第2話 転校生はコミュニケーションが嫌い?
ぼくたちが学校に着くのは、始業のベルが鳴る十五分前ほどだ。
駅から十分程度歩くわけだから、駅には都合二十五分──四捨五入して三十分前に着く計算になり、遅延が無ければ基本的にこのスケジュールが狂うことはない。
さて、ぼくたちの担任はといえば、勤勉さが取り柄の先生だ。登校するとすでに教室にいて、生徒とのコミュニケーションに余念がない。
ないはずなのだが、今日は違っていた。
「あれ、まだ先生来てないね」
教室に入った瞬間、かな子が不思議そうに呟いた。
要はそういうこと。今日は本来いるはずの先生がいなかった。
「どうかしたのかな?」
「さあ。そういう日もあるんじゃない?」
ぼくたちは席に向かう。窓側の一番後ろで、二列目と三列目。一番の特等席である一列目──窓際は空席だ。
かな子が三列目の席にカバンをひっかけ、ぼくは二列目の席にカバンをひっかけた。
それにしても教室がいつもより騒がしい。どこか浮足立っている雰囲気だ。
「なぁ」
と、ぼくは前の席でグループを作っている生徒の一人に声を掛けた。男子生徒で、名前は――なんだったか。まだ覚えきれていない。
「おはよ。なんか騒がしいけど、どうかしたのか?」
「ん? 蒼崎くん――だっけ?」
「あぁ」
「なんでも、すっごい美人さんが居たらしくてな。今まで誰も見たことが無い生徒らしいから、それで数分前から噂になってる。ほら、あいつが持ってきた噂だよ」
彼が親指で示したのは、クラスでも一番のチャラ男だ。ぼくたちと同じ電車で、通学の時に見かけることも多々あった。
今日のぼくたちは疲れていて、ゆっくりと歩くことを選んだので、それで噂に乗り遅れた、といったところか。
「なるほどね……」
「ね、浩一。もしかしてさっきの子じゃない?」
椅子に座ったかな子が、ぼくに訊いてくる
「さっきのって、電車で見てた子か?」
「うん。きっとそうだと思う。美人さんだったし」
「そんな偶然あるか? たまたま見かけた子が、噂の中心だなんて」
まぁ、あるかもしれないけど。
「お前たち、席につけー」
騒々しい教室に、先生が入ってくる。それをきっかけとして、グループになっていた生徒が各席に散らばっていった。
ぼくたちはすでに自分の席にいるので、そのまま座るだけだった。
「ちょっと早いが、朝のSTを始める。挨拶を」
ぼくたちの担任は、三十代後半ぐらいのおじさんだ。いつもジャージ姿で、担当科目は体育。
「起立、気をつけ」
クラス長の生徒が号令を掛け、椅子が動く音が響く。号令に合わせて姿勢を正した。
「よろしくお願いします!」
やる気のある奴ない奴というのは、大体こういう時の挨拶でわかる。ぼくはない方に分類される。
「さて、時間がない。まずはみんなに一人、紹介しないといけない人がいる。入ってきなさい」
教室の扉が開かれ、全員がそちらに意識を向ける。
そして、どよめき。
入ってきたのは、一人の少女だった。
「さっきの子だ。転校生かな?」
「たぶんな」
こっそり、かな子とそんなやりとりをする。
「変な時期だが、転校生だ。自己紹介を」
「はい。
先生が音を立てて黒板に名前を書いていく。しずくはひらがななのか、なんて思う。
「えー、と。それだけでいいのか?」
「大丈夫です」
「じゃあ、席は──窓際の一番後ろが空いてるな。月村さんの席はそこで」
「はい」
しかしよく通る声だ。透明感のある声で、聞いていて耳に優しい。
彼女は姿勢正しく、こちらまで歩いてくる。
彼女の容姿に注目する。肩口で切られた、少し青みがかったショートヘア。瞳も少しばかり愛が混じっている。
顔立ちが相当整っている。かな子とは方向性の違う、言うなれば美人系だ。
スレンダーな体型、身長はぼくより少しだけ小さいぐらいか。
彼女はぼくを一瞥してから、指定された席に座った。つまり、ぼくの左隣に。
……マジでか。
つまり、整理しよう。ぼくの右隣には、幼馴染で好きな人のかな子がいる。それはいい。今までもそうだった。
そして、左隣には謎の転校生。控えめに言って美人な、月村さんがいる。
「マジか……」
クラス中の男子から睨まれそうだ。というか、すでに少しばかり視線が痛い。
まぁ、とりあえず。
「よろしく、月村さん」
挨拶しておいた。彼女は目線だけをこちらに向け、
「私は誰とも仲良くしないわ」
冷たくそう言い放ったのだった。
転校生の紹介の後、軽く連絡事項があってからSTが終わる。そこからは次の授業の準備が始まる。
準備といっても、教科書とプリントをカバンから出すだけだが。
カバンには性格が出る。ぼくは楽をしたいからリュックサックだけど、かな子は学生カバンにこだわっている。なんでも、学生の証の一つだとか。
で、月村さんもまた学生カバンを使っていた。ただし、かな子の紺色とは違い、茶色の上品そうなカバンを持っていた。
ぼくがカバンから教科書を取り出し終わった頃には、月村さんの席に人だかりができていた。
「月村さんって、前はどこの学校にいたの?」
「あなたに関係あるの、それ」
「月村さんって、部活とか入る?」
「馴れ合いが嫌いなの。部活はしないわ」
「月村ちゃんって彼氏居る?」
「月村ちゃんと呼ばないで」
おっとこれは手厳しい。断固コミュニケーション拒否の構えだ。てか最後の男子、いきなりちゃん付けは普通に失礼だぞ。
それに、困ってるように見える。そりゃあ、見知らぬ環境に見知らぬ人たちだしな。
助け舟を出してやるか。
「なぁ、お前ら。もう授業始まるぞ」
「えー、空気読んでよ。蒼崎くんは隣の席だけど、うちらは席遠いんだし」
「だからって、月村さんを困らせるのはダメだろ。それに──」
一限開始のチャイムが鳴る。一限科目の先生が教室に入ってきて、生徒たちが大慌てで戻っていくのを見届ける。
「もう授業が始まる」
というぼくの言葉は誰かに届いたのだろうか。それはわからなかった。
「えー、今チャイムが鳴ってから席に着いた子が何人かいました──」
という先生の説教を聞き流しながら、ぼくはチラリと月村さんを見やる。
彼女はたっぷりの教科書が詰め込まれたカバンと睨めっこを始めていた。
「一限は英語コミュニケーションだよ」
再びの助け船。まだ授業予定を貰っていないらしいし、これぐらいは受け入れてもらえるだろう。
「別に困ってなんかないわ」
「そ。じゃあこれはただの独り言ってことにしとく」
しかし本当に拒絶してるなぁ、とぼんやり思った。
その生き方は生きづらいだろうけど。それは月村さんの人生の選択で、ぼくの人生には関係ない。
関係ないのだけど、手助けした時ぐらいは素直にありがとうって言ってもらいたいものだと思ったし、そうしたほうがよっぽど生きやすいと思う。
「ねぇねぇ」
と、右隣から小さな声が聞こえてきた。
「月村さんにばっか注目しないで、前向いたら? そろそろ目を付けられるよ」
かな子の言葉には、少しばかりの怒気が感じられた。まるで、拗ねているかのようだ。
「ちょっと怒ってる?」
「怒ってない」
「怒ってんじゃん……いや、拗ねてる?」
「拗ねてない!」
「蒼崎、如月」
と、今度はガッツリ怒気を孕んだ声が聞こえてくる。目の前の、先生から。
ちなみに、如月とはかな子の苗字である。
「何か意見でも?」
「いえ、なんでもないです」
「なら、私語は慎め」
「はい……すみません」
反省してまーすというような声を出して、ぺこりと頭を下げる。
嫌な目立ち方をしたな……とため息を吐いた。
それから、左に目線を向けた。
そこには、呆れたというような目線を向ける月村さんがいるのだった。
幼馴染がかわいすぎてヤバい! アトラック・L @atlac-L
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