第9話 流石に予想外だった。だが、諦めない。

「あの、桜田君」


 背後から声をかけられる。振り返ると、怪訝そうに少し遅れて歩く紫野がいた。


「なんだよ」

「私、お料理は得意なので……」

「そうなのか?」


 急にどうした? いや……多分これは遠回しに「私が身体に良いもの作るから健康食品とかいらないですよ」と言いたいのかもしれない。紫野の発言を予想できてしまう自分が憎らしいが、最適の返答で張り合おう。


 「俺、この店の商品好きなんだよね。紫野も一緒に見てくれたら嬉しいなぁ」

 「っ……それなら仕方ないですね」


 お前、案外ちょろいな……。すごく助かるよ。


 店内には無農薬やらオーガニックやら、いかにも身体に良さそうな商品が並んでいた。店員のお姉さんは俺達に妖精でも見るかのような視線を向けてきている。


 きっとすごい真面目なカップルに見られてるんだろうなぁ。え、昨日の夕飯? マックだが。


 俺はとりあえず目の前にある健康食品を物色し始める。


 ここで使う時間は……確か30分だ。


「見ろよこれ、有機栽培だってよ! ワクワクするなぁ!」

「わ、ワクワク……?」

「ちょっと高いけど、こういうの食べてたら長生きできそう!」

「長生きですか、それまぁ……確かに」


 紫野はそう言うと、そっと商品を手に取った。

 そして、一瞬で元の棚に戻した。


「…………」


 なんとも言えない表情で黙り込んでいる。彼女の瞳に光は宿っていない。だがそれは、以前のような狂気的なものではなく、単純に幻滅している表情だ。


 いいぞ……太陽、俺は順調だ。


 興味の無い商品に食らい付き、自然と紫野の恋心を消滅させることこそが今回の一番の目的なのである。


 思わず悪い笑みを浮かべてしまっていると、突然に紫野の表情がパッと明るくなった。


 彼女は大袈裟な素振りで手前の商品を手に取り、弾む声音で口を開いた。


「この無糖ドーナッツ、良いですね! 私も楽しくなってきました!」

「……?」


 ついに頭が狂ったらしい、あ、元からか。紫野は他にもどんどん商品を手に取り、満面の笑みで俺に見せてくる。


「このサプリすごいですね! 1日2錠で良いんですって! ……あ、こっちの米粉パスタも美味しそうですね、ちゃんとパスタの味するんでしょうか? いや、

桜田君は米粉ラーメンの方がいいですか? ラーメン好きなんですよね? 私がいつでも作ってあげます! ん? これはなんでしょう……」

「お前……」


 コイツ、頑張って俺に合わせてきてやがる……! おい、若干涙目じゃないか……。

 なんで俺のラーメン好きを知っているのか知らんが、それはともかくちょっと罪悪感を覚えてしまう。


 そんな時だった。


「ここ、私の行きつけなんだ〜」

「麗奈、流石に嘘でしょ」


 聞き覚えのある二つの声。


 テナントの外を見てみると、そこにはエスカレーターを降りてこちらに向かっている女子集団が。見知らぬ女子3人に加え……ララと、麗奈! お前なんでこの店来る!? 行きつけって本気か!?


「おい、店出るぞ」

「え、なんでですか……? 私ほら、こんなに楽しそうですよ!」


 そう言ってニコッと微笑む紫野。やめて、その健気さが俺を胸を刺す。


「と、とにかく、もっと行きたい店があるんだ」

「そうですか。じゃあそっちに行きましょう!」


 商品を棚に戻し、素直にひょこっと俺の横に並んでくる。……お前は俺の邪魔をしてくる存在のはずだろ? 今は従順で正直助かるけど、調子が狂うじゃないか。


 いや、単にこの健康食品店を出られて嬉しいだけか?


 首を捻ってバキボキ音を鳴らしてから、麗奈達とは逆側の出口を目指す。


 店を出ると同時に、ララと目が合った。


 直後、俺のスマホにラインが届く。


 デート中にスマホを見ると紫野も当然怒るだろうから、ひとまずエレベーターに乗るまで無視をした。


「三階だ、頼む」

「はい!」


 エレベーターは満員だ。紫野がボタンを押す一瞬を見計らい、スマホの通知に目をやる。



『なんであんなとこいたの?』



 それはこっちが言いたい……。そしてちょうどもう一件来た。



『ウチら当分ここいそう〜』


 

 ありがたい、助かる。これで一安心だ。麗奈、本当にあそこ行きつけだったのか。

 とにかくララには、また後でトイレにでも行ったときに返信しておこう。


「三階は……何がありましたっけ?」

 

 おしくらまんじゅう状態なため、紫野は身体を小さくしながら声を潜めて問うてきた。そういう分別はできるのか。


「すぐに分かる」

 

 そう、一言返している間に三階に到着した。ショッピングモールのエレベーターは謎に速い。


 すいません通してください……と頭を下げつつなんとか降りる。


 紫野はエレベーターを振り向きながら、むすっと頬を膨らませた。


「電車の中とかもそうですけど、やたら身体近づけてくる人いますよね! あ、もちろん桜田君はいくらでも揉んでくれて構いませんからね! むしろ揉んでください!」

「あの、ここ公共の場だから……声小さくして」

「あ、すみません……」


 すごく見られてるから……。特に小さい子供の母親に。うちの子供が聞いちゃうでしょ! って顔してる。あの、でも俺これは声を大にして言いたいんだけど、制限すればするほど子供の欲求って高まると思うんだよね。


 俺は親が放任主義だったのでポルノを制限されることはなかった。だから、そのお陰で毎日ポルノを見ている。救いようが無いな。


 三階のフロアの端まで歩いて来た。


「行きたい店って、ここ……ですか?」


 震える声音で彼女が指差した先にあるのは、ベビー用品専門店、アカチャンホ○ポである。


 早めにさっきの店を出てしまったからな。長めに滞在しよう。


 きっと紫野は俺にさらに幻滅を……いや、なんだか今更になって嫌な予感がしてきた。

 

 紫野ってこの店、案外楽しんじゃうのでは……?


 彼女が言いそうな言動がいくつも脳内で再生され始める。

 

 これは俺も太陽も不覚だったな……まぁ、麗奈達が絶対に来ない場所で時間を潰せるのだから、良しとしよう。


「なぜアカチャンホ○ポなんですか……?」


 当の本人はまだ困惑している様子だが、それも時間の問題だろう。


 既に身体に疲労を感じつつ、店先全体に視線を移した。


「結構、広そうだな……」

「そうですね……。あの桜田君、どうしてアカチャンホ……アカチャン? あっ」

「――さぁ、入るぞ!」

「はい!」


 ***


「桜田君、見てください! おむつですよ! 私との子供にはどれを履かせましょうか!?」


 ほーら見ろ。喜んだ。





 





 

 

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