第15話
大学から帰ると時刻は大体15時前。
手洗いうがいをしっかりして、軽くレポートをこなせばあとは自由時間。
その自由時間を使って最近は手料理に挑戦している。勿論、綾音との将来を見据えた修行。所謂花嫁修行だ。
料理が終われば、今度はお風呂までの間恋愛のお勉強。これが私の1日のメインメニュー。
恋愛色が強い百合漫画や百合小説を読み漁る。
私が好きになるキャラは、決まって根暗なヒロインの手を引いて光の元に連れ出してくれるような女の子だ。そしてヒロインの子にすごく感情移入するまでがセット。その子達の恋愛物語でお勉強をするのだ。
勉強というか…ただ趣味として楽しんでしまっている感は否めないが、為になる事もあるからセーフ。
それに、百合漫画や小説を読んでいると、私って結構綾音といい所まで来ているんじゃないかと、少し自信がつく。
だって綾音は文句も言わずに私の事抱っこしてくれるし、優しく撫でてくれるし、何でも肯定してくれるし、世界一可愛いって言ってくれたし…首筋に噛みついても許されちゃうし。
私が読んでる物語では私と綾音のような関係になるまで時間を要するし、神視点だからわかる事だけどここまでくれば大体両思いになっている。所謂両片思いってやつ。
つまり、私は良い状況にいるという事で、自己肯定感が満たされるのだ。
本当に、あとはノンケのレッテルを剥がして恋愛関係に持ち込むだけ。
…そこがかなり難しいのだが。
そんなお勉強も、入浴時になると終わりだ。お風呂を済ませて、髪を乾かして、歯磨きをして。見た目に気を使うと決めてから始めた美容関係の作業をして。そうしたらあっという間に寝る時間になる。
暖かいお布団にくるまって、スマホをいじる。適当に咲先生にダル絡みをしつつ、フォトフォルダを開く。
保存された画像や動画は殆どが綾音。まさに宝の山である。
そんな過去の綾音達に、ひとつひとつキスを落としてるといつの間にか寝落ちしている。
これが最近の私の日常だ。
◆
「…綾音が足りない。」
私は見慣れた天井をぼけっと見上げながら呟く。
綾音の為に努力するのは楽しいし、やりがいがある。しかし、そんな充実しているように見える1日も、結局は綾音本人が圧倒的に足りない。
最近だと、週に3日は綾音の夜の予定が埋まっている。
少し不安になる。だってあの事件があるまではこんな事なかった。1週間の内、7日間は綾音と共に夜を過ごしていたはずだ。
前に綾音の中での自分の序列が下がったのではないかと不安になった事があるけど、あの時は咲先生のおかげで立ち直れた。
けど今回はあれから時間が経っている事もあり、継続するこの距離に不安が積もる。
「…一番だって言ったのに。」
別に束縛したいわけじゃないけれど、あの言葉の責任はとってほしい。
私は心を落ち着かせる為に、綾音がたくさん居るフォトフォルダを開く。
どの綾音も好きだけど、カメラ目線で笑みを浮かべている綾音がお気に入りだ。
綾音の写真を使ったのは、出会った時に設定したSNSのアイコンだけだった。それが気付けばあらゆるアプリのアイコンや背景、スマホ自体の壁紙、ロック画面、キーボードなんかも、全部が綾音の写真で設定されている。
自分でも少し気持ち悪いかなとか思わない事もないけれど、これが一番落ち着くのだから仕方がない。
余談なのだが、最近は夢女子よろしく綾音からのSNSなんかを自分で考え作ったりして楽しんでいたりする。妄想の中の綾音は、甘々な言葉をたくさんかけてくれるから堪らない。
「…んふふ。可愛い。」
この前私が遅れたゼミ。そこで綾音が机につっぷして幸せそうに眠っていた。だから私は迷わず写真を起動して連写し、動画も撮影した。その動画を見て1人微笑む。
頰を潰しながらも綺麗だとわかるその顔。口元が笑っているのがポイント高い。
現実で会える時間が短い分、こうして科学の力に頼って過去の綾音に会う。どうにかそれで耐える日々だ。
そうしてフォルダに眠る綾音の事を漁っていると、お気に入りの百合小説が更新されたという通知が届く。
綾音を堪能したら、後でじっくり読もうと思って通知を消そうとしてその指が止まる。
「…クリスマス」
私は、その通知のタイトルに目を奪われた。
考えてみれば、もう12月か。早いもので綾音と出会って3ヶ月近く経つ。
そして12月といえば、そのタイトルにもあるようにクリスマスというイベントが存在する。
私にとって、長年ただの休日でしかなかったその日。
今年はかなり重要な日になる、その事に今気づいた。
「…クリスマスって、どうすればいいのかしら。」
クリスマスまで3週間ほどしかない。ゆっくりしている暇はないと、私はクリスマスに関係する恋愛小説に入り浸る。
◆
まずわかった事は、一つ。
クリスマスにはやっぱり恋の魔法がかかるようで、どの小説も高確率で交際まで発展している。
勿論、クリスマスを題材としているからクリスマスに交際をするのは当然といえば当然なのだが。
だからこそ、気づいた点がもう一つ。
クリスマスにお誘いするハードルの高さだ。
最早誰しもがクリスマスに約束をしたら、そういった雰囲気になると思うはず。それは綾音も例外じゃないはずだ。
だから、世の中の恋する人々は好意を抱く相手を誘うところが最大の鬼門なんだろう。
けれど、私にとっては最大のチャンスでしかない。
「綾音をクリスマスに誘う事で、意識してもらえるかもしれない。」
いくら私がノンケだからって、綾音からしたら性的対象である女の子からの誘いだ。少しくらい意識してくれるはず。
クリスマスで付き合うところまではいけずとも、綾音にとって恋愛的意識外にいる私にはどちらにせよかなり重要なイベントだ。
つまり、迷う必要はない。私にはお誘いしないという選択肢は最初からないから。
そうと決まれば、さっそく明日のゼミ後綾音を誘おう。予定を抑えるなら早いに越した事はないだろうし。
私はクリスマスというイベント日を生まれて初めて心待ちにした。
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