第4話 お前が救世主になるとは思わなかった。

 この前、遊園地へ行った時のやつだ。


「どうしてアイツがこれを……」


 確か、麗奈のスマホで園内スタッフに撮ってもらったやつだ。太陽とララを含めた四人のライングループには投げられていたが、無関係の紫野は持っているはずがない。


 それにしても、ひどい。俺の顔には赤いハートマーク、麗奈の顔には真っ黒なバツマークの落書きがされている。


 いかにも紫野がやりそうなことで、もうなんか一周して笑ってしまう。


 その写真をタップし、全体を見てみる。どっからどう見てもあの時の写真だよなぁ……ん? 


 一つの違和感に気づいた。


「っ! マジかよ」


 ゾッと悪寒がした。

 麗奈の下半身が消しゴムマジックで消されているのだ。


 完全に幽霊のようになっている。


 おい、これ不謹慎ってレベルじゃねぇぞ……。

 トーク画面に戻ると、写真の下には紫野の文章があった。



『とっても素敵な写真ですね。でも、お一人でお出かけなんて寂しいでしょう? 私とデートしませんか?』



 思わず頭を抱えた。


 ……これは脅迫だ。まさかこんな手段でデートに再び誘ってくるとは。俺が紫野を拒絶すれば、麗奈に危害を加えるということなのだろう。


「……どうすればいいんだ」


 あの紫野の狂気じみた瞳を俺は鮮明に覚えている。


 ……ヤンデレに目をつけられてしまった俺。現在の彼女はメンヘラ気質。麗奈にバレず、紫野とデートができれば良いのだが、そんなことは果たして可能だろうか?


 紫野の次のメッセージを待ってみるが、もう何も送られてこない。無言の圧で、決断を迫られているのだ。


「はぁ」


 と、その時だった。今度は俺のスマホが振動した。画面を見ると、そこには『れいな』という文字が表示されている。


「もしもし」

『光哉! 今日バイト早く終わったから、今から家行くね!』

「……ああ」

『ん? 光哉元気なくない? 嬉しくないの?』

「そ、そんなわけないだろ! 楽しみに待ってる」

『うんっ! 全速力で向かうよ!』

「おう……、気をつけてな」


 俺は今、それどころではないのだが……。


『じゃーまた後で!』


 通話が切れる。それとほぼ同時に、スマホに通知が来た。

 ……紫野からのメッセージだ。


『返事は?』

「くっ……」


 今、麗奈が陽気にこの家に向かっている。そんな彼女に何かあったら……と思うと、胸が締め付けられるようで苦しく、そして恐ろしかった。


 俺は覚悟を決め、文字を打ち込む。『わかった』と……。


 「っ!」


 次の瞬間、またもや俺のスマホが振動し始めた。電話だ。麗奈に何かあったのか!? いや、でも俺はデートを許可したし……。そんなことを思いつつ画面を確認すると、発信者は麗奈ではなく『紫野哀葉』だった。アカウント名がフルネームなので余計にドキッとしてしまう。震える指で通話ボタンを押した。


「……もしもし」

『あ、光哉? さっきの返事ありがとね!』

「……うん」

『そういえば今さっき、姫川さん見たよ』

「え……」

『もし桜田君がOKしてくれてなかったら……って心配だったから良かったぁ。じゃあまた学校でね』

「ちょ、ちょっと待てよ」


 しかし、電話は無遠慮に切られてしまう。すると一分も経たないうちに、今度はインターホンが鳴った。恐る恐るモニターを覗くと、そこには麗奈の姿があった。そして彼女はドア越しに言うのだ。


「光哉、早く開けて!」

「……わかった」


 戸惑いつつ、俺は玄関に向かってドアを開けた。


「麗奈……」

「光哉っ!」


 彼女は俺に飛びついてきた。その勢いに負け、俺は床に倒れ込んでしまう。すると彼女は俺の上に馬乗りになり、首を掴んできた。


「え……れいな?」

「光哉は私だけのモノなんだから! もう他の女と喋らないで!」

「……え?」

「あの女が家に来たんでしょ? 私見たよ」


 麗奈は俺を睨みつけた。その瞳には涙が溜まっている。ちょっと待て……あの女? おそらく紫野のことだろうけど、俺は電話はしたものの、さっきからこの家に一人だ。


「言ったよね光哉、紫野さんのことは振ったって!」

「ああ、それはそうだけど……麗奈、なんか勘違いしてるんじゃないか?」

「は? とぼけないでよ! あの女がこの家の玄関から出ていくところを見たんだから」

「……え」


 そんな時、またスマホに一件の通知が来た。

 再び紫野だ。



『桜田君の家、結構立派だね』



 そして一件の画像。この家の玄関だ。


「っ!」


 察してしまった。麗奈の話も合わせて推測するに、おそらく紫野は先程、この家の玄関付近で俺と会話をしていたのだ。


 そして通話が終わると同時に家を離れたため、そこを麗奈に目撃されたんだ。果たして意図的であったのかどうか……いや、でも紫野は麗奈が今日ここへ来ることは知らないはずだし、たまたまか? いずれにせよ飛んだ迷惑だ。


「光哉?」

「あ、いや……えっと」

「ほら! やっぱりあの女と会ってたんだ!」

「待て、それは違う!」


 だが、紫野が家の中へは入っていないのだと証明する術がない。防犯カメラは親が管理してるし、絶対絶命だ。この状況じゃあ、もうどうしようもない。俺の青春は紫野というイレギュラーによって壊されたのだ……そう全てを諦めかけた時だった。


 インターホンが鳴る。まさか……紫野!? 恐れ慄いていると、麗奈が苛立ち気味に玄関を開けた。


「紫野、アンタ絶対許さな……誰?」


 そこにいたのは、別の学校の制服を来た、編み込み黒髪ロングの女子高生。


「光哉……」

友香ともか、どうした?」


 次の瞬間、麗奈が眉間に皺を寄せて俺を睨みつけた。


「は、友香? 何他の女を名前呼びしてんの? ララとかならまだしも……この女はなんなの、浮気!?」

「違う違う、お隣さんの幼馴染だよ」

「はい。初めまして、進藤友香しんどうともかと言います」


 そう言って友香は、隣にある一軒家を指差した。そこには確かに「進藤」の表札がある。


「あなたは光哉の彼女さんですか?」


 悪意の籠らない問いを受け、麗奈はもどかしそうにしつつも、無理やり笑みを作った。


「そ、そうよ。幼馴染なのね……幼馴染。大きな声出しちゃってごめんなさい」

「いえいえ、こちらこそ急に来てしまってすみません」

「それで友香、何の用だ?」


 立ち上がりつつ問うと、彼女は申し訳なさそうに俯いた。


「あの、紫野哀葉って女の子、この家に来た……?」

「紫野!? ……なんか玄関まで来たみたいだが、なんでお前が紫野を知ってる?」


 

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