第2話 狂い始める俺の青春。

 どっちの可能性もあるな……。でも、なんだかこのまま無視して帰るのは気が引けた。この手紙がもしもガチだった場合、麗奈の家に行っている間も手紙の彼女はずっと、屋上で俺を待っているのだ。


 彼女がいるから今は付き合えない、それだけは伝えようと思い、大急ぎで屋上へ向かった。遅くなると麗奈に怒られてしまう。階段は帰宅する生徒でいっぱいだ。間を縫って屋上の入り口へ到着する。


 中原南高校は屋上が開放されているため、鍵はかかっていなかった。


「……え」

「あ、来てくれたんですね……」


 ドアの向こうに現れたのは、予想外の人物だった。


「えっと……その……」


 紫野は恥ずかしそうに俯きながら、小さな声で口を開いた。


「あの……付き合ってください」

「ちょっと待って、紫野さん、何かの罰ゲームとか……?」


 問うと、彼女は悲しげに目を細めた。


「違います。私、本当に桜田君のことが好きでっ」

「で、でも俺、麗奈と……」

「わかってます」

「えっと、でも俺達今まで特に何も……」


 クラスでは所属しているグループが異なるため、ほとんど話した覚えはない。確かにこの間、不調だった彼女に寄り添って一緒に遅刻はしたが、あんなのはクラスメイトとして当然のことをしたまでで……。


 そう思っていたのだが。


「この前、助けてくれたじゃないですか! それが嬉しくて……」

「そ、そうだったのか」


 好意を抱く基準は人それぞれだけれど、少し予想外の展開すぎた。


 困ったな、紫野を傷つけたくはないが、俺は彼女の想いを拒否しなければならない。俺には麗奈が……あれ? 紫野、さっき俺と麗奈の関係を認知しているって言ってなかったか? 


「つまり二股でもいいと……?」


 そう聞いた瞬間、彼女の目から光が消えた。そして唇が不気味な笑みを象る。


「くくっ、違いますよ……。私が……私が桜田君を姫川さんから寝取ってやるんです……!」

「紫野……お前」


 これが、紫野の本性……? 普段は教室で友人達と過ごしているし、特に異常な言動などは耳にしたことがなかったため、ツインテール巨乳の可愛い普通の女子生徒という印象しか抱いていなかった。


 彼女はゆっくりと俺に近づいてくる。


「ふふ、いい顔ですね」


 彼女の手は既に俺の腰に伸びていた。慌ててその腕を掴みながら距離を取ろうとするが、どうも上手くいかない。


「あぁ! もう!」


 俺は紫野を突き飛ばした。そのまま屋上の柵に背中を預ける。彼女は尻もちをついてしまった。それでもなお笑みは浮かべている……。


「……っ、桜田君って意外と乱暴なんですね……そんなところも好きですよぉ」

「もうやめてくれ、俺には麗奈がいるんだ!」

「じゃあ、その姫川さんを殺してあげますよ」

「……は?」


 紫野は立ち上がり、俺の眼前まで迫ってきた。そして柵にドンと手をつくと、耳元でこう囁いた。


「私達二人の愛を邪魔する者に、容赦なんてする気はないですよ」


 俺は思わず後退りをしてしまう。しかし、すぐ後ろは柵だ。逃げ場がない。彼女はさらに近寄って来て続けた。


「桜田君はなーんにも気にしなくて良いんですよぉ。気づけば邪魔者は消えてますから。だからずっと私だけを愛してください」


 押し当てられる、紫野の豊満なおっぱい。さすがに興奮しかけてしまうが、俺はこんな場所でこんなことをしている場合ではないのだ。早く麗奈のところに……!


「もう時間がない! ごめん!」


 俺は彼女の身体を全力で引き剥がし、なんとか走り出した。


 振り返る余裕などない。


 とにかく全力で昇降口まで走った。


 そこでようやく後ろを確認する。幸いにも紫野の姿はなかったので、きっと撒けたのだろう。もしくは彼女に追う気がなかったか。


 それにしても、まさか紫野があんなに狂った奴だったとは……。 彼女の虚ろな瞳は今も脳裏に焼き付いている。

 

 まぁ今はそんなことよりも麗奈だ。早く行かなきゃ……。


 ***


 翌日の朝、H Rが終わると俺は机の上で非常にぐったりとしていた。


 腕を枕に突っ伏す。鼻を突くニスの匂い、眼前には木目模様。あいつと目を合わせたくない。


 頭上からはいくつもの声が降り注がれている。


 一つは厚井木太陽。


「おーい、コウヤー、死んだか?」

「いや……」

「どうしたんだよ、いつもみたいな嘘くさい笑顔見せろよ」

「ちょ、アンタそれどういう意味? ……光哉、元気出して! 昨日の夜だって楽しかったじゃん!」


 お次は麗奈が肩を揺らしてくる。そこにギャル仲間の銀髪ショートカット、鏡音かがみねララが参戦してきた。


「そうだよ! ほら、元気出せー!」

「そう言われてもさ……」


 三人が声をかけてくれるのはありがたいことなのだが……。


 紫野と会いたくないなー、なんて思いながら今朝登校して下駄箱を開けると、そこに手紙が入っていたのだ。そして中を確認すると――



『放課後、屋上に来てください。待ってます!』



 その文字は昨日見たものとそっくりだ。……確実に、紫野のもの。また告白か? いや、そんなわけはない。だって俺は確かに彼女を振り払った。そして麗奈と一緒に下校したのだ。紫野の告白は、どう考えても失敗に終わったはず。なのに、なぜ……。


「コウヤー、どうした? 何か嫌なことでもあったか?」

「いや、まぁいろいろね」

「ふーん。そうか。負けんな!」


 太陽が頭をぐりぐりやって来たところで、麗奈が何やら慌てだした。


「っ! ……あ、もうこんな時間! 急がないと遅刻する! 光哉起きて!」

「よ、よしじゃあ行くか」


 一限は移動教室だ。さすがにいつまでも頭を抱えているわけにはいかない、気持ちを切り替えよう。感情に支配されるのは俺じゃない。客観視は絶対的なポリシーだ。


 既にノートや教科書は用意してある。


「ごめん、みんな心配かけたっ」


 立ち上がって微苦笑を浮かべて見せると、太陽が俺の肩に手を回してきた。


「そう、その演技めいた仕草こそ、いつものお前だ!」

「そりゃ、どーも……」


 麗奈が太陽を睨んだことはもはや説明不要だ。ララは涙袋のラメを輝かせて微笑んでいる。よし、みんないつも通りだ。


 既に教室には俺たちしか残っていなかった。紫野がいないことに、自分でも驚くほどの安堵を覚える。


 そうして俺達は教室を飛び出した。

 

 紫野の不穏な発言なんて気にするもんか〜!


 ***


「ね、光哉」


 屋上の柵に手をかけながら、麗奈が振り向く。


「本当に昨日の放課後、先生に呼ばれた?」

「あぁ、もちろんだ」


 嘘をついた。


 でも何かやましいことがあったわけではない。紫野の告白はしっかりと断った。それならば先生に呼ばれていたのと変わりはない。だがこれ以上追求されるわけにもいかなかった。紫野は麗奈を殺すと言ったのだ。


 麗奈が俺を睨みつけた。


「嘘でしょ、紫野さんと一緒にここにいたの知ってるよ」

「え……」

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