第4話
※未成年飲酒の描写がありますがフィクションです。
「おぉ、これが噂の麗華嬢のお屋敷ですか」
「そうですわ。ようこそいらっしゃいました。我が城1DKへ。」
「ふひひ。おじゃましまーす」
いろいろあったけれど、待ちに待った金曜日。
無理してないかと、少し心配だったけれどこの様子だと大丈夫そうだとホッとする。
「あ、これ。お土産〜」
「わざわざありがとう。」
玄関で渡されたビニール袋。
ゼミが終わった後、一度家に帰った綾音はわざわざコンビニかスーパーで買ってきてくれたらしい。
普段おちゃらけているイメージの彼女だが、極めて常識人なのだ。
「めっちゃおもろいものですが」
…言動は終わっているけれども。
「お菓子の詰め合わせ…随分つまらないものね。」
「おいごら」
でもそれは、私を笑顔にしてくれる。
◆
「好きなところに座って。」
「ほいほーい」
あれだけ楽しみだったお泊まり会だが、いざ綾音が自分の家に居ると思うと、少しだけ緊張する。
この1週間、念入りに掃除した。普段手をつけない場所まで完璧に綺麗にしたはずだ。大丈夫。どこを見られても幻滅されないはず。
「おぉ。めっちゃ片付いてんなぁ」
「まぁね。」
部屋を見て感心したように綾音は言う。
その事にホッとしながらも、至って普通ですよと言わんばかりの声音で応える。
それでもキョロキョロと部屋を見られるのは少し落ち着かない。
その中で綾音の視線は、一点に集中して定まった。
「お、本棚あるんだね。」
「綾音んちは無いの?」
「無いなぁ。本自体あんまり読まないからさ」
「私は結構オタクだから。漫画が溜まっちゃうのよね。だから一人暮らしする時に買っておいたの。」
「ふーん…」
綾音の視線はまだ本棚から動かない。
「何?興味あるのあった?」
「んや、見事に少年漫画ばっかりだなぁって」
なるほど、それで本を見つめていたのか。
確かに本棚に並ぶ本達は、女趣味にしては意外かもしれない。
「カッコいいからね。」
「ほえ?」
「バトル漫画とか体育系とか‥そういう漫画に出てくる主人公ってカッコよくない?」
私の好きな少年漫画の共通点は、主人公にある。
どれも真っ直ぐで、優しくて、カッコいい。
そして、鍛え抜かれた筋肉がフェチだったりする。他の人より発達したそれは、他の人より努力した証明だ。とても分かりやすくていい。
私は何度漫画のヒロインになりたいと妄想した事だろう。
「…うん、そうだねぇ」
しかし、綾音からの感触はイマイチ。
「あ、ごめん。あんまり興味なかった?」
「ごめん、さっきも言ったけどあんまり読まないから。」
そう言って申し訳なさそうに笑う綾音の表情は、何か寂しげに見えた。
これはまずいと思って、私は方向転換を試みる。
「うんうん。大丈夫よ。自分の話なんてどうでもいいの。私は綾音の話を聞きたいし。」
綾音は本を読まないと言っていたではないか。なのに私のオタク趣味なんか聞いても楽しくないはずだ。
2人でいる時は、綾音の事を知りたい。綾音の事だけを知りたい。他の情報なんていらない。
こんなことで貴重な2人きりの時間を無駄にしたく無かった。
「え〜?私この漫画君達より魅力的な女って事〜?」
「そうね」
途端ににっこりとした笑顔を見せる綾音に、ホッとする。
肯定してやると、綾音は悪い顔をしてからスマホのカメラを起動した。
「ごめんね漫画君〜。聞いた?君の彼女、俺の方が好きだって〜!いぇ〜い見てるぅ〜?」
そして、私の肩を抱いたかと思うと、内カメラにして私達を動画に収め出した。
良かった。いつもの綾音だ。
隣でピースをしながら動画を撮る彼女は心の底から楽しそうだ。ここはノッてあげてもいいが、多分彼女はツッコミ待ちだ。
「楽しいそれ?」
「辛辣ぅ!」
ほら、はにかんだ。そこにあるのは私の大好きな笑顔だった。
あと、その動画は後で送ってもらおう。
◆
綾音が来てから散々じゃれあって、一緒にご飯を作って、食べて、またじゃれあって。
私は常に綾音のどこかしらに身体をくっつけた。何時間も人目を気にせずに綾音に触れられるなんて、まさに天国だ。
「あ、そうだ。」
そんな幸せ時間の中、ふと思い出して私は立ち上がる。
綾音はそんな私をきょとんと見つめるが、冷蔵庫から取り出したものを見て目を見開く。
「こら!麗華!パパは麗華をそんな子に育てた覚えはありません!」
その後、綾音は腕組みをして、あぐらをかいてそう言った。
うん。これは綾音も大丈夫な奴だな。綾音がふざける時は大抵大丈夫な時なのだ。
「じゃあ、飲まない?」
私は手に持った缶を軽く振って見せて、ニヤリと笑う。
「飲むぅ〜」
「ふふ。はぁい」
すると笑顔でそんな返事が帰ってきて、私は2人分の缶をテーブルに置いた。
勿論、私の席は綾音の隣。ちゃんと腕と腕がくっついてようやく私の場所になる。
「でも、意外。麗華ってこういうの守るタイプだと思ってた」
プシュッといい音がして、特有の匂いが鼻をくすぐる。
「バレなきゃ犯罪じゃないのよ。そもそも後数ヶ月もすれば20歳になるんだし、誤差よ。」
「くひひ。悪い子だぁ〜」
私は缶ビールを持ちながら、そんな風に笑う綾音の肩に頭を乗っける。
「…悪い子は嫌い?」
上目遣いで見れば、一瞬だけ喉を鳴らした綾音は、こつんと私の頭に頭をぶつけて笑った。
「んーん。麗華なら大好き」
あぁ幸せだなぁと、この瞬間を噛み締めながら飲み口に口をつけた。
◆
でも、ちゃんとルールは守るべきだった。悪い事をしたのがいけなかったんだ。
…気づいた時には、私は部屋に1人取り残されていた。
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