第17話

「よっすー。」


「おっすー」


「こんにちわ。」


 お昼休みと3限の時間を使って、寒空の下にも関わらず綾音とベンチでたくさんイチャイチャしてから訪れた4限東雲ゼミ。


 案の定20分遅れでやってきた咲先生に、私達も挨拶を返す。


「相変わらずラブラブなこって。」


 咲先生は、いつものように長い生足を机に上げて椅子に座りながら私達を見て言う。


 椅子に座る綾音、その太ももの上に座る私。


 いつものベンチでしているコアラ姿勢ではなく、この教室では私の身体は横向きになっている。イメージで言うと座りながらするお姫様抱っこみたいな感じだ。


 咲先生ももうそんな私達を見慣れたようで、特に気にした様子もない。一応この時間はれっきとした授業時間なのだが、そこは東雲ゼミだし。そもそも先生がちゃんとしてないし、セーフ。


 咲先生の目も気にせず、私はいつものように綾音に頬擦りをする。


「んふふ。可愛いだろ〜」


 綾音はそんな私の頭を撫でながら、まるで大事なおもちゃを紹介するように咲先生にドヤ顔をする。


 当の私は綾音に可愛いと言われた事に気分が良くなり、さらにぎゅっと抱きつく。


「いや、全然。」


「なんだとぉ!麗華が可愛くないとか、目ぇ腐ってんのか!?」


「どうみても外見だけだけの地雷女じゃんそいつ。」


「んなことないし!…ねぇ、ポチィ?」


「犬じゃねぇか。」


 綾音に顎下を撫でられながら、そんな2人のやりとりを聞く。


 ふぅむ。確かに私は綾音に『ポチ』と呼ばれることがある。


 やはり綾音は私にペット的な愛らしさを感じているのだろうか。だとしたら私の努力不足という事になる。もっと1人の女として見てもらうように頑張らなければならない。


「まぁ、なんでもいいけど。とりあえず来週から冬休みだろ?一応課題があるから」


 咲先生は私達を呆れたように見つめながら、そんな事を言う。


「えぇ…授業もろくにしてないのにどんな課題があるの?」


 綾音の質問はごもっとも。このゼミ、始まって以来一度も授業をしていない。そんなゼミから出る課題とは。


 その質問を聞いた咲先生は、小学生の時によく使っていた緑色のノートを二冊見せて言う。


「絵日記。」


「はぁ…?」


「冬休みの間毎日絵日記を描け。ノートはこれな。」


 咲先生はそういって、見せていたノートを私達の机に投げる。


 この細長い机にぴったり着地させる咲先生のコントロール、何気にすごいな。


 私達の前に着地したノートは、やはり表紙に植物の写真が写っているよく知る物だった。


「えぇ…完全に小学生の宿題じゃん…」


「大学生が絵日記書いてみたらどうなる?っていうのが今回の研究テーマだ。ちゃんと毎日1ページ、文字も絵も全部埋めろよ。」


 なんともヨーチューバーとかがやりそうなタイトルだ。その辺の事はよく知らないけれど。


「精神年齢幼稚園児のお前らに合わせてやったんだから感謝しろよな」


 そう言いながら立ち上がる咲先生。授業の終了の合図だ。


 先生から見た私たちは、幼稚園児なのだろうか。


「だぁれが幼稚園児だぁ!」


 咲先生はギャンギャンと騒ぐ綾音を無視して、出席カードのスキャンを完了させてそそくさと講義室を後にした。


 うん。確かに綾音の怒り方は幼稚園児っぽくて可愛いかもしれない。


「…はぁ。なんだよ絵日記って」


「まぁでも、他の授業のレポートよりはましよね。このノート、文字を書くスペース10行くらいしかないし。」


「んー…確かに言われてみれば」


 私がノートをパラパラと開いて見て言うと、綾音も渋々と言ったように納得する。


 他の授業に比べればかなり楽な物だ。


「…ま、いっか!それより麗華さんや、今日はどこに行きますかい?」


「今日は最寄りにある河川敷、その土手沿いを散歩したいかも。ほら、前に一回一緒に歩いた場所。」


「おっほ。こんなに寒いのにお散歩とは麗華さんは元気ですなぁ」


「嫌だった?」


「ぜーんぜん!麗華とならどこでも楽しいよ!」


 満面の笑みでそんなことを言ってくれる綾音に、私の心はまた踊る。


 喜びを体現するように私はちゅっちゅっと、唇を綾音の首に押し付ける。


「ほーら、そこまでだよ麗華。外歩くなら暗くなる前に行かないと。」


 しかし、今回はすぐにストップがかかる。


 時刻は15時を過ぎた頃。日が落ちるのが早い季節だから綾音の言っている事は御もっともである。


 私の本番はこれからなので、ここは素直に行為をやめる。


「ん…そうね。」


 でも、名残惜しい気持ちはあるので、離れる前に甘噛みを何度かする。そして最後の噛みは、少し長めに。唇もぴったりと付けて、唾液と共に綾音の皮膚を吸い込む。


「満足したかい?」


 唇を離した私の後頭部を撫でながら、綾音は微笑んで聞いてくる。


「ええ。ありがとう。」


「んー…キスマ付けられてお礼を言われるってなんなんだろうね」


 私のお礼に、複雑な心境になる綾音。


 実際こうして綾音に触れていられる事には日々感謝している。


「ごちそうさま、的な?」


 あえてそれを表すのなら、これだろう。


 綾音に触れる事で、私は幸せをいただいている。それも接触して摂取する部分は口だ。

 

 だからごちそうさま。うん、間違ってない。


「じゃあ私はおそまつさまと返すべきなのかな?」


「ふふ、そうね。…練習してみましょうか」


「練習?…うひゃっ…」


 綾音の疑問を利用して、私はまた綾音の首に噛みついた。


 咄嗟のことで、慣れている綾音も可愛い声を上げた。それに気分をよくした私は、喉を鳴らして何度も吸い付く。


「もー、そうやって何かと理由付けおってぇ…」


 呆れたように言いながらも、声に棘はない。


 むしろまた後頭部を優しく撫でてくれるから、私を完全に受け入れてくれている。


「…ふふ、ごちそうさま。綾音。」


 満足して口を離した私は、満面の笑みで言う。そうだ、一応これは綾音とやりとりをする為の練習なのだから。


「あいあい、おそまつさんでしたぁ〜…こんにゃろ。」


 そんな適当な返事が返ってきた後、軽い頭突きがとんでくる。おでことおでこがトンッとぶつかって、目が合うと2人で笑い合う。


「ほーら。本当にそろそろいかないと。」


 それから綾音は私の腰を叩いて、立ち上がることを即す。さすがにこれ以上は本当に時間が無くなる。


「はーい。」


 私は軽い返事をしてようやく綾音の足から立ち上がった。


 勿論、それでも綾音の身体は離さない。


 綾音の片腕にきついくらいに、ぎゅぅっと抱きついて隣を歩く。そして綾音より少しだけ背が高い私は、首を横に曲げれば綾音の肩に頭がすっぽりと収まる。


 立って歩く時は、これが私の定位置となっていた。



「んー、やっぱ土手沿いはいいねぇ。なんか自然って感じ?」


 白い息を吐きながら、綾音はニコニコと周りを見渡す。


 最寄りから少し歩いた所にあるこの場所は、お散歩コースにもなっている土手沿い。まだ日は見えるが、空がオレンジに染まりかけている。この時間だと、ちらほらとランニングをしている人達とすれ違う。


「適当な感想ね。」


 私はぐりぐりと、綾音の肩に乗せている頭を押しつけて言う。


「はー?じゃあ麗華ちゃんはどんな感想を抱くのかなぁ?」


 するとは不満気な声と共に、綾音にゴンっと横に頭突きをされる。


 急なフリに、私は焦る。


 綾音が特別なだけで、私は元々ぼっちでコミュ障女だ。元々こういうアドリブにはめっぽう弱いのだ。


「…き、綺麗ね」


 必死に考えて、口に出した言葉。


「あはは、そりゃないっすよ麗華さーん」


「…ぷっ、ふふふ。確かに。私も同レベルだったわ。」


 それに2人して吹き出し、笑い合う。


 こんな平和な会話をしながら、長い土手沿いを2人寄り添って歩く。ひたすらに幸せだった。


 でも、いつまでもこうしてるわけにはいかない。


 私には目的がある。


「…あ、あの。」


 私は会話が途切れた瞬間を見計らって立ち止まり、綾音から自分の身体を離す。


「お?どった?」


 綾音はそんな私の謎の行動に、パチパチと瞬きをして私を見つめる。


 急にやってきた緊張感に負けないよう、私は両手をギュッと強く握る。


 そして一度深呼吸をしてから、声を出す。


「…手、繋いでもいいですか」


 その言葉を発して、私はぎゅっと目を瞑る。


 すると、頼りになる聴覚が拾うのは自然の音だけになる。


 暫くその格好で佇んでいると、ようやく綾音が口を開いた。


「…え?手?」


 緊張の糸が解けたように身体から力が抜け、私はキツく閉じられていた目を開ける。


 そこには相変わらずポカーンとした表情の綾音が居た。


「どうしたの改まって。いままでずっと繋いでたでしょう?」


 まぁ、あんな言い回しだと伝わらないのは無理もない。


 だとするならば、行動で示すしかないのが私だ。


「その…違くて…」


 私は綾音の手を取って、実際にやってみせる。


「…こう。」


 されるがままになっていた綾音の手。その手を握り、さらに指と指を絡め合わせる。


 所謂、恋人繋ぎだ。


「お、ぉぅ。なるほど…」


 ここまですれば、というかもうほとんど答えなのだけど、綾音も気づいたようで。


 さすがの綾音も動揺をしているように見える。私で心が動いている事実に、確かな手応えを感じた。


 私は繋いだその手を、自分の口元に持っていって唇をちゅっと音を鳴らして押し付ける。


「…ぃぃ?」


 少し腰を曲げ、手を口に押し当てたまま上目遣いで私が聞くと、綾音が一度大きく喉を動かしたのが分かった。


「う、うん。いいよ。」


 そして、綾音は私のお願いを受け入れた。


 それは私の目的の一つが、達成できたことを意味する。


 ─綾音から一度離れたのは、私が1人の女、高嶺麗華だと綾音に認識して貰う為。


 くっついたままだと、私達はそのままの勢いで手を繋いでしまうでしょう?それだと親友同士のじゃれあいで済まされる可能性が大きかった。


 ─わざわざ許可を求めたのは、手を繋ぐ経緯を綾音に植え付けたかったから。


 普段は許可も得ずに綾音に好き放題する私が、手を繋ぐと言うそれだけの行為の為に許可を求める。そうすることで、この行為がいつもと違う意味を持つと綾音に認識してほしかった。


 そして、自分ができる最大限の愛情表現をしてから、恋人繋ぎをやってみせた。


 全部計算の上だ。私が考えた、精一杯のシチュエーションづくり。


「…あ、あはは!なんか変な感じだね、これ!」


 緊張と、喜びと、不安とで、私が黙っていると綾音がわざとらしく笑って場を和ませようとする。


 それに私は、綾音の手をぎゅっと握ることで返事をする。

 

 実際、綾音の言うとおりすごく変な感じだ。明らかに腕を組んでいる方が密着しているはずなのに、手の指が絡み合っているだけの今の方がずっと緊張する。


 これが恋人繋ぎが恋人繋ぎと言われる由縁なのだろうか。


 私は歩く足を止める。すると、私よりも多く歩いたから止まった綾音と腕一杯分の距離が空く。


「…綾音。」


 私は、緊張のあまり綾音の顔を見れずに地面にむけて会話する。


「…綾音に言いたいことがあるの。」


 そして、ぎゅっと綾音の手を握りしめて、意を決する。

 

「…今年のクリスマス、よかったら私と…」


 私は今伝えられる精一杯の気持ちを、綾音に伝えた。

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