第3話 こんな判断をしてはならなかった。

「友達から二人を見たって聞いたの」

「ん?……そうか」


 屋上を見回しつつ、頷いておく。

 あの時、ここには俺と紫野の二人しかいなかったはずだ。階段の方から、そのお友達に目撃されていたのだろうか。

 

「何してたの?」


 麗奈の目つきの鋭さが増す。あー、もうこれは誤魔化すのは無理だな。

 真実を告げよう。やましいことはないのだし。


「告白された」

「はっ!?」

「でも断ったよ。それですぐ、麗奈の元に戻った」

「そ、そう……それなら良いんだけど。でも光哉が他の女の子と二人で会ってたのは事実だよね」

「……っ」


 痛いところを突かれ、思わず押し黙ってしまう。


「それに朝、様子おかしかったし……本当にただの告白、だけだった?」

「いや、その……なんつーかさ」


 とても巨大なおっぱいを当てられました。

 俺の歯切れが悪かったからだろう、麗奈はこちらへやってきて俺の両肩を掴み、ぐらぐら揺らしてきた。


「やっぱり他にも何かあったんでしょ!? なんで教えてくれないの? まさか浮気じゃないよね!?」

「違う!  そんなわけないだろ!」


 真実を語っているのだと強調したかったので声を張り上げた。でももしかしたら、余計に嘘っぽくなってしまったかもしれない。


 糾弾されると思っていたが、彼女は意外にも少し寂しそうな表情を見せた後、再び口を開いた。


「じゃあ何よ……」


 本当ごめん。俺はお前にそんな顔をしてほしくないし、不安になんてさせたくない。

 だから今すぐ、昨日は性的に襲われちゃいました〜っと正直に言いたいのだが、俺の口が言うことを聞いてくれない。ナイス、俺の口。


「やっぱり何かあったんじゃ……」


 ゆっくりと俯いて足元を見つめる麗奈。目は物憂げに細められ、唇は硬く引き結ばれている。



 ……どうしてこうなった。



 俺の望んでいた青春はこうじゃない。確かに恋愛のいざこざってのも青春の一つだから、それ自体は良いのだけれど、問題は紫野の異常さだ。


 俺が求めていたのは麗奈や太陽、ララ達と経験する普通の「青春」なのである。


 もちろん、俺だって麗奈がメンヘラっぽいことくらいとっくに自覚している。でもそれは千差万別な一般的な人間の性格の範疇だ。対する紫野はその範囲を大きく逸脱している。


 麗奈は顔を上げると、弱々しく手を震わせながら俺のブレザーの裾を掴んできた。


「光哉は私と紫野さん、どっちが大切なの?」


 悩むまでもない。


「麗奈に決まってるだろ」

「ほんとに?」

「当たり前だ、俺が好きなのは麗奈だけだよ」


 本当のことだから、本当だって伝わるように彼女の目を見て言った。


 俺は人生を、常に理想の自分で歩んでいきたい。でもそれは、自分を客観視している上に成り立っていくわけで、どうやら何かにつけて俺の所作は演技じみてしまうらしい。


 だから、そうならないように誠意いっぱい配慮して言ったのだ。


 それをもう一回。


「確かに昨日は、告白だけじゃなかったよ。紫野にちょっと壁ドンしてきた」


 あんなもん、恋愛エモエモなテレビでよく見る壁ドンでは全くなかったが、動きだけでいえば壁ドンであったと言えなくもない。

 

 麗奈が大きく首を傾げた。


「壁ドン……?」

「ああ。まぁ、ちょっと勢い余ったんだろうな。でも安心してくれ。俺はすぐに抜け出して、麗奈の元へ急いだ」

「なるほど……」

 

 ふむと顎に手を当て、考え込む麗奈。状況を整理してるのだろう。そして、ふぅと小さく息を吐き出し、彼女はにっこりと微笑んで見せた。


「わかった、信じてあげる」

「ありがとうな」


 上手く「本気でものを言っている人間」の姿を表現できたらしい。……いつも別に、演技をしているつもりはないんだけどなぁ。


「麗奈、そろそろ戻ろうか」

「うんっ」


 昼休みももうすぐ終わりだ。


 ドアを開け校舎内に戻る直前、俺は改めて屋上に目をやった。



 『放課後、屋上に来てください。待ってます!』



 今日の放課後、俺はまたここへ来なくてはならないのか……。


 行きたくないけど、麗奈に何かあったら嫌だからなぁ。


 仕方ない、とりあえず顔だけ見せて、何かヤバそうだったら全速力で逃げよう。


 頼む、紫野哀葉しのあいは。俺の青春を邪魔しないでくれ。


 ***


 放課後、俺は手紙の通りに屋上へとやってきた。ドアに手をかけると、風がひゅうひゅうと音を立ててこちらに吹き込んでくる。


 夕日に照らされた紫野は、すぐに俺に気づいた。


「桜田君っ」

「紫野さん……もうやめてくれよ。俺には麗奈がいる」


 彼女は少し俯くと、小さく頷いた。


「わかってます……。でもどうか私に、チャンスをくれませんか?」

「……え?」

「私とデートしてください!」

「デート……?」

「お願いします!」

「いや、それは……」


 行くわけがない。何か断る口実は……あった。


「最近、四六時中麗奈といるんだ……すまない」


 彼女がメンヘラで助かった、と思ったのだが。


「じゃ、じゃあライン! ラインの交換だけでも!」


 制服のポッケからスマホを取り出し、ギュッと握る紫野。そう来たか……。


「まぁ、それくらいなら」


 要望がこの程度であるうちに、飲み込んでおいた方がいいだろう。


 紫野はスマホを取り出すと嬉しそうに飛び跳ねた。ツインテールとおっぱいが揺れる。そして俺のQRコードを読み取り、友達登録を済ませてしまう。


「ありがとうございます! じゃあ桜田君、また!」

「え……」


 取り残された俺は、その場に立ち尽くす。


 昨日のような暴走(物理)も、狂気じみた言動もなかったので一安心ではあるが、こうまであっさり帰られてしまうと逆に怖くなってくる。


 まぁいいや、帰るか。


 屋上のコンクリに伸びる俺の影が、やけに長いように見えた。


 ***


 今日は麗奈がバイトだったので、直帰した俺は、部屋でスマホを弄っていた。


 その時だった。


 鳴り響く通知音。



『桜田君、あの――』



 早速、紫野からラインが来た。


 ま、まぁそりゃ送ってくるよな……。


 頻繁に来たら嫌だなぁ。麗奈の返すだけでも大変なのに、それが二倍とか絶対耐えられん。


 どうする、ブロックしちゃう? いや、同じクラスで毎日会う相手だし、さすがにそれはキツいな。


「とりあえず見るかー」


 恐る恐るトーク画面を開くと、そこには一枚の写真が貼られていた。


「おい、これ……」


 それは、俺と麗奈の自撮りツーショットだった……。


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