第5話
「ふはっ、麗華顔あっか!」
「そういう綾音も真っ赤。」
お互いの顔を見て、2人で笑い合う。
私達はどっちも肌が白い方だから、そこまで酔いが回っていなくても頰に出る。
私は、ノースリーブの彼女の腕に抱きつく。スベスベで細くて柔らかい。私の大好きな綾音の腕だ。
「ねぇ、恋バナしましょうよ」
そして、私は聞きたかった話題を出した。
こういうのは普段聞かない。少しだが、酔っているという免罪符を持つ事でやっと聞ける話だ。
「…え?」
しかし、さっきまでニコニコしていた綾音の顔から、笑みが消える。
多分私は、自分が思ったより酔っていたんだと思う。綾音のその表情の変化に気づかなかった。
…だから私はそのまま話を続けてしまった。
「そういえば綾音の恋バナって聞いた事ないなぁって。」
「…私のは聞いても面白いもんじゃないよ」
「む、その言い草。経験がおありで?」
「まぁ、綾音さんなので。」
帰ってくる言葉はいつもの綾音。でも、明らかにテンションは低い。
「確かに、綾音ってモテそうね」
「そうかなぁ。」
「ええ。すっごく可愛いもの。」
「ふは、酔いすぎだよ麗華」
私の本音を、カラカラと笑って流す。
綾音は本当に可愛いと思う。
外見は、ザ・可愛い女の子って感じ。アイドルや女優にでもなれるんじゃないかな。スタイルだって抜群だ。
少し残念な言動は、絶対に人を不快にしないものだ。むしろ人を楽しませる。
それでいて、私を常に笑顔にしてくれる。どんなに落ち込んでいても、私を励ましてくれる。抱きしめてくれる。いつからか綾音の言動一つで私の心は揺れ動くようになった。
日陰にいた私を照らしてくれた太陽だ。
私にとっての綾音は、まるでアニメや漫画から飛び出てきたヒーローだ。それこそ少年漫画の主人公のような。綾音は女の子だけども。
途中から私の話になってるけど、要約すると、綾音がモテないわけがない。
「酔ってない。」
本音を言っただけだ。私は綾音の肩に頭を置いて、擦り寄る。
「いーや。人嫌いの麗華が恋愛話なんて、やっぱり酔ってるね。」
「む。私だって恋愛に興味あるんだから」
実際、私の恋愛経験は皆無だ。
でも、恋愛話には興味はある。それが綾音の事ならば尚更だ。綾音の事はなんでも知りたいんだから。
「へぇ〜。麗華こそむちゃくちゃモテそうなのに。なんだこの美女。」
そんな事をいいながら、肩に乗った私の赤くなった頰をツンツンとつついてくる。
私はそれに対して、ふふ、と鼻息を出して喜ぶ。綾音に美女と言われて、気分がいい。
「でもね、実はそんなことないのよ。」
「えー?周りの人は見る目ないなぁ〜」
そんな事を言ってくれる綾音に、私は更に気分を良くして、立ち上がる。
「でも、別にいいのよ。」
そして、本棚から一冊の漫画を引き出して、綾音の隣に腰を下ろす。
「私には天龍君が居るから。」
そしてその漫画の表紙に映る男の子を指さして、私はドヤ顔をする。
「お、おほ。そ、そっかぁ。」
「む。すっごく優しくて、仲間思いで、喧嘩も強くって、カッコいいのよ。」
「ふーん。」
しかし、綾音の反応はあんまり良くなかった。
多分、私はやっぱり酔っていた。
その綾音の反応に、少しムキになってしまった。
「それでね、何よりいいのはこの鍛え抜かれた筋肉。すっごい努力したのが分かる。素晴らしいわ」
「一度でいいから天龍君に抱かれてみたいわね」
酔った勢いと、綾音の反応にムキになった私は、普段言わないような下ネタトークを堂々とかました。
実際、普段は漫画のキャラに抱かれたいとかは別に考えない。確かにカッコいいとか、好きっ、とかは思うけど。
ただこの場のノリと、恋愛トークという場が、噛み合った結果、そんな事を口にしていた。
「綾音?」
そんな私の恋愛トークを聞いた綾音は、無言でただ何もない白い壁を見ていた。
「そっか、麗華はこーゆう男の子がタイプなんだねぇ」
そして、少ししてから何でもなかったかのように笑って私を見た。
この謎の間を、不思議に思いながらも、特に気にはしなかった。
「ん?そうなのかも?」
「なんで疑問系なのよ〜」
「ふふ。なんでだろ。漫画のキャラ相手だからかな。」
酔った思考ではまとまらない。けど、実際本当に恋愛するとなると、天龍君はどうなんだろうか。
漫画キャラ相手に考える事じゃないから、よくわからない。
よく分からないなら、考えても仕方ない。私の酔った脳は、壊滅的に何も考えられなかった。
「で、綾音は?」
だから、綾音に振った。
「ん?」
「綾音はどんな男がタイプなの?抱かれてみたいとか、抱かれた経験とか、聞いてみたい」
酔った私は、この下品なトークを楽しんでいた。
綾音もきっと乗ってくれるはず、そして綾音の恋愛話も聞きたい。どんなタイプが好きなのか、知りたい。
そんな風に考えていると、綾音は唐突にくっつき虫をしていた私を引き剥がした。
「どーしたの?トイレ?」
何も言わずに立ち上がった綾音を不思議に思って、見つめる。
トイレかな、と思ったが、綾音は少し歩いて私から離れた場所にもう一度腰を下ろした。
「んー、ごめん。これ以上は嘘つけないわ。」
そして、真剣な顔をした綾音が私を見つめながらよく分からない事を言う。
「ん?なにが?というか、どうして離れるの?」
「私はね。…抱く方がいいから、抱かれたい人の話とかは全く話せない。」
「…ん?」
私は、綾音の言った言葉が全く理解できなかった。
でも、明らかにこの場の空気が変わったのだけは分かった。
綾音は寂しげに笑ってから、溜息をつく。
「私さレズビアンなんだ。同性愛者。だから男は絶対無理。死んでも抱かれたくない。」
「…え?」
次に聞いた言葉は、さすがの私も理解した。
私にも分かるような、直接的な単語で綾音は言ったから。
そして、理解した瞬間酔いが覚め、私の頭は冴え渡った。
…冴え渡ってしまった。
もっと酔っておけばよかったのに。
そうすれば、こうして私が綾音から物理的に距離を取ることなんて無かったのに。
あはは、と笑って、また綾音と日常に戻れたかもしれないのに。
「あー、ごめんねほんとに。気持ち悪いよね。」
私の姿を見て、綾音は寂しそうに笑った。
私は思いっきり綾音から距離を取り、自分の身を守るように身体を腕で抱きしめている。
私の事を性の対象として見るレズビアンと密室に2人きり。
だって仕方がないじゃないか。
怖いと思ってしまったんだから。
綾音が別の生き物に見えてしまったんだから。
そんな綾音に、私はずっと密着していたんだから。
ただただ放心して固まる私を置いて、綾音は動き出す。
それにピクリと身体が反応してしまう。
襲われるんじゃないかと、ただそれだけが脳内を覆い尽くす。
私はレズビアンという生き物に、まるで理解がなかった。
「大丈夫だよ。空き缶捨てるだけだから。」
そんな私に綾音は優しく微笑んで、飲みカスをゴミ袋に入れる。
そして、次に綾音は自分の荷物を手に取った。
その瞬間、私の目にはようやく【橘綾音】という私の大好きな女の子が映った。さっきまで恐怖の対象だったレズビアンじゃない、綾音だ。
「あ、あの…」
震える声で、どうにか綾音に声をかける。
「うん。ごめんね。今日は帰る。」
でも、もう綾音は私を見なかった。見てくれなかった。
それだけで私の心臓は破裂しそうになるくらい、苦しくなる。さっきまで怖がっていたのは私の方なのに。
「それと…私達、少し距離おこっか」
綾音は廊下に出ながら、そう言う。
その言葉を、今はまるで理解することが出来なかった。それ以上にわけのわからない事が起こりすぎて、軽いパニック状態だった。
「あと、先に言っとくと私、ノンケは恋愛対象にはならないからさ。そこは安心してよ。」
そして最後にその言葉だけを残して、私の家から出ていった。
この数十分で、一体何が起きたのだろうか。
今日はずっと楽しみにしていたお泊まり会だったはずだ。
なんでこんなことになっている?
私は1人残された部屋で、ただただ放心してその場から動く事が出来なかった。
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