第0.4話
「私の事ばっかり話してごめん。…今度は私の全額負担でいいから、したくなったらまた連絡して。」
あれから結局時間まで私はミカンさんに抱きしめられて、慰めてもらっていた。
最後の方、私の話しかしていないことに罪悪感を覚えて机の上にあったメモ帳に自分の電話番号を書く。アプリのチャットでもいいのだが、少し不便だしミカンさんとは個人的に繋がりたいと思った。
セキュリティ面での心配とかあるかもしれないが、ミカンさんなら悪用しないだろうと思って渡す。
そして自惚れではなく、ミカンさんは私との行為にかなり満足していたと思う。だから話を聞いてくれたお返しをしてあげたかった。
「そんな、気にしなくてもいいのに。」
ミカンさんは困った様に笑って、それでもメモ帳を受け取ってくれた。
「…あ、そしたら、今度はセックス目的じゃなくて、普通に会いましょうよ。お友達として。」
「…え?」
そして、次に明暗とばかりに笑顔になってそんな事を言ってきた。
「シオンさんはすごく優しい人でしたし。なにより同性愛について真剣に悩んでる姿を見て、絶対に悪い人じゃないって思いました。」
ミカンさんは紙に書いてある連絡先を登録しようとスマホをいじりながら、話をする。
「それに、なんとなくですけど…もう私達が同じベットで寝る事はなさそうですし。」
そして登録を終えたのか、私の方を向いて不適に笑ってそう言った。
その笑みが何を意味するのかは分からないが、その言葉の意味はもうセックスはしないという事だろう。
私としても進んでする理由はもうない。ただお返しにしてあげたかっただけだ。
その瞬間、私のスマホが震える。
ミカンさんを見ると、私に向けてスマホを振って見せていた。つまりこの着信は彼女からの電話なのだろう。
私はスマホの着信を受け取ってから、すぐに切る。
「わかった。じゃあ、友達になろう。」
それから手を差し出して握手を求めた。
「はい、よろしくお願いしますね!」
それに可愛らしい笑みを浮かべて、応えてくれた。
「では、私達はセフレではなく友達になったわけですし、自己紹介でもしますか。」
最後の最後に自己紹介という、なんともおかしな事だが必要な事だ。
「私、
「へぇ、年上なんだ…よろし…へ!?」
そこまで言って、私は思わず言葉を止めてミカンさん、もとい真冬さんを見る。
あまりにも衝撃的だった。
「と、年上…ですか…」
「あぁ、言葉遣いなら気にしないで。プロフに書いた通り、『タメ語』で話して欲しかったから。RPの一環で。これからも全然タメ語でいいからね。」
にっこりと笑うミカンさん。
ミカンさんもしれっとタメ語になってるし、本当にRPの一環だったんだろう。
確かに体つきは同年代に比べてどこか包容力に長けているなと思ったけれど、顔が可愛すぎて全然わからなかった。
それにしてもなかなか失礼な言葉遣いだったな、私。
後、タチ役ということもあって、普段より大人びた口調や言葉遣いを意識しているっていうのもある。そういうの求められることが多いし。
…いや、というか泣きじゃくってて完全に忘れてたけど『同性愛者の先輩』とか『人生の先輩』とか、そんなことを言っていた気がする。
なるほど、そりゃ敵わないわ。私の隠してきた想いまで会ったその日に見抜かれたのも納得だ。経験値が違う。
「わかった…じゃあ、よろしくね。…えっと、真冬さん。」
そういえばRPの時に呼ばせてた名前、ちゃんと本名だったんだな。
なら、相手の『ミユキ』っていうのも、想い人の本名なんだろうか。その辺含めて、また今度話してみたい。
「私は橘綾音、大学1年で19歳だよ。」
「…ぉぅ。内容が大学の話だったから学生さんだとは思ってたけど、まさかの10代…わっかぁ…」
私の方の自己紹介を聞いた真冬さんは、険しい表情をする。
やっぱりそういう感覚になるんだろうか。私目線だと、26歳なんて大して変わらないように見えるし、真冬さんは容姿が整っているから全然10代でも通用すると思う。
私達はよろしくね、と再び握手をする。
「それじゃ、私はそろそろ仕事行かなきゃ。」
それから真冬さんは、時計を見てまた衝撃的な発言をした。
「え!?今から仕事!?」
だって、昨日の21時くらいから私達はずっと一緒に居る。それに殆どの時間を行為に費やして、最後は私の話で占め。当然お互い一睡もしていない。
「うん。私の仕事めっちゃブラックなんだぁ。だからあんまり時間取れなかったりするんだけど…綾音ちゃんが会えそうな時と私の休みが合えば、会いたいな。」
真冬さんは早口でそういいながら、鞄から取り出したスーツを着こなした。それから自身に魅力を加える様に手際よく色々なアクセサリーなんかを取り付けていく。
そうすると、可愛い女の子から、一気に大人の綺麗な女性に早変わった。仕事着姿の真冬さんは、ベットで夜を共にした女性と最早別人だった。
もしこの仕事着姿を見てからあの行為をしていたとしたら…おそらくギャップでこちらが殺されていた事だろう。
いまでもこの綺麗な女性が、あんなに可愛く乱れていたなんて信じられない。RPだったとしても、演技であれをできるのならば誰でも魅了できるだろう。
「わ、わかった…」
私はその姿に呆気に取られながら、返事をする。
「それまではメッセージでやりとりしようね。無視しちゃやだよ?」
そして全て着飾り終えた真冬さんは、上目遣いでそんな可愛らしい事を言ってくる。
これには麗華一筋の私も、かなりドキッとした。
真冬さんも私と同じように、話の口ぶりからして想い人と上手くいっていないのはわかっている。
この人に心動かないなんて、相手は真の同性嫌いということか。だとするならば真冬さんはかなり厳しい恋をしているのだろう。
私は余計に相談に乗ってあげたくなった。
「あ、じゃあ行こっか!早くしないと遅刻しちゃう!」
真冬さんが仕事着になってから、見惚れて全く喋らなくなっていた私の手を引いてホテルを後にした。
◆
「それじゃあ、またね綾音ちゃん。」
本当に乗っていかなくていいの?という言葉に首を横に振って断った私は、真冬さんが呼び出していたタクシーで職場に向かう真冬さんを見送った。
駅までは近いし、急いでいる真冬さんに迷惑かけるほどではない。
1人になった私は駅へと歩きながら、一気に下がった体温を戻す様に手を擦る。早朝という事もあり、かなり冷え込む。
人生で一番最悪とも言えるクリスマスを真冬さんと過ごせたのは奇跡に近い。
まだ時間はかかるだろうけど、真冬さんのおかげで私はちゃんと恋心を自覚した。
だから、ちゃんと失恋する事が出来る。
今まで失恋だと思ってきたモノは、本当に無意識に『好き』を消していただけだった。
今まで好きになってきた人がノンケだと分かった時も、麗華がノンケだと分かった時も。
ただ逃げてただけだ。殻に篭って自分を守っていただけ。
…だって本当の失恋は痛みを伴うものだから。こんなにも痛いものだから。
どこかぼんやりとしながらしばらく歩いているとすぐに駅に着く。
電光の時刻表を見るとちょうど前のが発車した所らしく、次がくるまで時間がありそうだった。
私はホームに入らずに、近くにあった背もたれのない不便なベンチに腰掛けて、霧がかり、太陽が雲に隠れている空を見上げた。
雲と霧に覆われてどんよりと悲しそうな空が、どこか今の私と重なった。
「…御天道様がいないから…すっごい寒いや。」
そして私は、いつも体温を分けてくれていた私だけの暖かい太陽を想って、1人呟いた。
でも、もうその太陽が私を温かく照らすことはない。
「…もう私の元に昇ってきちゃダメだからね。」
一度沈んで、また昇ってきた太陽だけど、また沈んだ。
そして今度は未来永劫昇ってくることはない。私がそういう風に沈めたから。
恋心を自覚した今の私があの日に戻ったとしても、多分同じように無理やり沈める。
それが彼女の幸せであり、また、私の幸せでもあるから。
やはり麗華は私にとって何よりも大事な人なのだ。
そんな風にもういない太陽を想い、空を見上げていると、ぎっしり詰まっている雲と雲のほんの隙間から陽の光が漏れた。
予測していなかった急な強い光に、私は目を一瞬瞑る。
その瞬間、私が座るベンチのすぐ横に人が座った気配を感じる。
心臓が大きく跳ねる。
こんな時間に、こんな不便なベンチに座る事もおかしな話だが、それ以上にわざわざ人が居るのにその隣に座るという行為に恐怖心を抱いた。しかも厚い服越しでもわかるほどにぴったりと私にくっついている。
嫌な予感が頭をよぎる。不審者だったり、痴漢だったり。
けれど、そんな不安は隣に視線を移した事で一瞬で吹き飛んだ。
その代わりに、私は驚きに目を大きく見開くこととなる。
「な…んで…」
長くて綺麗な黒髪、凛とした横顔、背筋をピンと伸ばした綺麗な姿勢で座るその姿。
圧倒的な美少女だった。
ここに居るはずがない、ありえない、どうして、なんで。だってあの時私は確かに…
色々な言葉が浮かぶが、どれも同じような意味合いなものばかり。
そんな美少女が、私とは反対方向を向いて隣に座っている。
そして美少女は私を見ずに口を開いた。
「私の告白を有耶無耶にした挙句朝帰りとは、随分な当てつけね。」
酷く平坦な声音で言われた言葉に、心臓がぎゅっと握られたように胸が苦しくなる。
そして、これだけの寒空の下に居ながら、じわっと背中に汗が流れる。
「御天道様が悪い子をちゃんと見ているのは常識よ。ましてや1人だけを照らす専属の御天道様だったらのなら尚更…」
口を糸で縫い付けられたように、何も喋れない私をよそに、美少女は淡々と言葉を紡ぐ。
そして、そこまで言った美少女はようやく私の方を見る。
その長いまつ毛に縁取られた漆黒の綺麗な瞳と私の視線がぶつかる。
そして真剣な表情で、力強く言い切った。
「逃げられると思わないことね。」
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