第4話

※未成年飲酒の描写がありますがフィクションです。


「おぉ、これが噂の麗華嬢のお屋敷ですか」


「そうですわ。ようこそいらっしゃいました。我が城1DKへ。」


「ふひひ。おじゃましまーす」


 いろいろあったけれど、待ちに待った金曜日。


 無理してないかと、少し心配だったけれどこの様子だと大丈夫そうだとホッとする。


「あ、これ。お土産〜」


「わざわざありがとう。」


 玄関で渡されたビニール袋。


 ゼミが終わった後、一度家に帰った綾音はわざわざコンビニかスーパーで買ってきてくれたらしい。


 普段おちゃらけているイメージの彼女だが、極めて常識人なのだ。


「めっちゃおもろいものですが」


 …言動は終わっているけれども。


「お菓子の詰め合わせ…随分つまらないものね。」


「おいごら」


 でもそれは、私を笑顔にしてくれる。



「好きなところに座って。」


「ほいほーい」


 あれだけ楽しみだったお泊まり会だが、いざ綾音が自分の家に居ると思うと、少しだけ緊張する。


 この1週間、念入りに掃除した。普段手をつけない場所まで完璧に綺麗にしたはずだ。大丈夫。どこを見られても幻滅されないはず。


「おぉ。めっちゃ片付いてんなぁ」


「まぁね。」


 部屋を見て感心したように綾音は言う。


 その事にホッとしながらも、至って普通ですよと言わんばかりの声音で応える。


 それでもキョロキョロと部屋を見られるのは少し落ち着かない。


 その中で綾音の視線は、一点に集中して定まった。


「お、本棚あるんだね。」


「綾音んちは無いの?」


「無いなぁ。本自体あんまり読まないからさ」


「私は結構オタクだから。漫画が溜まっちゃうのよね。だから一人暮らしする時に買っておいたの。」


「ふーん…」


 綾音の視線はまだ本棚から動かない。


「何?興味あるのあった?」


「んや、見事に少年漫画ばっかりだなぁって」


 なるほど、それで本を見つめていたのか。


 確かに本棚に並ぶ本達は、女趣味にしては意外かもしれない。


「カッコいいからね。」


「ほえ?」


「バトル漫画とか体育系とか‥そういう漫画に出てくる主人公ってカッコよくない?」


 私の好きな少年漫画の共通点は、主人公にある。


 どれも真っ直ぐで、優しくて、カッコいい。


 そして、鍛え抜かれた筋肉がフェチだったりする。他の人より発達したそれは、他の人より努力した証明だ。とても分かりやすくていい。


 私は何度漫画のヒロインになりたいと妄想した事だろう。


「…うん、そうだねぇ」


 しかし、綾音からの感触はイマイチ。


「あ、ごめん。あんまり興味なかった?」


「ごめん、さっきも言ったけどあんまり読まないから。」


 そう言って申し訳なさそうに笑う綾音の表情は、何か寂しげに見えた。


 これはまずいと思って、私は方向転換を試みる。


「うんうん。大丈夫よ。自分の話なんてどうでもいいの。私は綾音の話を聞きたいし。」


 綾音は本を読まないと言っていたではないか。なのに私のオタク趣味なんか聞いても楽しくないはずだ。


 2人でいる時は、綾音の事を知りたい。綾音の事だけを知りたい。他の情報なんていらない。


 こんなことで貴重な2人きりの時間を無駄にしたく無かった。


「え〜?私この漫画君達より魅力的な女って事〜?」


「そうね」


 途端ににっこりとした笑顔を見せる綾音に、ホッとする。


 肯定してやると、綾音は悪い顔をしてからスマホのカメラを起動した。


「ごめんね漫画君〜。聞いた?君の彼女、俺の方が好きだって〜!いぇ〜い見てるぅ〜?」


 そして、私の肩を抱いたかと思うと、内カメラにして私達を動画に収め出した。


 良かった。いつもの綾音だ。


 隣でピースをしながら動画を撮る彼女は心の底から楽しそうだ。ここはノッてあげてもいいが、多分彼女はツッコミ待ちだ。


「楽しいそれ?」


「辛辣ぅ!」


 ほら、はにかんだ。そこにあるのは私の大好きな笑顔だった。


 あと、その動画は後で送ってもらおう。



 綾音が来てから散々じゃれあって、一緒にご飯を作って、食べて、またじゃれあって。


 私は常に綾音のどこかしらに身体をくっつけた。何時間も人目を気にせずに綾音に触れられるなんて、まさに天国だ。


「あ、そうだ。」


 そんな幸せ時間の中、ふと思い出して私は立ち上がる。


 綾音はそんな私をきょとんと見つめるが、冷蔵庫から取り出したものを見て目を見開く。


「こら!麗華!パパは麗華をそんな子に育てた覚えはありません!」


 その後、綾音は腕組みをして、あぐらをかいてそう言った。


 うん。これは綾音も大丈夫な奴だな。綾音がふざける時は大抵大丈夫な時なのだ。


「じゃあ、飲まない?」


 私は手に持った缶を軽く振って見せて、ニヤリと笑う。


「飲むぅ〜」


「ふふ。はぁい」


 すると笑顔でそんな返事が帰ってきて、私は2人分の缶をテーブルに置いた。


 勿論、私の席は綾音の隣。ちゃんと腕と腕がくっついてようやく私の場所になる。


「でも、意外。麗華ってこういうの守るタイプだと思ってた」


 プシュッといい音がして、特有の匂いが鼻をくすぐる。


「バレなきゃ犯罪じゃないのよ。そもそも後数ヶ月もすれば20歳になるんだし、誤差よ。」


「くひひ。悪い子だぁ〜」


 私は缶ビールを持ちながら、そんな風に笑う綾音の肩に頭を乗っける。


「…悪い子は嫌い?」


 上目遣いで見れば、一瞬だけ喉を鳴らした綾音は、こつんと私の頭に頭をぶつけて笑った。


「んーん。麗華なら大好き」


 あぁ幸せだなぁと、この瞬間を噛み締めながら飲み口に口をつけた。



 でも、ちゃんとルールは守るべきだった。悪い事をしたのがいけなかったんだ。





















 …気づいた時には、私は部屋に1人取り残されていた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る