裏に少し前に読んだ百合漫画でのワンシーンが思い浮かんだ。
─教師、抱きしめられるのは失恋した生徒、ボールペン…っ…
そして、今度は顔が沸騰するんじゃ無いかってくらい熱くなる。
「だ、ダメですっ!!確かに失恋しましたけど、私は綾音一筋なんですっ…!!」
私は咲先生がしようとしている事を理解して、ワイシャツの袖をぎゅっと握ってどうにか抵抗する。
「…は?」
咲先生は間抜けな声を出すが、それが演技なのは分かっている。
だって状況証拠は揃っているもの!
この後私は咲先生にこのボールペンを使って、あんなことやこんなことをされてしまうんだ…
だってあの漫画ではそうだったもの!
「もう叶わないかもしれないけどっ!!は、初めては綾音にあげるって心に…!!」
どうして急にこんな展開になったのか、わからないけれど私は咲先生の情に訴えかける。
私の初めては綾音のもので、綾音に貰ってもらえないのなら一生誰にも渡さない気でいるんだ。
それに先生だって旦那さんがいるはずだ。こんなの絶対許されない。
だから、どうか鎮まって。そう願って咲先生を見る。
「お前、まじで…アホか?…いや、アホだったわ。」
しかしその美しい顔に情欲はまるで見られなかった。それどころか呆れた表情と共に罵倒される始末。
どう言う事だろうか。
あの漫画のストーリーをなぞるのなら、失恋した生徒をこれ好機とばかりに狙ってくる教師の図になるはずだ。
『あんな女、私が忘れさせてあげる』
『あっ…ダメですっ!私はまだあの子の事が…』
そうして、結局快楽に抗えず先生に堕ちていくという…
実際そういう無理やりなシーンは冒頭でしかなくて、話が進む度に徐々に気持ちが通じ合っていく良い百合物語だった。
って、感想を述べている場合では無い。
「だ、だって咲先生…そ、そのボールペンで私をいじめるつもりなんでしょう?」
私は事実確認の為、恥ずかしいのを我慢して私は咲先生に問う。
「どんな想像をしたかしらんがな、話の腰を折るんじゃねぇよ。結構真面目な所だったろ今。」
それでもとぼけ通す咲先生。しかし手には未だに握られているボールペン。しらをきるのは無理があるだろう。
というか、話を腰を折りまくっているのは咲先生だった同じだ。意味のわからない事ばっかり言って、仕舞いには私の事が…その、す、好きだなんて。そんなの聞いてない。
「じゃ、じゃあそのボールペンで何をするんですかっ!?」
私は、言い逃れ出来ないであろう確信的な質問をぶつけた。
「書き物をするんだよアホ。」
しかし、あっさり返ってきたのは漫画で使っていた使い方とは違うものだった。
それを聞いた私は思考が一瞬停止する。
私が固まってしまったのを見てか、より分かりやすいように、咲先生はボールペンで絵日記をトントンと叩いて見せる。
「え…あっ…」
そこで、私はとんでもない勘違いをしたのだと気がついた。
顔から熱が一気にサーッと引いていく。
かと思いきや、また熱が上がってきて湯気が出るほどに茹で上がる。
「…殺してください。」
私はゆっくりと両手で自分の顔を覆って呟いた。
私の脳は完全に百合漫画に侵されていた。
ボールペンの正しい使い方は物書きをする事だ。
あまりの恥ずかしさに、先生に顔向けできない。
「お前、実は結構元気だろ」
そんな私の荒ぶりを見てか、咲先生からそう言われる。
実際今の私は、かなり元気を取り戻している。感情もしっかりと働いている。
でもこれは咲先生が来てくれたおかげだ。断言できる。
私の恋する相手は綾音だ。そこは変わらない。けれど咲先生もまた特別で、もしかしたら綾音以上に頼りにしている人かもしれない。
綾音には話せないような事だとしても何でも話せて、嫌な顔しかしないけれど結局は何でも聞いてくれて、時々いじわるだけどそこには必ず愛があって。
知らずの間に、私はかなり好意を抱いていたらしい。
というか、綾音とは血が繋がっていないはずなのに所々綾音と同じ雰囲気を感じる事があって、この人には気を許して甘えたくなってしまうのだ。
「いえ、普通に落ち込んでましたけど先生が私の事をそういう目で見てるんだと思ったらさすがに動揺を隠せなくて」
とりあえず咲先生を悪者にしておいて、この場はなあなあにしよう。
そんな魂胆を見抜かれたのか、後ろから後頭部にチョップが飛んでくる。中々の威力だった。
「まじで、この世界が恋愛漫画や恋愛小説の中だったら結構重要な部分だと思うぞ、今。一応大失恋したんだからお前。」
「…す、すみません」
そして咲先生にしては割と真面目な説教が飛んできて、私はしゅんとする。
よくよく考えてみると、咲先生は何かを伝えようとこの場を用意したはずだ。だって咲先生はいつだって伝えたい事の本質を隠してわざわざ分かり辛くして話す傾向にある。
だとするならば、やはり私はそんな真面目な咲先生の話の腰を折ってしまったのだろう。おそらく私の為の大切な話だっただろうに。
そう思うと、私の心は一気に罪悪感に包まれた。
「あの…落ち込んでたのは本当です。でも、咲先生が来てくれて、こうしていつも通り話してくれるからすごく元気になりました。…だから本当にありがとうございます。」
私は茶化すのをやめて、先生のシャツをぎゅっと握りながら真剣に思いを伝える。
すると私の肩にあった咲先生の頰がほんのり赤く染まった。
その瞬間、咲先生の片手に私の頭はわしゃわしゃと掻き回された。
その反応に、これは咲先生なりの照れ隠しなんだろうなと確信した。やはりこの先生はすごく可愛い人だ。
私はその手に擦り寄るように、自分から頭を寄せる。すると手つきが激しいものから優しいものに変わる。
やはり血が繋がってなくとも親子だ。頭を撫でられた時のこの安心感、この幸福感、そして包み込んでくれるような包容力。全てが綾音とそっくりだ。
「はぁ…ったく、だったら連絡の一つでも寄越せアホ」
そうして優しく撫でられながら、先生に寄りかかっていると聞こえてきたボヤキ。
「あ、やっぱり心配してくれてたんで…いたっ!?」
それに反応したら、横から頭突きが飛んできた。照れ隠しするのは可愛いけれど、少々乱暴すぎるところが玉に瑕である。
私はそんな先生に再び寄りかかり、頭を傾け撫でを要求する。
やはり綾音と同様で、言葉を交わさずともまた頭を優しく撫でてくれる。
そうして暫く先生に甘えて、心の癒しを得ているとその手が止まって、ボールペンを持った手が絵日記の方に向かった。
それを見て、私は咲先生の方を向いて問う。
「…ところで、先生はこれで何を?」
それを聞いた咲先生は、挑戦的な笑みを浮かべて逆に聞いてきた。
「お前、私が出した課題の通りこの絵日記をきっかり埋められるか?」
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