第3話 こんな判断をしてはならなかった。
「友達から二人を見たって聞いたの」
「……そうか」
あの時、屋上には俺達二人しかいなかった。階段とかで誰かに目撃されていたのだろうか。
「何してたの?」
麗奈の目つきがさらに鋭くなる。こうなったら俺は真実を告げるだけだ。
「告白された」
「はっ!?」
「でも断ったよ。それですぐ、麗奈の元に戻った」
「そ、そう……それなら良いんだけど。でも光哉が他の女の子と二人で会ってたのは事実だよね」
「……っ」
痛いところを突かれ、思わず押し黙ってしまう。
「それに朝、様子おかしかったし……本当にただの告白、だけだった?」
「いや、その……なんつーかさ」
「やっぱり他にも何かあったんでしょ!? なんで教えてくれないの? まさか浮気じゃないよね!?」
「違う! そんなわけないだろ!」
真実を語っているのだと強調したかったので声を張り上げた。でももしかしたら、余計に嘘っぽくなってしまったかもしれない。
糾弾されると思っていたが、彼女は意外にも少し寂しそうな表情を見せた後、再び口を開いた。
「じゃあ何よ……」
ここは正直に言えばそれで済む話なのだが、あの時の紫野は狂っていた。それをどう麗奈に伝えるべきか……。
「やっぱり何かあるんじゃ……」
彼女は俺の目をまっすぐ見つめてくる。瞳は不安げに揺れ、唇は硬く引き結ばれている。
……どうしてこうなった。
俺の望んでいた青春はこうじゃない。確かに恋愛のいざこざってのも青春の一つだから、それ自体は良いのだけれど、問題は紫野の異常さだ。
俺が求めていたのは麗奈や太陽、ララ達と経験する普通の「青春」なのである。
もちろん、俺だって麗奈がメンヘラっぽいことくらいとっくに自覚している。でもそれは千差万別な一般的な人間の性格の範疇だ。対する紫野はその範囲を大きく逸脱している。
麗奈は俺に一歩近づくと、憂わしげに手を震わせながらブレザーの裾を掴んできた。
「光哉は私と紫野さん、どっちが大切なの!?」
「麗奈に決まってるだろ」
「ほんとに?」
「当たり前だ、俺が好きなのは麗奈だけだよ」
本当のことだから、本当だって伝わるように彼女の目を見て言った。
俺は人生を、常に理想の自分で歩んでいきたい。でもそれは、自分を客観視している上に成り立つわけで、どうやら一つ一つの所作が演技じみてしまうらしいのだ。だからそうならないように、誠意いっぱい配慮して言った。
ふぅと小さく息を吐き出し、麗奈はにっこりと微笑んで見せる。
「じゃあ信じてあげる」
「ありがとうな」
上手く「本気でものを言っている人間」の姿を表現できたらしい。……いつも別に、演技をしているつもりはないんだけどなぁ。
「麗奈、そろそろ戻ろうか」
「うんっ」
昼休みももうすぐ終わりだ。
ドアを開け校舎内に戻る直前、俺は改めて屋上に目をやった。
『放課後、屋上に来てください。待ってます!』
今日の放課後、俺はまたここへ来なくてはならないのか……。すぐに断って逃げるしかなさそうだ。
頼む、
***
放課後、俺は手紙の通りに屋上へとやってきた。ドアに手をかけると、風がひゅうひゅうと音を立ててこちらに吹き込んでくる。
夕日に照らされた紫野は、すぐに俺に気づいた。
「桜田君っ」
「紫野さん……もうやめてくれよ。俺には麗奈がいる」
彼女は少し俯くと、小さく頷いた。
「わかってます……。でもどうか私に、チャンスをくれませんか?」
「……え?」
「私とデートしてください!」
「デート……?」
「お願いします!」
「いや、それは……」
思いも寄らない発言に言葉を失ってしまう。しかし、デートなら断る口実があることに気がついた。
「最近、四六時中麗奈といるんだ……すまない」
彼女がメンヘラで助かった、と思ったのだが。
「じゃ、じゃあライン! ラインの交換だけでも!」
制服のポッケからスマホを取り出し、ギュッと握る紫野。そう来たか……。
「まぁ、それくらいなら」
紫野の健気さに押されてしまった。正直、連絡先の交換を求められるとは思っていなかったので少々面食らったが、デートに比べれば遥かにマシだ。
それにここで断ってしまえばまた面倒なことになりかねないし……。昨日のような暴走はあまりにも厄介だ。
紫野はスマホを取り出すと嬉しそうに微笑んだ。そして俺のQRコードを読み取り、友達登録を済ませてしまう。
「ありがとうございます! じゃあ桜田君、また!」
「え……」
取り残された俺は、その場に立ち尽くす。
今日は案外、あっさり終わったな……。
***
今日は麗奈がバイトだったので、直帰した俺は、部屋でスマホを弄っていた。
その時だった。
鳴り響く通知音。
『桜田君、あの――』
紫野からラインが来たのだ。俺は思わず飛び上がる。なんだか全身に寒気がした。
そして嫌な予感が頭をよぎる。
もしかして紫野、頻繁にメッセージを送って来る……!?
俺としたことが不覚だった。デートを回避できたがために、つい安心してしまっていたのだ。
連絡先など交換してはならなかった。「交換だけでも」という言葉にまんまと乗せられてしまった。
しかも同じクラスメイトだし、さすがに安易にブロックはできない。
恐る恐るトーク画面を開くと、そこには一枚の写真が貼られていた。
それは、俺と麗奈の自撮りツーショットだった……。
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