第7話 エモくなった時点で嫌な予感はしてた。

 こんなはずじゃなかったのになぁ。こんな、ギスギスした放課後を送りたくなんてなかった。


 信号が赤に変わる。


 立ち止まったところで、なぜか麗奈が大きく頭を下げてきた。


「ごめん光哉! 実は明後日の土曜日、友達と予定入っちゃって……会えそうにないの」

「え……今なんて?」


 なんだか天が俺の味方をした気がして、麗奈の顔をじっくり伺いながら尋ねた。

 すると、彼女は途端に心配そうに眉を八の字にして俺を見上げてくる。


「ララと遊ぶだけ! 土曜、ちょうどお互い空いててさ! あと中学の友達とかもちょっといるかもだけど、浮気じゃないから! お願い信じて大好き光哉!!」

「あ〜なるほど了解でーす!!」


 ヤッベ、感情を明らかに間違えてしまった。これだと……


「……え、光哉、私と会えなくて嬉しいの……?」


 ほーら、こうなった。でも今なら、爽やかに切り抜けられる気がした。


 信号が青に変わったが、俺は立ち止まったまま麗奈を抱きしめた。


 今は不思議と、周りの視線が気にならない。


「そんなわけないだろ、愛してる。会えないのが寂しすぎて、感情がバグっちまった」

「そ、そっか……」


 麗奈の耳は朱に染まっていた。夕日に照らされただけじゃ、こんなに赤くはならない。そして俺の胸に顔を埋めようとしたが、彼女は密着する直前で躊躇した。


「メイク、まだ剥がれるわけにはいかないね」


 そう言ってはにかんだ仕草が可愛くて、思わず麗奈の頭を撫でた。


 左のサイドテールがゆらゆら揺れる。


 信号も点滅し始めた。


「行こうっ!」

「あ、うん! ちょっと待ってよ光哉!」


 俺は麗奈の手を取った。彼女の熱の籠った華奢な手を握り込むと、ぎゅっと握り返される。


 なんとか渡り終え、再び歩き出した。


 でも、手は離さない。


 ……ずっとこうしていたい。


 だが世界は残酷だ。すぐに信号は赤に変わる。


 俺だって分かってんだ。


 自分のこの状況を客観視すればすぐに予想がつく。



 ……麗奈とララが遊ぶ場所、例のショッピングモールじゃないよね?



 神よ、味方をするなら最後まで頼む。


 遊園地でもカラオケでも謎解きアトラクションでもなんでもいいから、あそこだけは勘弁してください。


 お願いだから、どうかこれだけは叶えてくれ。


 なんでもするから……


 ……フラグにしか、聞こえないな。


 ***


 結論から言います。


 麗奈とララが遊ぶ場所は例のショッピングモールでした〜!


 なんでショッピングしたくなっちゃったかな……まぁ確かに、あそこゲーセンとかもあるしなぁ。


 そんなわけで俺は今、太陽と学校の外階段にいた。


 お互い、顎に手を当てて真剣な面持ちで向かい合っている。


「……紫野とデートさせられることになった。土曜、場所は大通りのショッピングモールだ」

「おまっマジかよ! 面白すぎるだろ……ってあれ」


 面白がっていた太陽の表情から笑みが消える。


「なぁ、その日とその場所って……」

「ああ、ララから聞いてたか。そうだよ、女子二人と同じスケジュールだ」

「オワッてるな……」


 そうだよ、とっくにな。

 俺は背筋を伸ばし、改めて太陽に視線を向ける。


「だから頼みがある。あのショッピングモール内で、一日麗奈達に会わずに過ごせるデートプランを考えてくれ!」

「なるほど……」


 太陽が、うーんと深刻な面持ちで考え込んでくれる。こいつは家が学校に近い。すなわちショッピングモールとも近いわけで、小さい頃からよく通っていたらしいのだ。 


 相談相手として、これ以上ないくらいに相応しい。


 妙なところで頼りになる。


 太陽はふと顔を上げると、ニンマリと笑った。


「いい案があるぜ」

「本当か?」

「ああ、任せとけって」


 太陽は俺に、その案とやらを耳打ちしてきた。俺はその内容を聞き終わり、少し唸ったがすぐに頷いた。


「よしわかった。それでいこう」

「おっけー! あ~でも一つだけ条件がある、と思う!」


 そう言って、太陽はまたニカッと笑った。

 

 ***


 鏡音かがみねララ、銀髪ショートカットで麗奈の明るいギャル仲間。


 それくらいしか俺は彼女について知らない。


 あとはまぁ……好きなやつくらいか。


 太陽の助言により、今回はララにも協力を仰ぐこととなった。彼女は麗奈と一緒に行動するのだ、打ってつけである。


 閑散とした放課後のオレンジ色に染まった渡り廊下には、俺たち二人のみ。


 事情をララに話すと、どういうわけか目を逸らされた。


 そしてしばらくすると、彼女はビシッとこちらを指さしてきたのだが、そのくせ声は消え入りそうな程に小さかった。


「……わかった。でも、一つだけ条件がある」


 おお太陽、お前の言う通りの展開になったよ。さっさと結婚しちまえ。


 窓から差し込む茜色の斜陽が、彼女の目元のラメに反射する。


 いつもの元気はどうした……まるで泣いてるみたいに見える。


「条件は……?」

「ウチを手伝って! 太陽と……何かできたらいいなって思ってるんだけど」

「わかってたよ」

「えっ?」

「いや、なんでもない」


 こいつ顔とか言動に出やすいからな……麗奈も俺も、そして太陽も、ララの想いにはとっくに気づいている。


「で、太陽と何がしたいんだ?」

「えっ、いやっ……その」


 彼女はまた目を逸らし、下で両手を組むと身体を揺らしてモジモジし始めた。


「ウチ、よく太陽とTikTok撮ってるじゃん?」

「ああ、廊下とか帰り道でよくやってんな」

「その……動画中、もうちょっと密着したいというか、ほら、仲良いってのは最高でしょ? だから……」

「つまり、もっと太陽と仲良くなりたいんだな」

 つまり、今すぐ太陽と恋人になりたいんだな。


 太陽のやつ、いいかげん……まぁいいや。何はともあれTikTokなら、アイツもノリノリで撮るだろ。


「よしわかった、協力しよう」

「ホント!?」


 ララは瞳をキラキラさせながら、ぐいっと顔を近づけてくる。


「じゃあウチも協力したげる!」

「助かります……」

「お互い頑張ろうっ!」


 飛んできたララの小さな白い拳を拳で受け止める。


「……ああ」


 ***


 ついにこの日がやってきてしまった。

 

 金曜日は一瞬で過ぎ去ってしまった。


 もう土曜かよ……チクショウ。


 自室の窓から、曇りきった空を無意味に眺めつつ思う。

 

 10時にショッピングモールに集合らしい。


 仕方なく外着に着替え始めると、早速ララから連絡が来た。



『ウチら、もうモールいる! 今一階のコスメ〜』



 なんて頼りになるんだ!


 我知らず、パンツのまま立ち上がってしまった。


 あとは太陽に教えてもらったルートで回れば……!

 

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