第9話…裏
※麗華と綾音が仲直りした日、東雲咲視点
「はぁ…」
深いため息と共に、手に持っていた紙を机に投げ、自分の身はソファーに投げる。
「溜息ばっかしてると幸せが逃げちゃうよ咲ちゃん。」
すると、背もたれの方から白い腕が伸びてきて、私の肩に重みが加わる。
首筋に触れる彼女の髪と、甘い吐息が少しくすぐったいけど、もう慣れた物だ。
その白い腕が持っていたマグカップを奪って飲む。ブラックコーヒーだ。
「いいですよ別に。私のは、自分から逃しても戻ってくるらしいんで。」
私は挑発するように真横にある綺麗な顔、私の幸せを見て言う。
「え〜?3度目はどうかなぁ〜」
「2度ある事は3度ある」
「3度目の正直」
「試してみます?」
「…意地悪」
「嘘ですよ」
ちゅっ、と、私の幸せさんの頬に唇を軽く押し付けて機嫌を取る。
むふっ、と気持ちよさそうな吐息が聞こえるから大丈夫だろう。そもそもそんなに機嫌が悪かったわけじゃないし。
「それで、どうしたの?」
私がもう一口ブラックコーヒーを飲んだのを見てから、彼女…明乃さんは聞いてきた。
今更だが、
「綾音の奴が友達に自分がレズビアンだって告白したらしいんです。」
「あらま。…でも咲ちゃんのその反応だともしかして…」
「いや、明乃さんの想像は大体合ってるんですけどね、ちょっと複雑で。」
私に溜息をつかせる原因の女2人を思い浮かべて、また溜息が出る。
「過程では一度拒絶されちゃったみたいなんですけど、どうやらその相手が恋愛経験皆無らしくって。」
「それで、密室で2人きりの時に告白してきた綾音の事が怖くなったらしいんですよ。ほら、襲われるとか思ったみたいで。」
「まぁ、ここまではよくある話と言いますか。仕方ないなって思うんですけど。」
「その相手、どうやら綾音の事好きっぽいんですよねぇ。」
そこまで言い終えると、隣にいる明乃さんはちんぷんかんぷんといった表情で私を見ていた。
「えぇ?よく分からないよ。どういうことなの?」
「いや、最初は普通に友達同士で仲良くしてるだけかなって思ったんですけど…その子綾音を思って体と精神ぶっ壊して、私がその子を拒絶しても怖いくらいの勢いで土下座して綾音に会わせろって。」
正直、異常だった。
普通に、うちの娘の性的指向を否定したなら大人しく離れろやボケって心の中で思ってた。というか最後の方は普通に言ってた。
でも、あいつはそれでも綾音を諦めなかった。少し怖いくらいの気迫を感じた。
「それで聞いてみたんです。綾音の事についていろいろ。」
「そしたらまぁ友達とか親友とかに向ける感情の重さじゃなくって。というか恋人相手にもしないだろってくらいの束縛女でして。」
「しかも無自覚なんですよ…無自覚で綾音の全部の時間が欲しいとか言ってるんです。ヤバいですよあいつ。」
綾音と過ごす時間の多さもそうだが、それでもまだ足りないという強欲な精神と、恋人相手にも譲りはしないという独占的な精神。
やっぱりとんでもない奴だった。
「ふむむ。それで咲ちゃんは何を悩んでるの?」
私の悩みである高嶺の話を聞いた明乃さんは、意外にも冷静だった。
「いや、綾音にあいつは恋人として相応しいのかなって…」
私の方は、あいつが綾音にいつか危害を加えるんじゃないかと心配で仕方ないのに。
「ふふ。もう、本当一昔前の頑固親父ね咲ちゃん。」
そんな私を明乃さんは笑う。そして私の頰をツンツンとつついて遊び出す。
「…なんですか」
すると、不機嫌な私の声に明乃さんは笑って口を開いた。
「だってそうじゃない。綾音の為に研究室に篭りっきりの咲ちゃんがわざわざ苦手な教授側になって、ゼミまで受け持っちゃって。しかも綾音の為に咲ちゃんのゼミに応募してきた学生を全員落として…」
「あー!もう!違いますから!たまたまですから!」
明乃さんにも話した事がないはずの私の話が出てきて私は慌てて遮る。
なんでバレた!?
綾音が心配で、近くで見守れるからって嫌で仕方なかった教授になる話を4年限定で受けたし、綾音の為にゼミも受け持った。
なんでか知らないけど私のゼミに学生はめっちゃ応募してきたけど、全部無かったことにしてやった。いろいろ権力を行使したけど。
高嶺は、ほんとに最後の最後に決めたから私の方が完全に見落としてた。気づいたらうちのゼミ2人所属になってたから焦った。
そしてそんな見落としが、いまとなっては完全に悩みの種になりやがった。
「そんなたまたまあるのかな〜?」
ない。あるわけない。けど、恥ずかしいじゃん。
ほら、明乃さんの顔がニマニマと。やめてくれ。
「そもそも咲ちゃんのいる大学激推ししてたの咲ちゃんじゃない?一人暮らししたいっていう綾音の条件に自分の大学にくることって言ってたもんね。あんなに一人暮らしに反対してたのに。」
はい。そうですけど。
「そういえば、一人暮らししたいって言った日は私に抱きついて一晩中泣いてたよね。可愛かったなぁあの日の咲ちゃん。」
親離れとか普通に寂しいし仕方ないでしょ。というか、明乃さんだってちょっぴり泣いてたじゃん。
「というかね、咲ちゃんは綾音に甘すぎると思うなぁ〜。いくら綾音の事が心配でセキュリティガチガチにしたいからって一人暮らしの部屋で私達の家賃とほぼ変わらないってどうなってるのかな。」
金なら腐るほどあるからいいんですよ。腐り物であいつの事を守れるなら安いなんてもんじゃない。おつりがきちゃうし儲けもんだ。
ちなみに私はその金達の管理ができない。だから全額明乃さんに任せている。綾音が私の事を「居候」なんて言いやがったのは、あらゆる契約の名義が『橘』だからだ。
「それは仕方ないでしょう!?あいつがレズビアンだなんて襲ってくる男には関係ない情報なんですから!!あんなに可愛かったら放っておかれるわけないじゃないですか!!」
関係ない事を考えていたら、気づいたら声に出してた。
「あ、やっぱり親バカだ。」
「うるさいです!…もう、なんなんですか。」
仕方ないんだって。
どっからどう見ても綾音は超がつく美少女だ。そしてあんだけ可愛いのに性格も100点満点だ。いや、120点満点だ。
とにかくさ、もう本当に可愛いんだわ。
だから私は悪くない。
というか、なんの話だっけ?
「だから、綾音はもう大人なんだよって話。」
「…」
「…もう、拗ねないの。」
私は明乃さんのその一言に、唇を尖らせて黙る。
明乃さんはそんな私の頬をまたツンツンとつついて続ける。
「私達親の手助けは徐々に要らなくなるの。特に恋愛面はもういちいち口出す必要がない。余程酷い子じゃなければ、あの子が選んだ子を尊重したい。」
言いたいことは分かる。
自分が子離れ出来てない自覚だってある。
けど、心配で仕方ないのだ。
綾音の事はあの事件の後からしか知らない。でも、私の大事な一人娘なのだ。
「まぁ、そうですけど…」
「それはそうとして。咲ちゃん?」
納得いかない風の私に、明乃さんは急に声のトーンを変えて話しかけてくる。
低くて、少し冷たい。
「その女の子、今度ちゃんと私に挨拶しにくるように言っておいてね?」
「いや、あんたも人の事言えないじゃん!?」
私のツッコミは静かな部屋に響き渡った。
明乃さんのこの無の笑顔、マジで怖い。
綾音を全力で追わなきゃいけないし、この明乃さんを相手に戦わなきゃいけない高嶺。
うん。あいつもなかなかやばいな。私なんてあいつにとったらクソ雑魚もいいところだ。
高嶺、頑張れよ。なんて私が思う程には高嶺に同情した。
◆
「でもね、2人が付き合うとは言い切れないですよ。」
紙に貼り付けられた高嶺の写真を見せて言う。
「まぁ、確かに。この子美人すぎよね。綾音のタイプは可愛い系だし。」
明乃さんの言う通りだ。
こんな自販機で撮った証明写真で、この写りの良さ。圧倒的美女だ。うちの綾音の方が可愛いけども。張り合えるくらいには美女だ。
ぶっちゃけ恋人がいたことないとか嘘だろってレベル。でも、美人すぎる顔とあの性格のせいで逆に男は近づかなかったんだろうな。そう思えば納得できなくもない。
でも、問題は顔や好きなタイプではない。
「いや、それもあるかもですけど…ほら、そとそもノンケ絶許でしょ?」
「あ〜、そうだったわね。」
綾音のノンケ嫌いにある。
色々原因はある。最初に告白した相手が男好きのノンケだったのとか、同級生男子と父親からの暴力だったり、後、私と明乃さんの過去も関係しているかも。
とにかく、綾音は男関係に対してかなり敏感で嫌悪してる。だから自分と同じ純粋なレズビアンにしか興味がない。
勿論、友達としてはノンケともうまくやっている。綾音の心の中はわからないけれど。
だからこそ、綾音が明らかにノンケっぽい高嶺に自分の性的指向を話した理由が気になる。
綾音は高嶺の事が好きなんだろうか。でも、やっぱり綾音がノンケにしか見えない高嶺の事を好きになるとは思えない。
綾音に限って、もしかして?で告白するほどバカじゃない。
他に理由があるのだろう。
でも、問題は理由にない。綾音にとってはある種トラウマである話を、高嶺に話したと言う事実だ。
綾音にとって高嶺はそれだけ特別な女の子っていう事になる。
「長距離走になりますね。2人の追いかけっこ。」
どのくらいかかるのかわからない。
けど、あの感じだと高嶺はきっと長い事綾音を追いかけ続けるだろう。
そして、綾音の方は高嶺と絶妙な距離感を保ち続けるのだろう。手が届きそうで届かないくらいの距離で。
「まぁ、でも。なんとなくですけど…綾音が負けると思いますよ。この勝負。」
でも、なんとなくそう思う。本当になんとなくだけど。
実際、高嶺が自分の恋心を自覚してからが勝負だと思う。…うん、あいつ絶対綾音の事好きだし。
「え、そんなにすごいのこの子?こんなにクールで美人な顔して?」
「こいつは見た目だけですよほんと。中身は綾音以外全部に興味がない綾音バカです。」
ギャップってこいつのためにある言葉だ。
あんななんでもないような風を吹かせる容姿と佇まいをしていて、その内は泥臭さと貪欲の化身。
全人類の命を天秤にかけたって、綾音の方から1ミリだって動かない。そんなぶっ壊れた天秤を持ってそうなのが高嶺麗華という女だ。
「ふふ。そうなんだ〜。綾音もすごい子に狙われちゃったのね。」
さっきまで高嶺に対して立ちはだかろうとしていたラスボス明乃さんも、ニコニコと嬉しそうに笑っている。
まぁ、気持ちはわかる。
高嶺の性格とか諸々に心配はあるが、綾音を幸せにしてくれそうな奴だとは思う。
何よりも必要なのは、綾音の傷を癒してくれるような奴だ。
綾音を、綾音だけを愛せる人。
明乃さんもそれがわかってるから、きっと期待しているのだろう。
そして私もそう思った。だから、高嶺に綾音の住所を教えた。高嶺に可能性を感じたから。
高嶺が綾音の素敵な恋人になってくれるような未来を。
後、明乃さんの場合、単純に自分の娘が最上級の美女に好かれているという事実に鼻が高くなっているのかもしれない。やっぱりこの人も親バカだからそういう所あるし。
「でもよかった。あの子が自分の性的指向を話せる子が現れてくれて。」
「まぁ、絶賛喧嘩中ですけど。」
「レズビアンとノンケが付き合うとなると一度は通る道よ。ね?元ノンケちゃん。」
そう言いながら明乃さんは私にぎゅっと抱きついて、ニヤニヤわらう。
「元じゃないです。私は今もノンケです。」
「はいはい、
「…何年前の話ですか。」
「ふふ。でも特別感あって好き。咲ちゃんが好きな女の子は私だけってことだもんね。独占〜」
心の中で、男女含めてあんただけだよと呟く。
実際ノンケだった私は、彼女に出会って全部変えられたんだ。彼女を知ってしまった私は、最早他人に恋心なんて抱けるわけがない。
明乃ンケなんて恥ずかしい事を言ってしまったあの頃の私は若かった。けど、事実なのが悔しい。
「なんなんですか!!というかね、あなただって…あっ…いや、なんでもないです。」
私は恥ずかしさに、思わずそれを口にしようとしてしまった。
私にとってもだが、彼女にとっては地獄のような日々だったあの日々。
私は急いで彼女をソファに座らせ、明乃さんの膝上に跨る。
「…ん。ごめん明乃さん。」
そしてぎゅっと抱きつく。
「んふっ。いいのよ。そんなに気を使わなくても。最近はもう全然気にしてないし。ほとんど忘れちゃったわ。」
そう言って明乃さんは私を優しく抱きしめてくれる。全身が柔らかい彼女の身体で満たされる。
良かった…明乃さんは私の物だ…あのクソ野郎の物じゃない。
もう最近は、明乃さんよりも私の方がその過去に強く囚われているような気がする。
だって明乃さん本当になんとも思ってなさそうなんだもん。
「…私が嫌だ。」
「自分で言ったのに理不尽だぁ〜」
ふふ、と笑いながらも私の気持ちをちゃんと理解してくれている明乃さんは、私の首筋から徐々にキスの雨を降らせてくれる。
「…んっ…明乃さん。…抱いて。」
こうなると、私の方はもう止まらない。
だって、嫌な思い出は明乃さんに抱いてもらう事でしか上書きできないんだから。
私から手放しても幸せは帰ってくるなんて言ったけど、帰ってくるまでの過程にある不幸は大きな傷になる。
私はもう2度と明乃さんを手放したくない。
「ん。やきもち焼きさん。」
そう笑って、明乃さんは私を抱き上げる。
私の方が背が高いのに、明乃さんは気にせずいつも私をお姫様みたいに扱う。
「ふふ。さきちゃん」
寝室まで運ばれ、ベットの上に優しく下される。
そして慣れた手つきで、私の服は取っ払われる。
「…な、なんですか」
簡単に下着だけの姿にされた私はベットに横にされ、明乃さんのされるがままになる。
背だって私の方が高いし、性格だって私の方が男勝りだし、…なのに不思議だけど、ベットの上で私は明乃さんに逆らえない。
いや、私生活から逆らえないんだけども…
「うーん。頑固親父もベットの上だと可愛い猫ちゃんになっちゃうんだよねって。」
でも、改めて指摘されると恥ずかしい。
「う、うっさい…あっ…」
でも、その恥じらいさえも明乃さんを喜ばせるだけ。全部合わせたらもう何年も彼女と繰り返した行為だから、お互いの事は知り尽くしている。
「かわい。さきちゃん。」
でも、その声と言葉、そして優しい手つきに私は一生逆らえない。
◆
「んー、だるい」
あらゆる体液でべちゃべちゃになった身体をベットに放って呟く。
もはや腰だけじゃなく全身がとてつもなく重い。
良かった、明日休みで。…んや、もう今日か。
「もう年なんじゃない?」
そんな私の独り言に、笑顔で答えるのは明乃さん。
相変わらず私は彼女にとってお姫様で、しっかり腕枕をされて頭を永遠に撫でられている。そしておまけで時折顔にキスが降ってくる。
「そりゃお互い40代ですし…8回はさすがに盛りすぎですよ」
「いや、待って。先に求めてきたのは咲ちゃんじゃない。」
「3回目くらいからは明乃さんが我慢効かなくなって貪ってきたんじゃん。私はギブっていったのに。」
「だって…久々に禁止ワード言ってしょんぼりしてた咲ちゃん可愛かったんだもん」
「40代に対して可愛いはないわー」
ピロートーク…っていう程私達はもう初々しくはない。
しかしまさか連続で8回は…彼女は攻めるのが大好きだからまだなんとかなるんだろうけど、こっちの身体が持たない。
今年で私は41だし明乃さんは42になる。めっちゃきつい。
「え〜?嬉しそうにイッたのに?」
「…うっさいです。」
でも、幸せなのはいくつになっても変わらない。
明乃さんに可愛いなんて言われれば、私の全身は嫌でも喜ぶ。
「もう、ほんと可愛いんだから。」
私が少し顔を晒すと、それを追うように頭を抱き抱えられ、大量のキスが降ってくる。
さすがに再戦は無理だ。死ぬ。
そもそも綾音と高嶺の話をしていたのに、どうしてこんなことに…
「…私だってちょっと妬いちゃったんだからね。」
「え?」
そう言った明乃さんの目が、真剣な目つきに変わる。
「…綾音に浮気しちゃ嫌よ。」
そう言って私の唇に明乃さんは自分の唇を合わせる。
私が綾音のことばっかり可愛がってたから、怒ってるんだ。
…うん。すまん高嶺。
お前らのことを考えるのは後回しだ。自分でどうにかしてくれ。
そしてごめん、起きた時の私。お前は多分死ぬ。けどまぁ明乃さんが介抱してくれるだろうし、役得だろ。許せ。私がこんな嫉妬心に狂う彼女を放っておけるわけがないだろ。
「…後一回だけですよ」
私の呟きに、明乃さんの目つきがまた変わる。今度のはまさに獲物を前にした肉食獣の目。…私の大好きな目だ。
私はそんな猛獣がいる檻に、自ら飛び込む。
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