第12話

「昨日はごめんね〜。夜ちょっと予定あってスマホ見てなかったよ」


「い…いぇ…わ、私の方こそ課題に集中しすぎてスマホ見てなかったから。」


「ふひ、じゃあお互い様ってことで今日は楽しもう?」


「う、うん。そうね。」


 日曜日、昨日は彼女から結局連絡が返ってくることはなく、今朝私のスマホにメッセージが届いた。


 そこで話をしているうちに、今からどこか出かけようなんて話になって、こうして外で会っている。


 家を出るまで彼女の予定とやらが凄く気になって仕方がなかったのだが、いざ彼女を前にしてみると前のように嫉妬心を言葉にする事ができなかった。


 だって嫉妬心を押し出して、嫌われたりしたら立ち直れない。


 それに、綾音を前にすると無性に恥ずかしい。


 え、どうやって手繋いでたんだっけ?どうやって腕組んでたんだっけ?どうやって体擦り付けてたんだっけ?どうやって…


 寒空の下であるはずなのに、顔が熱くてたまらない。


 隣を歩く綾音はいつもと変わらないはずなのに、あまりにも魅力的すぎる。


 恋ってこんなに人を変えてしまうのか。恐ろしい。


「どったの麗華さん」


 そんなふうにぐるぐると考え事をしていると、綾音の声で現実に戻される。


「ん、ん?」


「顔真っ赤だし、なんか距離遠くない?」


「あ、え…えと…ぅ」


 言われて自分たちの距離を見る。軽く1mは距離がある。確かに私達からしたらかなり不自然な距離だ。


 いや、私がいつも一方的にくっついてただけなんだけど…


 だからこそ、綾音は私の様子がおかしいと言っているのだろう。実際おかしいし。


「言いたいことあったら言ってみ?」


 少し前屈みになって、上目遣いをして聞いてくる綾音。その仕草があまりにも可愛くて、思わず目を逸らす。


「き、嫌いに…なりませんか…?」


「なんで敬語?…というか、嫌いになるわけないでしょー?昨日仲直りしたばっかだし。」


 挙動不審な私に苦笑いをしながら、そんな嬉しい事を言ってくれる。


 大きく深呼吸してから、聞きたかった事を聞いてみる。


「…き、昨日…何してたのかなって…」


「あ、…あー。昨日の夜?」


「う…うん…」


 私の疑問を聞いた綾音は、何故か少し慌てる様子を見せる。


 それが気になって綾音の方を向くと、逆に綾音の方が目線を逸らした。


「ちょ、ちょっと友達の家にね…」


 綾音は、うん、嘘は言ってないからセーフ…なんて凄く小さい声で呟く。


 どう言う意味かわからないけど。でも、明らかにおかしい。…もしかしたら私の質問がうざかったのかもしれない。


 友達と何してたのかな凄く気になるけど、それ以上に嫌われたくない気持ちが強い。


 そう思ったら、私の口は黙ってられなかった。


「あ、あっ!ごめんなさい!そんな、別に気になっただけで責めてるとかそういうんじゃなくて…というか責めるとか責めないとか言うような立場でもないし…それで…」


「ちょいちょいそこの早口ヲタク君。ストップストップ。…麗華?ほんとになんかおかしいよ?」


 挙動不審の番がまた交代して、今度は正常に戻った綾音が挙動不審の私の方に寄ってくる。


「…っ」


 そして私はその綾音との距離に、息を呑む。


 鼻と鼻がくっつきそうな距離。更に私の片手は綾音の両手に包まれる。


 心臓がうるさくて、ダメだった。


 私は首を横に曲げ、自分の口元を空いてる方の手で隠す。


「麗華?」


「ち、近ぃ…」


「んえ?…あ、ごめん」


 そう言って私から距離を取る綾音。


 前までなんとも…いや、何ともないって事もないけど、躊躇はなく抱きついていたのに。恋を自覚したらこんなにも臆病になってしまうのか。


 私はこれからが不安になった。



「ぁぁ…ほんと最悪…」


 ベットに仰向けになって、白い天井を見上げる。昨日もこうした気がするし、これからも毎日のようにこうして天井を見上げながら反省会をするんだろうな。


 今日の私はとにかく酷かった。


 せっかく約2週間ぶりの綾音とのお出かけだったのに、ろくに会話はできないし、綾音の可愛いお顔だって全然見てられない。


 様子のおかしい私に、綾音は終始首を傾げてたし。このままでは恋愛以前に、友達としてつまらない奴だと先に捨てられる可能性が高い。


 いや、私はそもそも面白い人間じゃないし、綾音が優しいから関係が成り立っていただけの話なんですけども。


 そう思うと本当に自分の良いところが浮かんでこない。主導権は全部綾音に握られているような物だ。綾音が愛想をつかせたらそこで終わり。


 思考が完全に負のサイクルだ。こうなると中々抜け出せない。


 こういう時こそ、綾音の声が聞きたい。


 けど、今日も夜は予定があるとかで通話ができない事を帰り際綾音に告げられた。


 胸が締め付けられる。これだけは前からずっと変わらない。綾音が私以外の誰かと仲良くするのが、許せない。


 そこまで考えて、ふと嫌な予感がした。


 …もしかして、綾音の中での私の優先順位が落ちたのではないだろうか?


 仲直りしたのは表面上だけで、綾音の内心はもう私の事好きじゃないのかもしれない。


 そもそもだ、仲直りってなんだ?だってあれは私が一方的に悪いじゃないか。


 内心では、自分の性的指向を否定した女としてめちゃめちゃに嫌われている可能性だってある。と言うか普通は絶交されたっておかしくないことをした。


 私達の関係は綾音のおかげでまだ保たれている。


 だって、前だったらほぼ毎日のように夜通話していたし。二日連続で夜に予定があるなんて初めてだ。


 綾音が私に割いてくれる時間が、これからどんどん削られていくのではないだろうか。


 この負のスパイラルから抜け出せそうにない。考えれば考えるほど、悪いことばかり想像して涙が溢れてくる。


 百合漫画のヒロインはすごいなって思う。辛い気持ちを味わいながらも、好きな女の子を一途に思い続ける。しかも最後には勇気を出して告白までするんだ。


 シリアスな物だと、好きになった女の子に彼氏や彼女がいたりする物語もある。


 あんなの耐えられない。


 自分があの立場なら、生きていける自信がない。かといって、死ぬ勇気はないから、生きた屍としてこの世に残り続けることになるんだろう。


 きっとこの好きと言う気持ちは捨てることができないと思う。


 こんなにも気分は沈んでいるのに、このそれでも諦めたくないという執着心には自身でも感心する。


『追い続けろ』


 昨日、咲先生に相談した時に貰った言葉だ。


 よく分からないけど、自分でも怖いくらいの執着心があれば、言われなくても綾音の事を追いかける気がする。


 でも迷惑だと直接言われたら、さすがの私も足を止めるかもしれない。それでも追えと言う意味なのだろうか。


 咲先生の答えはいつも妙に分かり辛い。


 なんというか、バスケのシュートの基本みたいに本当に手を添えるだけみたいな。


 うん。私も咲先生の物に例える奴移ったかな。綾音にも嫌な顔されたもんね。気をつけよう。



「…ということなんですよ」


『よく口が回るな。つーか連日かけてくんじゃねぇよ。』


 気付けば私は咲先生に通話をかけて、今日あった事を全部話していた。


「いえ、誰かを捌け口にしないとやってられません。」


『好きな奴の母親を捌け口にすんなアホ。』


 先生はそんな事を言うけど、私からしたら咲先生は咲先生であって、どうしても綾音のお母さんとは思えない。


 いや、逆に考えるか。咲先生くらい話しやすい人が綾音のお母さんなら結婚挨拶とかやりやすくて良いかもしれない。


『つーかお前が臆病になるとは思わなかったわ。恋だと自覚してもお前の暴走は止まらないと思ってたからな。』


「暴走って…私はただ綾音の事が好きで…」


『アホみたいに突っ走ってたろ。とにかく身体のどこかしら触れてないと死んじゃうみたいに。』


 そう言われると、そうだけども。


 恋を自覚したら普通誰でもこうなるんじゃないだろうか。


『ハッキリ言うがそれがなくなったお前に価値はない。』


「…価値がない」


『今まで綾音に好意を寄せてきたその他大勢のノンケ女達と同じって事。』


「…」


 でも、先生に指摘されて気づく。


 『誰でも』の誰になっちゃいけないってこと。


 そこで踏み出さなければ、綾音の特別になんてなれない。その他大勢の中に埋もれるだけだ。ただでさえ私はかなりのハンデを背負っているのだ。


『言ったろ、お前は馬鹿なんだから変に考えたらダメだって。』


『お前は今恋愛という未知の場所に足を踏み入れてる。だから思考すれば悪い事しか浮かばない。悪い事しか考えないから臆病になる。』


『でも、頭に浮かんだ悪い事が起きたとしても受け入れて、それでも走り続けるんだよ。それができないなら綾音の事は諦めろ。』


 きっぱり言われた言葉に、私は下唇を噛み締める。


 それから、一度息を吐いてから口を開く。


「…私に、出来ますか。」


『お前にしか出来ない。』


 たっぷり溜めて聞いた私の質問に、即答で帰ってきて思わず口元が緩んでしまう。


「ふふ。先生が先生してる。」


『まるで普段はしてねぇみたいな言い方じゃねぇか。』


 何度も言うが、してない。先生としては過去最低級である。


「…というか、お義母さんはなんで私を応援してくれるんですか?」


 と、いうツッコミはおいといて。


 気になる質問をしてみる。咲先生が私の相談に乗ってくれるのはどうしてなのだろうか。


 私は咲先生からすれば自分の大事な娘を狙う相手だ。


『うわ、お前にその呼び方されるのむず痒。』


「いや、いずれは呼ばないといけないですし。」


『急に頭ハッピーセットになるじゃん。』


 まぁ案の定だけど、質問に答える前に、私の呼び方に対する反応はちゃんとしてくれる。


 私の最終目標は結婚して一生を共にすることだし。その過程でそこは通るわけで。ハッピーな事を考えてる以上仕方がない。


『…別に応援してるつもりはない。あいつには幸せになったもらいたいだけだ。その為にお前を利用してるだけ。』


「なら、ちゃんと最後まで利用してくださいよ」


『いいねぇ。お前のそういう貪欲な所嫌いじゃない』


 スマホ越しでも咲先生が笑っているのがわかった。私もフッと軽く笑う。


 私だって使えるものは使う。咲先生の事を利用しているといわれればそうだ。


 綾音との未来は、貪欲に泥臭くならなきゃ掴めない。そうでしょう。




 

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