第13話

「あっれー…」


「どうしたの綾音。」


「うん。私ってさぁ、麗華の背もたれだったじゃん?」


「ええ。」


「うん。肯定されるのもアレだし、自分で言うのもアレなんだけど。…やっぱり背もたれだったわけよ。」


「そうね。」


「…じゃあさ…今の私は…なんて言うの?」


「私の…椅子?」


「そうだよね!?最早椅子そのものだよね!?だって思いっきり私の膝の上に跨ってるし!?」


「ええ。」


 そんな会話をする月曜の昼休み。


 私は綾音の膝上に女の子座りで跨って、綾音の顔を見下ろしている。背もたれじゃ満足できなかった結果だ。


 それにしても、綾音といつものベンチ、やっぱり最高だ。


 私は昨日、咲先生にありがたいアドバイスをいただいた。


 それで、恥ずかしさなんかより、その他大勢に成り下がる方が嫌だと思った。


 結果、綾音に対してドキドキするのは変わらないけれど、私はこうして行動できている。


「というか麗華さん!昨日私から距離置いてたじゃないですか!?別人!?影武者!?」


「昨日は色々あったのよ。けど、もう私は迷わない。」


「なんにもわからん!?迷わなかった結果がこれなんですか!?」


「ええ。」


 迷ってる暇があったら、接触。それが私の出した結論だ。


 とにかく私は『ノンケ』というレッテルを死ぬ気で剥がさなければならない。そうしないと告白する事にすら辿り着けないのだ。


「というかさっきから私の事見過ぎじゃね!?」


「そう?私はもっと見ていたいけど」


 だから指摘されたって、嫌がられない限りは続ける。


 上から綾音の頰を両手で包んで、更に顔を近づける。


 あぁ、なんて綺麗な顔なんだろう。今すぐキスがしたい。


 半分以上は自分の欲だったりするが、これは綾音に意識してもらう為に必要な事だ。


「ち、近いってば!」


 鼻と鼻がくっついて、残念ながら唇までは届かない。


 そう思って、少し顔を傾けて近づけていくと、さすがに綾音からストップがかかる。


「…嫌?」


「…その聞き方はずるいって」


「ふふ。うん。」


 ずるいのは分かってる。綾音は悲しい顔で問えば受け入れてくれるから。


 私は一度離れた綾音の顔に、再度自分の顔を近づける。


「っ…」


 今度はおでこ同士がくっついて、綾音が息を呑む音が聞こえた。


 私のまつ毛と、綾音のまつ毛が触れ合いそうな距離。


 綾音の瞼が高速でパチパチと動き、綺麗な眼球はキョロキョロとせわしない。


 視線が合わないのは寂しいが、こんなにキョドッてる綾音も珍しい。凄く可愛い。


「んふふ。」


「おうおう。随分機嫌いいですねーお姫様」


 顔を離して、その顔を綾音の首筋に埋める。そして首を軽く振って擦り寄ると、私の後頭部に手が回ってきて優しく撫でてくれるら、


「またこのベンチで綾音に触れられるのが、幸せで仕方ないの。」


 私がそう言うと、綾音は無言で背中をさすってくれる。綾音から溢れる優しい雰囲気をただその身で感じていた。


 そこで私は少し勇気を出して、踏み込んだ事を聞いてみる。


「…ねぇ綾音。」


「んー?」


「あの…綾音って…どんな女の子がタイプなの?」


 再び綾音の額に、自分の額をぶつけて問う。


「ぉふ…麗華さんや。私の性的指向は聞かなかった事にするって言いませんでしたっけ」


 すると、困ったように目を瞑って綾音は言う。


「いえ、私はそれ含めて綾音を受け入れるって誓ったわ。」


 でもあの時、私は綾音の提案に首肯していない。まだ恋に気づいてはいなかったけど、レズビアンの綾音を否定したくはなかった。


 だから私としては、全部受け止めたい。


 そして恋を自覚した今となっては、綾音が同性愛者である事に感謝すらしている。


 私の言葉を聞いた綾音が、一度軽いため息をしてから私を真剣な表情で見る。


 場違いと分かってはいるが、その表情の凛々しさは私の胸をときめかせた。


「それだと麗華さんはレズビアンの上に乗っちゃってる事になるけどいいの?」


「構わないわ…というかむしろ…」


「ん?」


「い、いえ…いいから、聞かせて。」


 その胸のときめきに任せて、思わず口走りそうになったがなんとか堪える。


 私は少しだけ顔を離して、綾音の頰に手を添える。


「ぇぇ…そうだなぁ…」


 すると、抵抗を諦めた綾音は考え事をするように上を向く。


 その姿に、これから綾音の好きな女の子のタイプが聞けるのだと、なんだか緊張する。


 長い黒髪の子とか、細身の子とか、『れ』から始まって『か』で終わる名前の女の子とか。


 何でもいいから、少しでも私に関することが出てきて欲しい。


「可愛い系の子?」


「…可愛い?」


 しかし、綾音から出てきた言葉を聞いて眉間に皺が寄ってしまう。


 可愛いの定義は正直よく分からない。けど、自分が可愛いの部類に入らないということだけはなんとなく分かる。


 『れ』から始まって『か』で終わる三文字の名前の女の子くらい言って欲しかった。


「うん。んー、例えるならそうだなぁ…あ!今人気のアイドル聖奈せな深雪みゆきちゃんとかはすごくタイプだなぁ。」


「せな…みゆき…」


 しかも、あろうことか別の女の名前が出てきた。


 許せない。


 私はまた綾音の首筋の方に自分の顔を埋めて、自分の頬を綾音に擦り付ける。


「うお、どうした」


「他の子の名前出さないで」


「理不尽!?聞いてきたのそっちなのにー」


 確かに理不尽かもしれない。けど、望んだ事と違う答えが返ってきたんだ。不機嫌にだってなる。


 頰を擦る時に、偶然を装って唇を何度か綾音の肌にくっつける。湿り具合で綾音も気づいてるかもしれない。でも綾音は何も言ってこない。


 ただ単に気づいてないだけなのか、気づいていて放置されているのか、分からない。


 こうなると私としては、危険な橋を渡りたくなる。その綺麗な肌にキスをしたいし、たくさん舐めたい。その可愛らしい耳を食べたい。


 そんな事を思っているともう一つ疑問が浮かんでそれを口にする。


「その好みのアイドルでも、ノンケだとやっぱりダメなの?」


「うん、無理だね。」


「…外見は好みなのに?」


「うん。無理だね。ノンケって分かったらどんなに好きな顔でも無理になる。」


 綾音の答えを聞いて、私の顔は歪む。


 ここまで頑なにがノンケが嫌いなのには、やっぱり何か事情があるのだろうか。


 そして、綾音の好みに掠りもしない容姿とノンケだと認識されている私の状況が綾音と恋人になれる可能性を根こそぎ削ってくる。


「おうおう、今度はどーしたの」


 私が綾音の服を握り、さらに自分の顔を綾音に擦り寄せる。


 今私にできる抵抗はこれだけだった。


 先生が長距離走だって例えた意味が何となく分かったかもしれない。これは長い戦いになりそうだ。


 勿論、私は長距離走だろうが受けて立つ。つまりは綾音が別の誰かとゴールするまでは、諦めるなんて気持ちはさらさら無い。


 綾音を抱きしめる腕にぎゅっと力を入れる。


「もー、なんだよー」


 そんな私の行動に綾音はケラケラ笑う。


 いつか私の行動に対して、余裕の笑みが出来ないようにしたい。私に溺れさせたい。


「…負けないから。」


 私は小さな声で、呟く。


「ん?なんか言った?」


「…いえ、別に。」


 私の宣戦布告は、綾音に対してでもあり、自分の心に対してでもある。


 長距離走は己との戦いなんて言われたりするし、この先何度も自分自身の心に負けそうになると思う。


 けど、負けたくなかった。


 全部に勝って、最後に綾音を掴み取るのは自分だと。



『やる気!元気!深雪!』


『どーもー!殺戮系アイドル聖奈深雪でーす!』


『ん?なーにー?パクリー?えー?なんのことー?深雪ちゃんわかんなぁーい。』


『もーうるさい!うるさーい!…深雪ちゃん怒ったもんね!ぷんぷんだぞぉ!』


『お前ら全員、ぶち殺してやるー⭐︎』


『それでは一曲目ー!聞いてください!』


『【全員死ねよ】』



 綾音の好みだという深雪ちゃん。確かに凄く可愛いかった。世界観は中々独特であったが、ハマる人はハマるだろう。私も嫌いじゃない。


 けど、この人はいわば恋敵である。私が綾音を自分のモノにできたあかつきには見方が変わるかもしれないが、今はその容姿が少し憎い。


「水色髪とピンク髪が混ざった髪にツインテール…私に似合うとは思えないわね…」


 到底私に真似できるような容姿じゃない。髪型や髪色もそうなのだが、顔の作りからまるで違う。


 手鏡に映るシャープな自分の顔を見て、ため息をつく。ブサイク…ではないと思う。顔の良し悪しなんて人それぞれの感性によって決まるモノだし、知らないけど。ただ絶望的に深雪ちゃんに似ていないだけ。


 深雪ちゃんはパッチリ二重の大きな目と、ぷっくらした赤ちゃんみたいな頰を待つ、所謂童顔だ。確かにこの顔は『可愛い系』の極地である。


 まぁ、どんなに容姿を似せても結局ノンケのレッテルを剥がさない限りは同じ事なんだけども。それでも意識してもらえるような容姿になりたい。


 というか、ノンケだし、可愛い系じゃないし…私、つくづく綾音のストライクゾーンから大きく外れている女だな。


 早くも自分の自虐心に打ち負けそうになる。これをこれからも続けていくのか。長距離走の選手は尊敬に値する。恋愛事に例えたら失礼かもしれないけど。


 そこでふと思う。


 私の方は、男の子は勿論、女の子も好きになった事がない。綾音だけだ。これって本当に奇跡か何かだと思う。


 ぁぁ、本当にあの発言さえなければ…


 私はすっからかんになった本棚を見る。


 百合漫画が続々届くからという理由は事実以上に建前で、私のトラウマとかした天龍君が憎くて仕方なくなったのが本音の中の本音だ。


 そして今後綾音に勘違いされないようにと、少年漫画は全部捨てた。売ることも考えたが、あの子達が自分のナニカになる事すら嫌だった。たとえそれがお金でも。後悔はしていない。


 分かってる。私がやっているのは、努力ではなく清算だ。そして八つ当たり。


 本当は綾音に好かれる努力をしなければならない。そう思ってさっき見たのが深雪ちゃんのライブ映像なのだが、出鼻を挫かれた。


「とりあえず、ダメ元で髪染めてみようかな…」


 自分の長い黒髪を一束つまんでみる。


 んー、やっぱり似合う気がしない。


 ならばと、立ち上がって姿見の前に立つ。


 自分の頬に喝を入れ、大きく息を吐く。


 そして私は意を決して


「綾音のハート、撃ち抜くぞぉ〜バアッン」


「ラブア⚪︎ーシュート!」


 昨日読んだ二次創作の百合小説、そこに出てくるアイドルキャラのモノマネを全力でやった。


 原作アニメでそのキャラクターは、最初このフレーズを言う自分にかなりの羞恥心を抱いていたが、その気持ちがよく分かった。


「…無理よ…これはさすがに無理…」


 私は顔を両手で覆って、しゃがみこむ。


 でも、可愛い系が好きだと言う綾音の気持ちに応えたい。それが可愛く無い私ができる努力のはずだ。


 気合いを入れ直し、私はまた姿見の前に立つ。


 容姿は整形でもしないと変えることはできないけど、だったら表現で深雪ちゃんの可愛さに負けるわけにはいかない。


 私は何度もポージングと掛け声を繰り返す。


 そうしているうちに、自然と羞恥心は薄れてきた。それになんだか楽しくなってきた。


 そしてハイになったテンションの私は自分の姿を録画して咲先生に送りつけていた。


 その日はなんだかそれで満足して、就寝した。



「こんばんわ。」


「採点お願いします。」


✴︎動画


『はーい!綾音専用アイドルの高嶺麗華ちゃんで〜す!』


『綾音のハートに〜?バァァンッ!!』


『ラブ⚪︎ローシュートォ〜!』


『え〜?パクリ?麗華ちゃん知らないもん!ぷんぷん!』


『も〜そんな意地悪な事言う綾音には、こうしてやる!』


『くらえ!麗華ちゃんビ〜ム!』


✴︎動画


『ついに頭イカれたか。』



 翌朝、届いていた先生のメッセージと、寝た事で冷静になった思考。


 自分の送った動画を再生して、私はただひたすらに頭を抱えて死にたくなった。


 



 

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