第3話
「…おかしいわね」
大学裏のベンチ。そこでいつのものように綾音を背もたれにしていた私は、綾音の方に更に体重をかけて言葉を発する。
「ん?急にどうした。てか重いんだが」
「ねぇ、私達って友達よね」
「え、この私の限界態勢みて?友達にすること?」
「友達なのにおかしいわ。これは。」
「うん。そうだよね。友達なのに背もたれになってる私。おかしいよね。」
「それはどうでもいいのよ。」
「これがどうでもいいなら、どんな事でもどうでもいいわ。」
「私達、お泊まり会するべきよ」
「こりゃまた唐突だなぁ。背もたれの主張はフル無視ですし。」
いつも通りの掛け合いをしつつ、私は言いたい事だけを言う。
綾音の主張は私にとって不利益になるので、勿論スルーだ。
「だってお互いの家に行った事ないし。」
綾音と出会って2ヶ月だ。もう季節は冬になる。それなのに私達はお互いの住む場所に足を踏み入れたことがなかった。
「まぁ外のが楽しいし?いんでね」
「…私は旅行に行ってない」
私は頬を膨らませる。
そうだ。先月綾音は私の知らない友達と旅行に行った。友達と寝泊まりしたのだ。
なのに、私は綾音とお泊まりをしたことがない。
そんなのおかしい。許せない。私だって綾音とお泊まりしたい。
「んー。もうそんな前のことを…可愛いやつめ。」
私が頬を膨らませていると、綾音は向きを私の方に変え、私の後ろからぎゅっと抱きしめてくれる。
私の幼い嫉妬心を揶揄われているのは承知だが、心地がいいので私の身体をそのまま預ける。単純に体温が暖かくて、冬の寒空の下である此処では最高の暖でもある。
「…だからお泊まり会すべきね」
お腹に回された綾音の腕に、私の手を重ねて言う。
「えー…本気ですかいお姉さん」
私の肩に置かれた綾音の顔と声は珍しく乗り気ではなかった。
その顔が、声が、私の機嫌を損ねる。
私は彼女の柔らかく、そして冷たい頰に自分の頬をくっつける。そして不機嫌を顔に表して、彼女を横目で見つめる。
「あーはいはい。分かりましたよ。」
そうしたら彼女は私から頰を離して、両手をあげて降参のポーズを取った。
私の勝ちだ。
でも、綾音が私とのお泊まり会を渋ったことだけは少しひっかかった。そして少し、傷ついた。
あ、あと私の頰から勝手に離れた綾音を許せない。
私は綾音の方を向いて、思いっきり抱きつく。全身が柔らかい綾音は、やはり最高の抱き心地だった。
「なぁーんだよぉー…もぉー。ふひひ。甘えん坊め」
そして、なんだかんだ言いつつも私がくっつけばこうして受け入れて、優しく撫でてくれる綾音が大好きだった。
◆
綾音と話し合った結果、お泊まり会は来週のゼミが終わった後にする事が決定した。
場所は私の家。綾音が自分の家はそんなに片付いてないから嫌だと言ったから、消去法でそうなった。
綾音の家にお邪魔したい気持ちはあるが、お泊まり会ができるのならどちらでも構わない。大事なのは寝ても覚めても隣に綾音が居ることだ。
その週、私の心は踊りに踊っていた。
綾音には何度も浮かれた私を指摘されたし、揶揄われた。けどどうでもよかった。嬉しくて楽しみすぎて、仕方なかった。
「むぅ…」
しかし、お泊まり会前日。私の頰は空気でパンパンになっていた。
「どったの麗華さん」
私の唸りに反応してくれる背もたれさん事、綾音。この人が私の頰がここまで膨れている原因だ。
「…綾音、全然楽しそうじゃない」
「んなことないよ。すっごい楽しみ。」
嘘だとわかる不自然な笑みで私を見つめる綾音。気に食わない。そして悲しい。
「もう、そんな顔しないでよ。」
どんな顔だろう。わからないけど、気持ちを反映しているのなら、きっと悲しくて仕方がないという顔だろう。
「…ねぇ、お泊まり会。ほんとはしたくない?」
「そんなわけないでしょ。逆に聞くけどしたくない理由って何よ?あると思う?」
「…私の事、実はそんなに好きじゃないとか」
「本気で言ってるなら綾音さんでもさすがに怒る案件ですが、それ。」
私のマイナス思考は、止まる事を知らない。そんな私から出た言葉に、珍しく真剣な声音で綾音は私を咎めた。
その怒った声が怖くて、私は下唇を噛みながら俯く。情けない事に、涙が少し溢れ出そうになる。
「あーもうごめんて。私の態度が良くなかったよね。」
そんな私を、綾音は抱きしめる。
声音は戻ってて、私を抱く力も優しい。
いつだってそうだ。優しい綾音は悪役になってくれる。そうして言うのだ。悪いのは自分で麗華は悪くない、と。
「私さ、実はお泊まりとかすっごい苦手で」
私の背中を摩りながら、綾音はポツポツと話し出した。
「旅行行った癖に何言ってんだって思うかもしれないけど、あれは本当に仕方なくって感じでさ。」
「仲良かった子が海外に行くから最後の思い出作りにって。それでね。」
「私はさ、ほんとは近くに人がいると寝られないのさ。だからこの間の旅行も、みんなが寝た後私だけ一階のソファで過ごしてさ。」
「ほら、電話しよって麗華に送ったでしょ?あの時1人でいたからなんだかんだ時間ができたんだわ。」
「だからというかなんというか、私自身はお泊まり会に積極的になれないんだ。ごめんね。」
話を終えた綾音は、最後まで自分が悪いとでも言うように私に謝罪した。
「私の方こそごめんなさい…」
謝るべきは私だった。
だってそうだ。全部私のわがままから始まった話だ。顔も知らない綾音の友達に嫉妬して、有無を言わさずお泊まり会を承諾させた。
気づくべきだった。
あの優しい綾音が私のお願いを渋った時に。何か事情があるのだと。
「んーん。最初にちゃんと説明すれば良かったね。」
綾音は絶対に私を責めない。
無理やりお泊まり会にこじつけて、勝手に舞い上がって、理不尽に不機嫌になって。
そんな最低な私を差し置いて、綾音は自分を悪者にする。
「…お泊まり会、やめる。」
私はぎゅぅっと綾音に抱きつく。
お泊まり会なんてしなくていい。だから、わがままな私の事を嫌わないでほしかった。
「んふふ。私がそんな悲しい顔してる麗華のお願いを断れるわけないじゃん。」
「…顔、見えないじゃない」
「声でわかるから。泣いちゃうほど私とお泊まり会したかったんでしょ。」
「…したくない」
本当は…したい。
けど、嫌われる方がもっと嫌だった。
「私からのお願い一つ聞いてくれればお泊まり会できるよ。」
「…お願い?」
私が聞き返すと、綾音は、ふふ、と笑う。
聞き返したということは、期待してるってことで…そんな分かりやすい私を笑ったのだろう。私は顔に熱が溜まるのを感じる。
少し欲に忠実すぎないだろうか。私ってこんなキャラだっけ。そう思わずにはいられない。
でも、仕方ないのだ。相手が綾音だから。
「寝る時は別々で。これ守ってくれるなら、お泊まり会しよう。」
綾音が提案した内容に、無意識に私は唇を突き出して拗ねたような表情を作ってしまう。
「『一緒に寝れなかったらお泊まり会の意味ないじゃん!』って顔に書いてあるぞぉ。ほーんと可愛い奴だなぁ」
「か、かいてないっ!」
「ふひひ。はいはい。」
本当に恥ずかしすぎる。綾音の言葉に一喜一憂する私。
とりあえず綾音の肩を一発殴ってから、その肩に顔を埋める。
「ね、それだけ我慢できる?」
私の髪を撫でながら、私の耳元に近づいて優しい声で聞いてくる。
「うん。する。」
その心地良すぎる声に、ゾクゾクと全身が震える。それを隠すように、全身に力を入れて、更にギュッと綾音に抱きつく。
「ありがと。」
そしてそんな私に、綾音は優しくお礼を言うのだ。
謝罪も、感謝も、口にすべきは私の方なのに。
この日は結局お昼休憩を延長して、綾音は私の事を抱いてくれていた。私の方は午後の授業は無かったのだが、綾音は良かったのだろうか。
それでも、その優しい手つきと柔らかくていい匂いのする綾音から離れる選択肢はなかった。
◆
「…ごめんね、麗華。嘘つきで。」
ボソッとつぶやかれた綾音の言葉は、麗華には聞こえなかった。
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