第14話
「え!?麗華!?」
いつものベンチ。
先に座って待っていた私の姿を見た瞬間に、驚いた声を上げた綾音はその場で立ち尽くす。
正直まぁ、その反応は予測していた。
だって、今日の私は…
「つ、つつつ…ツインテール!?」
…そういうことである。
「…ヘン、かしら。」
私は立ち上がって、自分の顔横を流れる髪を触る。
正直自分でもヘンだと思う。
朝、姿見で自分の姿を確認した時から落ち着かなかった。
けれど、やれることはやると決めた私は羞恥心を全て押し殺して、この格好で大学までやってきた。
「い、いや!ヘンというか、珍しすぎて驚いちゃったよ」
私の問いかけに、ようやく時が動き出した絢音が歩み寄ってきて、ベンチに腰掛ける。
「昨日言ってたでしょう?アイドルの深雪ちゃん。…真似してみたの。」
私は自然な雰囲気でそのまま腰掛けた綾音の膝上にまたがる。
すると綾音の手も自然に私の腰を抱いてくれる。最早定位置と化したここは私の最高の場所だ。
「え!?調べてくれたの!?」
「ええ…一個だけだけど、ライブを見てみた。」
「うわ!まじか!私が好きな物を見てくれるなんて、なんか嬉しいなぁ〜」
「うん…綾音が好きだって言うから真似してみたの」
私が深雪ちゃんのライブを見たと言う事を、ニコニコと嬉しそうに聞いてくれる綾音。
他の女の事で嬉しそうに笑うのは気に食わないけど、共通の話題を持って話せるのは確かに良いことかもしれない。普段の私達はどうして親友になれたのか分からないほど趣味が被らないし。
でもやっぱり、深雪ちゃんじゃなくて今は私を見て欲しいと言う願望が溢れ出る。
「で…どうかしら」
私はそのまま綾音の頰に手を置いて、顔を近づける。
「お、おぅ?」
「…ヘンじゃないなら、どんな感想を抱いたの?」
「え、いや…えっと…」
私の問いに、目線をキョロキョロさせながら焦る綾音。
「…本音で言っても良い?」
しかし、根気強く綾音を見つめていると、一度深呼吸をしてから、真剣な顔で私の方を見て言う。
「ええ。本音でお願い。」
その表情にドキッとし、これから何を言われるのかと怖がる心臓が騒ぎだす。
そんな私に、綾音は口を開いた。
「めっちゃ可愛いよ。」
「…っ」
綾音の言葉にゴクリと音を立てて息を呑む。
もう、心臓が暴れて仕方なかった。
ただその言葉が欲しかった。ずっと。
可愛いって言って欲しかった。その為に今日は頑張ったのだ。
溢れ出る感情は、言葉にはなってくれない。縫い付けられたように私の唇は開かない。
そんな私に、綾音は微笑んでから片手を私の頰に滑らせた。
「麗華って顔小さいし、顎もすごい小さいから輪郭がすごい綺麗なんだよね。だからこうして首筋から顎まで見えるこの髪型、すっごい似合う。」
「けど」
「一番はギャップ萌えだね」
「普段の清楚な感じがあるからこそ、こういうツインテールとかポニーテールなんかがより一層映えるんだよね。」
「逆に普段からツインテールだったりしてる子が髪下ろすとめっちゃ可愛く見えるじゃん?それよそれ。」
今の私には情報量が多すぎて、うまく噛み砕けない。
けど、言われた言葉は全部頭に残っているから帰ってから整理すればいい。
今はただ、綾音が私の事を可愛いと思ってくれた事実が私を喜ばせる。
「…そ、そう。」
ようやく声になった私の言葉は、震えていたと思う。
「ん。…ふふ、なんか照れるなこれ?」
困ったように笑う綾音に、またときめいて。
それでも私はやはり、綾音に対しては欲深い人間なのだ。
「…あの。」
「ん?」
「深雪ちゃんと私…どっちの方が可愛い?」
私の欲深き問いに、綾音の時間がまた止まる。
でも、仕方ないじゃないか。
綾音にとって私と深雪ちゃんは同じ可愛いを持っている。同じ土俵に立ったのなら、私は一番でありたい。あり続けたい。
「その、ハッキリ言ってもらって構わないから。…どっち?」
「…先に言っとくよ。私は麗華に恋愛感情はないからね。」
ようやく動き出した綾音の言葉に、私の唇はわかりやすく尖る。
この前置きは、レズビアンであるが故の配慮なのはわかっている。けれど、やっぱり言われたくない言葉だ。
「麗華の方が何倍も可愛いよ」
「……え?」
しかし、綾音の言葉に今度は私の時間が停止した。
私の方が…可愛い?しかも何倍も?
ライブ映像での深雪ちゃんを思い出す。あの女の子は芸能界でも別格の可愛さだった。
可愛いの土俵で一番が欲しいなんて願ったけれど、心の奥底では負け戦なのは分かっていた。
だって私は、どう見ても可愛い系の顔じゃない。ツインテールだって正直かなりイタイ。
それなのに、綾音は私を選んだ。
「そもそもね。恋愛感情はないけど、私が出会ってきた女の子の中で麗華が一番可愛いんだわ。」
「…嘘は…やめてよ」
「私、もう麗華に嘘はつかないって約束したよね?だから勘違いしないように前置きまでして本音を話したんだよ。」
更に続いた綾音の褒め言葉の攻めに、震える声では対抗することはできず。
私は負けを認めてノックアウトするように、綾音の首筋に顔を隠す。
「…私、一番可愛い?」
「世界で一番可愛い。」
グリグリと顔を押し付けて聞いた言葉に、綾音は期待以上の言葉で返してくれる。
心臓がうるさいくらいに跳ねているが、もうどうでもよかった。
まさか自分が綾音にそんな風に思われていたなんて。出会ってきた女の中で私が一番だなんて。
恋愛感情はまだ抱いて貰えてはないけど、それは長距離走を走ると決めた時に覚悟した事。これから私が綾音しか見ていないという事を、行動で示していけばいい。
だから今、大きなアドバンテージを得た事を素直に喜ぶ。
「あのね…」
「んー?」
「綾音に可愛いって言われるの、凄く嬉しい。」
「っ…」
綾音の首元でありのままの思いを告げると、綾音の喉が大きく動くのを肌で感じた。
それから私たちの間に暫くの静寂が訪れる。
「綾音…?」
私は何も喋らない綾音を不思議に思って顔を上げ、綾音の顔を覗こうとする。
「んん…なんでもないよー。」
しかし、その私の後頭部を綾音は抑えて私の顔を元の位置に押しやる。そのせいで綾音の顔は見えない。
そんな綾音の行動に疑問を抱きながらも、後頭部を撫でてくれる綾音の手が心地よくてそのまま脱力して収まった。
「うん…」
それからまた2人の間に静寂が訪れる。
すると私の脳は視界いっぱいに映る綾音の白い首筋で埋め尽くされる。
これが私の事を世界で一番可愛いと言ってくれる人の、私の大好きな人の、白い首筋。
綾音の言葉で興奮状態に入ってしまっていた私は、反射でそこに唇を押し付けた。
ピトッと粘液が皮膚にくっつく音をたてながら、何度も何度も押し付ける。
しかし、それだけではもう綾音は何も反応しない。
ならばと、唇を薄く開いて押しつけてみる。粘液の音に、水音が加わる。
私の後頭部を撫でていた綾音の手が止まった。
そのまま私は舌を伸ばして、その舌で何度もつつく。
腰を抱いていた綾音の手に力が籠る。
ここまで許してくれる綾音に、少し苛立ちを感じながらも私はその快感に我慢が効かなくなる。
私は大胆に口を開いて噛み付くようにして、首筋の肌を口に含む。
「ちょっ…!」
さすがにこれには綾音も抵抗しだすが、私は綾音にしがみついて夢中でその首に唇を押し付ける。
綾音の味。
当然味なんてしない筈だけど、相手が綾音だからかただひたすらに美味しくて。
ちゅうちゅうと吸い付いて、じゅるじゅると唾液で濡らして、私は綾音から離れられない。
「れ…ぃか!…怒るよ!」
少し強めに腰を叩かれて、最後に強く吸い付いてから私の唇がようやく離れる。
「…どうして怒るの?」
綾音の首から離れた私は不満を全面に押し出して、問う。
「いや、どうしてって…」
「私はしたい。綾音は嫌?」
「いや…嫌とかじゃなくてさ…」
私の質問に、困ったように目線を逸らす綾音。
ノンケにこんなことをされるのはやっぱり気持ち悪いとか思ってるんだろうか。
「あのね麗華、普通の友達はこんなことしないんだよ?」
「私は普通の友達じゃ満足できない。」
「そーゆーことじゃなくて…」
「私は綾音の1番になりたい。」
綾音が私の質問には答えず、論点をずらして来た事に多少の不満を抱きながらも、私は自分の気持ちを素直に伝える。
恋人になりたいという直接的な願望は、私が綾音にノンケだと思われている以上は伝えられないけれど。
そんな私の気持ちを聞いた綾音は、黙ってしまって私たちの間に沈黙が流れる。
少し上にある私の顔を見上げて黙る綾音は、何を考えているのだろう。綾音に怒られて少し冷静になった今、その綺麗な瞳が今は少しだけ怖い。
そんな無言で見上げてくる綾音に、耐えきれなくなった私の方が目を逸らす。
「…んふふ〜!私の勝ち!」
その瞬間、綾音は私の頬を両手で包んでむにむにと遊びながらそう言った。
目線を綾音に戻すと、その顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「私から目を逸らしたでしょ?だから私の勝ち。」
困惑する私に、補足するように言う綾音。
しかし、その補足もよくわからない。何の勝負だ。
「…どういうこと?」
私が聞くと、私の頬で遊んでいた綾音の両手は顔から離れ、今度は私を抱きしめた。
「…大丈夫だよ。麗華が目を逸らしても、私の中で麗華はずっと一番だから。」
綾音の行動や言動が全く理解できない。なんだかうまく丸め込まれている気がする。
それでも一番という言葉はやっぱり嬉しいもので、私は下唇を噛んでその歓喜の衝撃を殺す。殺さなければ、無防備に私を抱く綾音に何をするか分からない。
そうしていると、タイミングが良いのか悪いのか。お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「ん。昼休み終わりだ。降りて、麗華。」
そのチャイムと同時に、腰を軽く叩かれる。
なんだか事務的作業のようなその行動に、私の心はざわつく。
自分が面倒な性格なのは少し理解した。綾音の言動や行動に凄く敏感で、すぐに影響を受けてしまう。
「綾音…」
そして、私はその心の動きを隠すことが出来ない。
「もーそんな顔しないで。」
しかし、綾音はそんな私に優しく微笑んでくれるのだ。
そうやって何でも受け入れてくれるから、私の恋心が日に日に大きくなってしまうのだ。
何度か頭を撫でられて、もう一度腰を叩かれると、さすがに私も綾音の膝からお尻を離す。
でも、お互いが立ち上がるとすぐに寂しさが私を襲ってきて、綾音に抱きつく。
「あは。ほんと麗華ちゃんは甘えん坊だなぁ」
そんな私を綾音は嫌味の一つも言わず、受け止めてくれる。
私は自分の過去を振り返って、こんなにワガママになったことなんてない。なんなら自分は聞き分けのいい方だと思っていた。
綾音の前では、自分の全てが壊される。
「…今夜は?」
真横にある綾音の頬に自分の頬を甘えるように擦り付けながら聞く。
綾音が帰ってきたら遊びたいし、深夜は通話がしたい。
「ごめ。今夜も少しね。」
前までそんな日常を過ごしていたけれど、最近はこんなふうに断られる。
ぎゅっと、綾音の服を握りしめる。
「…何してるのかとか、聞いちゃダメ?」
「前にも言ったけど、友達に会ってるんだ」
「…そんなに頻度高く会う仲なの?」
「んー、まぁね。」
前に聞いた時も、詳しくは教えて貰えなかった。
いつもは優しく受け答えをしてくれる綾音が、この質問にはそっけなく答える。それにこれ以上聞くなという意志を感じる。
出来る事ならば知りたい。何を話しているのか、何をしているのか、全部知りたい。
けど、それを口にしてしまったら恋人は愚か友達ですらいられなくなる可能性がある。我慢するしかない。
代わりに、綾音の首筋に唇を押し付ける。
「またやってる…はぁ。人の肌なんて食べても美味しくないでしょうに。」
そう言いながらも、今回のこの行動にはそこまで咎めてこない。私の相手が出来ない事への罪悪感でもあるのだろうか。
なんだかただ同情されているみたいで、嫌だった。
私は口を開け、綾音の肌を歯と歯で軽く挟む。
「んっ…ごめんね。ちゃんと麗華が一番だから。そこは変わらないからね。」
そんな私に綾音が取った行動は、私の後頭部を優しく撫でる事だった。そして私の耳元で、私の望む言葉を優しく囁いてくれる。
背中がゾクゾクとする。ただの言葉なのに、信じられないほどの幸福感で満たしてくれる。
しかし、さっきは綾音にしては強めの拒絶をしていたのに。やはり、ただ単に同情されているのだろうか。
綾音の気持ちが知りたかった。
「…怒らないの?」
首筋から口を離して、その離して開いた口のまま問う。
「私の中で麗華はとっくに一番なんだけどさぁ、麗華はその言葉だけじゃ不安になっちゃうんよね?そしてそれを確かめたくてしてる行動ならさ、もう私は怒れないよ。」
確かにこうしてどこまで許してくれるのかのラインを測っているのはあるかもしれない。でも本心の大部分を占めているのは、綾音の事を性的に見ているという事。
本当ならば、綾音の全てに口付けをしたいくらい。
勿論、そんな事言えるわけもないので、綾音に抱きついて顔を隠す。
「ほら。満足したら離しなさい麗華ちゃん。そろそろ授業本気で遅れちゃう。」
ほんの少しだけど、そうやって抱きついていると今度こそ綾音は私を引き剥がしにかかる。
「…ん。分かった。」
さすがに私も、本気で授業を引き合いに出されれば、引かざるおえない。
私は綾音から体を離して、向き合う。
「怒るとか言っちゃってごめんね。大丈夫、麗華が何をしたって私から嫌いになる事はないから。」
そして、いつもの如く綾音は自分を悪者にする。
どう考えたって、性欲と愛欲に身を任せて一方的な行動している私が悪い筈なのに。
最後に私の頭まで撫でてくれて。
思わずまた綾音の胸に飛び込んでいきそうになるのを、ぐっと堪える。
それじゃあね、と綾音が私の横を過ぎるのを見送る。
こうなると、明日のこの時間まで綾音と会えない現実を実感して酷く落ち込む。
「あ、それと麗華。」
私が未練がましく綾音の後ろ姿を見つめていると、その綾音がふいに振り返った。
「ツインテール本当に可愛いかったよ。たまには髪で遊んでみてもいいかもね。んじゃ!バーイ!」
そして満面の笑みを浮かべ、そんな言葉を残して走り出す。
私の心臓がきゅぅっとキツく締め付けられる。それだけで、沈んでいた私の心を簡単に浮かばせた。
綾音のいない寂しい今夜、綾音の為に髪型の研究に費やす事が今決定した。
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