ヤンデレに目をつけられた陽キャ、あの手この手で青春を邪魔される。
赤木良喜冬
第1話 ここで俺は誤った。
5月になった。
朝、いつものように見慣れた通学路を歩いていると、体調が悪そうな女子生徒が目に留まった。
「……大丈夫ですか?」
こっちは高校一年生。相手は先輩かもしれない……と思ったら、同じクラスの
彼女は可愛らしい顔を苦しげに歪め、お腹を押さえながらゆっくりと振り返る。
「あ、桜田君……おはようございます」
「おはよう。大丈夫……?」
「ちょっとお腹痛くて……」
「……そっか」
あんまり聞かない方が良さそうだ。
周囲の生徒達は、俺達を避けるようにして通り過ぎていく。
「桜田君、先に行ってください。」
「え?」
「私のペースだとおそらく遅刻です。気にかけてくれてありがとうございました」
ツインテールと大きな胸を揺らして頭を下げてきた。
さて、どうするか。どうするのが――高校生らしい選択か。
「いや、俺も一緒に遅刻するよ」
それが俺の出した答えだった。
幼い頃から小説を読み焦っていたからか、自信を客観視する能力には長けていると自負している。なかなか高校生で、今自分が高校生しているということを自覚している奴は少ないだろう。
そんなわけで俺は常に、今しかできないことをやっていきたい。
同じクラスの女子を助けて、一緒に遅刻するなんて経験は絶対貴重だし、学生である今しかできないはずだ。
紫野は眉を八の字にし、申し訳なさそうに首を横に振った。
「でも……桜田君に迷惑が……」
「迷惑なんかじゃない。気にしないで」
「ありがとうございます……」
そうして俺達は、ゆっくりと学校へ向かった。
***
あれから数日が経った。
紫野はすっかり元気になったようで、教室では友人達と過ごしている。
そして俺も変わらず、いつもの面々と青春を送っていた。青春は基本的に、高校生の特権だ。謳歌するなら今しかない。
「ねぇ、
俺の膝の上に乗っかってきた金髪ギャル。
恋人の
「ごめん、なんでも」
「ふーん、光哉は他の女のことなんて見ないもんね!」
ばっちりバレてたか……こわいこわい。
「……当たり前だろ?」
「じゃあ、いいけどっ」
俺が精一杯、自然な笑みをつくって見せると麗奈は気持ちを切り替えるように、胸元でパチンと手を合わせた。
背後から肩越しに見える、確かな膨らみ。だが。
コイツもそこそこ巨乳なのに、紫野を見た後だと寂しく感じてしまうな……なんて、俺の失礼な思考を知る由もない麗奈が、楽しげな眼差しで顔を近づけてきた。ふんわり漂ってくる柑橘系の香り。
「光哉、今日うち来ない?」
「え?なんで」
「だって最近全然おうちデートしてないじゃん」
「確かに……。じゃ、行こうか」
今日は何をして過ごそう。とにかく楽しみだ。
それはそうと、今日は親いないよな? 前回思いっきりリビングで遭遇してめっちゃ気まずかったんだから……。
そんなことを思っていると、お調子者で友人の
「おい、光哉。今日お前ん家行っていいか?」
「またあれやんの? お前一回も俺に勝てたことないじゃん」
「いや、今日は勝つね。めっちゃプレイ動画見てきたから……」
太陽はそう言いながら、視線を俺の少し下、金髪サイドテールの少女に向けた。そして「あ……」と声を漏らす。どうやら麗奈がお決まりの眼差しを向けているようだ。
「えっと……今日は麗奈ちゃんと遊ぶみたいだな。お幸せにぃ!」
「はは、それはどうも……」
「じゃあまた」
そして太陽は、逃げるように教室から出て行った。休み時間はもうすぐ終わるというのに一体どこへ向かったのだろう。
「……麗奈、怒った?」
「別にぃ」
瞳が「私との約束、分かってるよね?」と語っている。唇を尖らせたその表情は正直かなり可愛い。
にしても、男相手でもこれだからなぁ……。
「ねぇ、光哉」
ふいに麗奈が俺に抱きついてきた。身体と身体が完全に密着し、先程まで以上に彼女の体温が伝わってくる。
そして耳元で囁いてきた。
「……麗奈のこと好き?」
「大好きだ」
「えへへ、良かった」
不満げな表情が一変して笑顔になった。よし、これでご機嫌は治ったはず。
だが、唇は尖らせたままの麗奈。
「……ねぇ光哉」
「ん?」
「キスしよ!」
あ、やっぱり? そんな気がしてたよ……。しかし、ここは教室である。もう既にこんだけイチャついてるし、クラスメイト達からの冷ややかな眼差しにはとっくに慣れているが、それでもここでキスはしたくない。雰囲気最悪である。
俺は引っ付いてきている麗奈の肩を掴んだ。
「ダメだ」
「なんで? この前は光哉からしてきたじゃん」
「まぁ、それはね? だってあん時良い感じだったじゃん」
「はい、黙って」
そう言うや否や、麗奈は俺に顔を近づけ、唇を重ねてきた。彼女の甘い味に脳が蕩けそうになる。
そのまま、麗奈が舌を入れようとしてきた。
「っ!」
慌てて顔を背ける。よって、麗奈の唇が俺の頬を滑った。きっと口紅がべっちょり付いてしまっているだろう。
早く洗いに行かないと、H Rが始まってしまう。おそらく半分口裂け女みたいになっているこんな状態で、H Rに出たくない。
「続きは家でな?」
「……わかったよぉ」
「あ、じゃあちょっと俺は顔を洗いに……」
「ダメ」
麗奈の抱きしめる力が強まる。
「今日はそれで一日過ごしてください!」
ニコニコ笑顔のくせに、圧のある声音。めっちゃ拗ねてるじゃないか……。
――何はともあれだ。
俺は今、高校一年生として青春を満喫できている、この自分を気に入っている。
***
放課後になり、俺と麗奈は昇降口にいた。
「麗奈、ちょっと先に校門で待っててくれないか」
「なんで?」
「ちょっと先生に呼ばれてたの思い出してさ、本当、すぐ行くから」
「……わかった、一瞬で来て」
「お、おう……」
不安そうにこちらを見つめつつ、麗奈が校門へ向かったのをしっかり確認した後、俺は下駄箱に入っていたこの一通の手紙に目を向けた。ハート柄の可愛らしいメモ用紙。これはおそらく……。
折り曲げられていた紙を開くと、可愛らしい丸文字。
とりあえず内容を読んでみる。
『放課後、屋上に来てください! あなたにどうしても伝えたいことがあります。待ってます!』
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