第6話 俺は完全に脅迫されている。
陽が雲に隠れ、食堂内が一気に暗くなった。
「紫野……っ!」
「はい、なんでしょう」
俺の隣席で、彼女はにっこりと微笑んだ。
「お前、今何入れたって……」
「唾液です」
「おい、お前……ごめん理解が追いつかない。もう一回言って?」
「私の体液を! あげますと言ったのです!!」
やめろ声がデカイ! デカイのは胸だけにしとけ! 周りを見渡すと、生徒たちは皆一様に俺から視線を逸らしている。太陽、お前は逸らすんじゃねぇ。
「おい紫野!」
「なんでこんな真似を……これもう飲めないじゃんか」
「どうして! 桜田君は私と間接キスしたくないんですか!? ……ひどいですっ!」
泣き真似をしても無駄だぞ、紫野。お前がガチ泣きするところなど想像がつかない。
「桜田君、お味噌汁いらないなら私にください!」
「どうぞ」
色んな意味で、飲めたもんじゃない。
紫野は味噌汁のお椀を受け取ると、心底幸せそうにゴクゴク胃に流し込み始めた。ああ、俺の味噌汁……。とても居た堪れない気分になる。太陽、今度は見るな。そして面白そうな顔するんじゃない。
「で、なんの用だ? まさか唾液を飲ませるためだけに来たんじゃないだろうな……」
「え? ああ、そうでした」
彼女は思い出したように顔を上げた。要件忘れんなよ。
「デートの日程を決めに……」
「ちょっと黙ろうか!」
紫野の口を抑える。コイツ、本当容赦ない。太陽にデートの件はバレちゃまずい。
しかし、しっかり聞こえてしまっていたらしい。
「おい、コウヤー、今デートって……」
「あー何でもないでーす! それじゃまた後で!」
俺は瞬時に立ち上がり、食器返却コーナーへと向かう。
案の定、紫野はついて来た。気持ち悪いくらい俺と同じペースで歩くので、常に真横にいる。
「デート、してくれるんですよね? 約束ですよ?」
「お前が脅迫するからだろ!」
「はあ、何言ってるんですか。私は画像を送っただけですよ?」
まぁ、それはそうなんだけれども。麗奈の下半身が消しゴムマジックで消されているあんな不謹慎なもん見せられたら誰だって……待て。俺はこいつがあのデート写真を持っていた理由を知らない。
「あの画像、どこで手に入れた?」
「インスタですよ。簡単に見つかりました、姫川さんフォロワー多いですし」
「アカウントを特定してんじゃねぇよ……」
呆れた俺に対し、紫野は小さな子供のようにキョトンと首を傾げた。
「愛の詮索を、特定と言うのですか?」
「だからその愛ってのをやめろ」
「え?」
「ん?」
紫野が立ち止まったので、俺もそれに倣う。すると彼女は、俺の目を真っ直ぐ見つめてきた。
「桜田君、私は本当にあなたのことが大好きなんです」
「……」
「だから愛を語っても仕方ないでしょう?」
「……わかったよ。でも勝手にしてくれ」
「はい! では勝手にデートの日程を決めますねっ! 行き先は大通りのショッピングモール、明後日の土曜日でどうでしょう?」
「早い早い、すごい捲し立ててくるじゃん……」
「で、ご返答は!?」
……麗奈のためにも、断ることなどできない。でも誰かに見つかりそうだなぁ。大通りのショッピングモールは学校のすぐ近くだ。よって土曜とは言え、部活の生徒達が立ち寄る可能性が高い。それで噂とかになったら堪ったものではない。
「場所と日程、変えれる……?」
どうせダメだろうなーと思っていたらやっぱりダメだった。紫野が例の写真を表示させたスマホを取り出したのだ。
「……了解」
「ありがとうございますっ!」
ほっと胸を撫で下ろす紫野。やけに安心している。いや、わかってただろ、俺が断れないこと。
それはそうと大変なことになった。
覚悟はしていたが、ついにデートが決定してしまったのだ。
どうにか麗奈にバレずに……太陽、お前は絶対チクるなよ。お願いします。
そんな彼は今どこに? と振り返ってみたが、いつの間に食器を片付けたのか、もう先程の場所に太陽はいなかった。軽音部の方にでも行ったのだろうか。
そして俺たちにチラチラ視線を送ってくる周囲の連中。
何度だって言ってやる、紫野哀葉。
俺の青春を邪魔しないでくれっ!
***
放課後、俺と麗奈は今日も一緒に下校していた。
「はぁ……」
自然と深いため息が漏れてしまうと、麗奈が心配そうに顔を覗き込んできた。
「紫野のこと大変だよね……」
「呼び捨てになったんだな」
「当たり前でしょ? あんなストーカー女!」
石ころを蹴飛ばす麗奈。勢いよく草むらにダイブしていった。
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