第8話 このデートは戦いだ。

 とりあえず着替えを終わらせる。


 まだまだ安心はできないものの、ひとまず胸を撫で下ろしているとインターホンが鳴った。


 宅急便か? どうせ一階にいる親が出るだろ。


 そう思っていたのだが、なぜかダンダンと階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。


 ドアが無造作に開かれる。


「お兄ちゃん! なんか紫野って人が来たんだけど!」


 現れたのは黒髪ロングの俺の妹。紅羽だ。学校をサボりがちな中学三年生。


 いや、今はそんなことどうでもいい! 


「え、紫野って言った?」

「うん!」

「マジかよ……来やがったか」

「え、もしかして彼女? 会いたいんだけど!」

「今の俺のどこら辺を見てそう思った?」


 たとえ麗奈であったとしてもお前には会わせねぇよ。


 んで、紫野はどうして家まで来た……あれ、本当にショッピングモール集合だっけ?


 混乱の事態に、自分の記憶を疑い始めてしまった。スマホを取り出し、紫野とのラインを確認する。そこには確かに『現地集合』とあった。


「チッ」


 嘘でしょ、こいつのライン、信用しちゃいけない系か……。


「……父さん達は?」

「テレビ〜」

「……そうか」


 まぁ、そんなに干渉して来ない親ではあるが、色々知られたくはない。


 出かける支度は既にテッキトーに済ませてある。


 あれ、財布いくら入ってたっけ……PayPay使えばいいか。


 脱力しまくってる腕をぶらぶら揺らし、ポーチを握る。


 ゾンビのようにふらふらと階段へ向かいつつ、紅羽の頭をポンと叩く。


「教えてくれてありがとな。それと、お前はもう少し自分を客観視しようか」


 お前おっぱい大きいんだから、ノーブラタンクトップはやめようか。


 玄関に到着したので、誠に不本意ではあるが扉を開けた。


 すると、もっとおっきいおっぱいの人がいた。


「桜田君っ!」


 紫野は俺を見た瞬間に抱き付いてこようとした。


「え、あの、ちょっと普通にやめようね」


 彼女の両肩をがっちりホールドしつつ、慌てて後ろを振り向く。……良かった扉は閉まってる。


 俺が向き直ると紫野は抱き付くのを諦めて、今度は両腕を広げた。

 

 心配そうにこちらを見つめてくる。


「あの……どうですか? 可愛いですか?」


 春らしい、ピンク色の肩出しサマーニット……おっぱいデカ。


「あのー、可愛いんじゃね?」

「良かったです……!」


 適当にあしらったつもりだった。しかし、ホッとした様子の紫野は頬を緩ませて何度もニットを確認している。


 一生懸命に選んで来たのだと、一眼で分かった……今日はその、そういうんじゃないだろ!


「行くぞ……何してる?」


 なんか紫野が上の方に向かって手を振ってるんだが。満面の笑みなのがもっと意味分からん。


 彼女の視線の先を追ってみると、そこは俺の自室だった。


 そして、こちらに向かって手を振りかえしている人物の姿が。


「あいつ……」

「あの人が妹の紅羽さんですね! とっても可愛いです!」

「なんで知ってるんだよ……」


 ああ、友香か。多分、俺の家を聞き出す時に一緒に教えてもらったんだろう。


 だが残念だったな、アイツはもうこっち側なんだよ。


「ほら、さっさと行くぞ」


 ***

 

 家族連れからカップルまで、幅広い客層。


 混ざり合う話し声と店内放送は、まさにショッピングモールの喧騒だ。


 一階は多種多様な店舗が軒を連ねている。服屋に雑貨屋に靴屋、薬局……フードコートは地下だ。


「桜田君、あのお店入りませんか?」


 紫野の指先がアパレルショップの方へ……させるか!

 俺は彼女の動きに被せるようにして、健康食品専門店を指さした。


「あそこ楽しそうじゃない?」

「え……」

 

 ポカンと口を開け、唖然とこちらを見上げる紫野。まぁ、そういう反応になるだろう。瞳が信じられんと語っている。

 

 お前、今日はずっとそういう顔することになるから覚えとけ。


 そう、何を隠そうこれは太陽が考えたルートの一店舗目。彼は女子高生がまず入らないであろう店舗ばっかり集めたのだ!


 ゲーセンとかアパレルとかコスメとか、そんなところに行く予定は一切ない!


 ――「社会科見学」と太陽が名付けたこのデートプランを存分に楽しむが良い。


 そんなわけで、俺は動揺する紫野をガン無視して健康食品専門店へと足を向けた。

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