第5話 友達の存在に助けられたと思ったんだが。

 学校が違うのだから、友香が紫野のことを知ってるはずがない。


 麗奈が俺に向かって声を荒げる。


「あのさ、家の前まで来たってどういうこと? それを知ってるってことはやっぱり会ったんだよね!?」

「いや、本当に会ってはなくてだな……」

 

 紫野とのライン交換を麗奈に知られるのは明らかにマズイ。ここは嘘で誤魔化すしかないだろう。


「ごめん、さっきは嘘ついた。本当は紫野が来たこと知ってたんだ。でも家の中には本当に入れてない」

「本当!? 嘘じゃないよね? というか家の中に入ったかどうかなんて関係ないんだけど! なんでアイツが光哉の家に……」

「――それについては、あたしが答えます」


 友香はえらく意志の籠った口調で言った。付き合いは長いが、こんな彼女を見たのは初めてだ。麗奈も聞く気になったようで、友香の言葉を待つように口を閉じる。


 まず、友香は俺に視線を向けた。


「あたし達の中学ってすごく人多かったじゃん?」

「そうだな」

「それで3年間、光哉とは同じクラスにならなかった。だから知らないと思うんだけど、あたし、あいあいが一番の友達だったの」

「え!?」


 友香が……あの紫野と友達? 麗奈も予想外の展開に驚いている様子だ。哀葉だから、あいあいね……。そんなに仲良かったのか。


「ってか紫野って同じ中学だったんだな。全然知らなかった」


 世の中って意外と狭いな……。


 そして俺と麗奈はお互いに顔を見合わせ、すぐに悟ってしまった。……おそらく友香は、紫野に頼まれて俺の家の情報を渡したのだと。紫野は俺に近づくためなら、親しい友達であろうと平気で利用するだろう。


 だから俺は努めて冷静に言う。


「そうか、あいつが迷惑かけたみたいで悪かったな」


 しかし友香は首を横に振った。


「光哉、別にあいあいは悪くないよ。私が悪いの」

「……どういうことだ?」


 友香は苦々しげに息を吐き出した。そして一度唇を噛むと、意を決したように語り出した。


「あいあいね、普段はまともなんだけど、一緒にいたからなんとなく感じてたの。その、友情とか、愛の重さみたいなのをね。それであたし、あいあいのそんな性格を知った上で、光哉の家を教えちゃったの。すごく好きな人ができたって言われてね……」

「つまり、進藤さんは友達のために家を教えたわけね」

「はい……」

「じゃあ、友香はなんでここへ来たんだ?」


 聞くと友香は急に泣き出した。その姿はとても痛ましく……俺は無意識に、彼女の肩へ手を回していた。だが彼女はそれをやんわりと拒むと、涙を制服の袖で拭いながら言葉を紡ぐ。


「やっぱり光哉に、謝りたくて……。それに、もしものことがあったらと思うと、居ても立っても居られなくてね……」

「そうか……」

「あいあいのことわかってたのに、光哉には彼女さんもいたのに、あの子を止められなくてごめんっ……!」


 そう言って再び泣き出す友香。麗奈は困ったように、俺と彼女を交互に見つめていた。


「友香……」


 俺は一つため息をつくと、友香の背中をさすった。すると次第に落ち着いていったようで、友香は顔を上げた。


「……光哉、ありがと。でも離れて、彼女さんいるんだから」

「ああ……」


 麗奈、怒ってるかなーと振り返ってみると、彼女は腕を組んで若干苛立っているだけだった。状況を理解してくれているようだ。紫野と比較して、無性に安堵を覚えてしまう。


 友香から離れると、彼女は気合を入れるように、胸の前でむんと両手を握った。


「……あの、何かあったら私をどんどん頼って! あいあいのことは熟知してるつもりだから! こんなことしか言えなくてごめんだけど……」

「いや、すごく心強いよ」

「うん、進藤さんありがと……友香って呼んでもいい? ライン交換しよ? ってかインスタやってる?」

「え、あっ、はい!」

 

 ギャルの距離の詰め方に戸惑いつつ、友香はスマホを取り出した。


 俺は玄関の壁に寄りかかりながら首をぐるぐる回す。ぼきぼきと音が鳴った。


「さて、これからどーしようか……」


 夜が近づいてきた外では、虫達が空虚に鳴き続けている。

 

 ***


 翌日、俺は太陽と食堂にいた。


「は? お前が青春できてるかって?」


 うどんを啜りながら、太陽は眉間に皺を寄せる。俺は残りの味噌汁をズズッと啜った後、頷いた。


「ああ」

「そりゃもちろん、できてんじゃねぇの? 彼女だっているし」

「それはそうなんだが……」

「なんだよ。もしかして昨日の朝のやつか?」

「……まぁな」


 隠し事をしたって仕方がない。俺は紫野について一通り話した。だが、デートの件で脅されていることは除いて。麗奈本人にチクられたら困るからな。


 すると太陽はゲラゲラ笑った。


「おまっ、まじか! いや~笑い事じゃねぇんだけどさぁ」


 腹を抱えて笑う太陽を、俺はジロリと睨むが彼は全く動じなかった。そして俺の肩に手を置いてくる。


「……正直、お前どっちがタイプなんだよ」

「は?」

「は、じゃねぇよ。麗奈と紫野、お前はどっちを取るんだ?」

「取るも何も、俺の彼女は麗奈だ」


 そこまで言って、俺たちの会話は途切れた。太陽もこれ以上かける言葉がないようだ。


 今日も食堂は大盛況。周囲は喧騒に包まれ、俺たちの間ではクソ咀嚼ASMRが流れ続けている。


 しばしそんな風にしていると、俺たちは同時に向き合った。


 そして我慢ならなくなったように、お互いに吹き出した。


「はははっ、コウヤーってやっぱおもしれーな」

「お前も大概だろ。ララのことどう思ってるんだ?」

「それはまぁ、ぼちぼちな」


 太陽が笑みを作ったのは、無論都合が悪くなったからだ。


「……よかったよ」


 つい、そんな言葉が漏れ出た。


 どうでもいい会話ができてよかった。


 内容もそこそこに高校生っぽい。


 どうやらまだ、俺は青春ができているようだ。


 紫野に巻き込まれたとしても、俺には変わらず麗奈や太陽、ララという仲間がいる。


 だから青春自体が、崩壊したわけじゃない。


「おーい、何ニヤついてるんだよ。相変わらず嘘っぽいぞ! しかもなんだよ、急に『よかったよ』って」


 なんでもねぇ太陽。


 こんな会話もまた、俺が望んでいた日々に相応しい気がした。


 食堂の大きな窓に陽が差し込んで、埃にキラキラ反射する。


 ……なんて、エモーショナルな気分になっていたその時だった。


 俺の隣へ俊足でやって来た誰かが、俺の味噌汁にコップで何かを注いだ。


「桜田君、私の唾液をあげます!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る