幼馴染がかわいすぎてヤバい!
アトラック・L
第1話 幼馴染がかわいすぎる!
「こーうーいーちー! 朝だよー!」
ボフン。そんな重いんだか軽いんだかよくわからない音を鳴らしながら、ぼくが安眠を楽しんでいるベッドに飛び込んでくる人物がいる。ぼくはそれで、朝になったと認識する。
そいつは毎朝こうやってぼくの部屋に入り込み、アグレッシブに起こしやがる。
「おーまーえーなー!」
むくりと起き上がり、ベッドに飛び込んできたそいつを睨む。
「いつも言ってるだろ、ベッドに飛び込むのはやめろって!」
「えー、なんで?」
「寝覚めが悪い。かな子だって、毎朝衝撃で起こされちゃたまったもんじゃないだろ」
「わたしは浩一にだったらいいよ」
「いいよじゃない……」
諦めに近いため息を吐いてみせる。まぁ、実際のところは寝覚めうんぬんはそこまで問題じゃないのだが。
呆れたとばかりに、少しばかり伏目を意識する。チラリ、かな子に目線だけ向けた。
少し長めの、綺麗な黒髪。ツインテールにしている。柔らかめの輪郭と、タレ目が愛嬌を演出している。
服は学生服。シンプルなYシャツに、紺色のカーディガンとリボン。それにスカート。
そして立派な二つのアルプス山。それはもう、たわわに実っとるわけです。
で、だ。これでぼくが成人男性で、それが二十代後半ぐらいで、なおかつ好みが年上ならばまだ救いはある。
だが現実には、ぼくは男子高校生で、十代後半で、なおかつ好みが同年代の子なのだから困る。
まぁ、つまりだ。最近幼馴染のかな子がかわいすぎてヤバい。思春期真っ只中のぼくには、あまりにも刺激的なのだ。
煩悩退散煩悩退散。
ぼくは上半身を起こし、軽く頭を掻く。
「で、今何時だ?」
「七時。おばさんがご飯用意してくれてるから、一緒に食べよ!」
「一緒にって」
今日も食ってく気かよ、という言葉を飲み込んだ。いつものことだし、いちいち気にしてらんない。
ただまぁ、最近かな子の飯を食ってる時の妙な色っぽさに、目のやり場に困るのはある。
「さ、着替えた着替えた!」
「急かすんならまず部屋から出てってくれよ……」
「あー! 一丁前に恥じらいなんか覚えてるー! 昔は一緒にお風呂にも入ったのに、恥ずかしいんだぁ」
にやぁ、とかな子がからかうように笑う。
そりゃあ恥ずかしい。幼馴染とはいえ、同年代の異性に着替えを見られるのは恥ずかしい。
まして、かな子のような美少女ならなおさらだ。
つか、かな子は自分が相当かわいいって自覚してんのか?
白状しよう。ぼくはかな子のことが好きだ。幼馴染だからこそ、そういう目では見ないように努めてきたつもりだったが、ここ最近では好きの気持ちが大きくなりすぎている。
だから、まぁ。着替えを見られるのは尚更恥ずかしいのだ。
「ほら、着替えるから先に一階行ってろ」
今日もぼくは、想いに蓋をする。ただの幼馴染でいれば、きっといつまでもそばにいられるから──。
「お前、のんびり食うのにもほどがあるだろ!」
好きである事と呆れることは同居する。かな子はいつもご飯をゆっくりめに食べるのだが、今日はとりわけ遅かった。だから今こうして全力ダッシュしている。
家から駅まで十分。電車が来るまでも十分。余裕はこれが全くもって存在しない。
「だっておばさんのご飯が美味しかったんだもん!」
「昨日も食っただろ、カレーは!」
「二日目のカレーは別格なんだよ!」
走っていると、必然声も大きくなる。肺活量が増えるためだと思う。知らないけど。
とにかくそういうわけで、ぼくたちは駅舎に飛び込んだ。
ICカードの定期券を、半ば叩きつけるように改札口にかざし、対面式ホームに移動する。駅舎が二階にあるため、結果として階段の上り下りがあって、運動量が足りないぼくを傷つける。
それに加えて、季節は夏に差し掛かっている五月の中旬。地球温暖化著しいこの時代では、五月はわりと夏だ。
階段を駆け降りると、すでにホームには電車が滑り込んでいた。特徴的なブレーキ音が響く。
「あぶねぇ!」
半ば駆け込み乗車。幸いにも注意されなかった。
電車の中に入ると、スッと涼やかな風が体を冷やしてくれた。この季節、しっかりとエアコンが効いてくれるのが嬉しい。これがもう少し季節が進むと、まったく効き目を感じないのだから、今から憂鬱である。
「いやー、危なかったぁ。もう少しで乗り損ねるところだったよ」
「そしたら俺まで遅刻だ。せめて一年の間ぐらいは、遅刻せずに優等生を演じていたいな。だから、もうちっと朝飯を早く食ってくれ」
「えー。浩一が早く起きないのが悪いんじゃん」
「今八時半だろ? 家を出る一時間前には起きてるんだから、早いほうだと思うけどな」
「それを言ったらわたしは六時起きだよ」
「朝起こすのをやめたら、もうちょっと寝れるだろ」
動き出した列車の中で、ぼくたちはいつものように会話をする。ぼくたちの関係性はおおむねこんな感じだ。
互いに気兼ねなく話し合える関係性。その関係性を壊すのは、かなり勇気のいることだと思う。
……そしてぼくは、臆病者だ。
「……て、あれ?」
「どうした?」
ぼくから目を外したかな子が、どことなく不思議そうな表情を見せた。ぼくは気になって、彼女の目線の先を追う。
「あの子」
かな子が見ていたのは、一人の女生徒だった。遠目だけれど、結構顔立ちは整っているように思う。
「見ない子だなって」
ふーん、と返事をする。彼女の興味が、何処の馬の骨ともわからぬ男にないのであれば、彼女が誰に注目しようが関係ない。
ただ、無性に腹が立ち、面白くないけれど。
「ま、別のクラスとか他学年とかだろ」
「うーん、そうかなぁ。あんな美人さんなら、噂に聞いて知ってると思うけど」
「美人?」
ぼくはそう訊き返す。この距離だと、ぼくの目にはその女生徒が美人かどうかなんてわからない。せいぜいが顔立ちの整いぐらいしかわからなかった。
「そ、美人さんだよ。なんだろう、全体的に──綺麗って感じがする」
きっと無意識的なのだろう。憧れるように、かな子は手を伸ばす。
「いいなぁ……わたしもあんな風になりたいな」
ボソリと、かな子は呟く。その言葉をぼくは、あえて聞き逃すふりをした。
「なんて?」
「ううん、なんでもないよ」
そんなに気にしなくても、かな子はそのままで十分美人だし、かわいいと思うのだけど。
なんとなく気まずくなって、ぼくは電車の中に視線を向ける。
車内の混み具合はそこそこ。座れはしないけど、立っているのは苦にならない程度。
車両は中間車両。八両編成のうちの四とかそこら。ぼくたちはこの電車で数駅のところにある高校に通っている。
車輪が軋みを上げる。ぐらりと車体が揺らぎ、意識が謎の少女の方に向いていたかな子がよろける。
「っと」
ぼくはかな子を受け止める。
「大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫」
「危ないから、吊り革握ってろ」
車体が落ち着いたことを確認してから、かな子を解放する。それから一歩引いて、かな子が吊り革に手を伸ばすのを確認した。
それから、ふぅとため息をつく。気づかれないように、鼻から息を深く吸って深呼吸。
……良い匂いがした。胸が当たって、柔らかかった。あの胸に包まれて、ふんわりとした花のような匂いに酔いしれたい。
「……なんか変なこと考えてる」
じと、とかな子がぼくを睨んだ。表情が緩んでいたのか、あるいは強張っていたのか。
「イエ、ベツニナニモ」
「カタコトだし。ずっと一緒にいるんだから、わからないはずないでしょ。ま、いいけど」
と、かな子は吊り革を掴んだままぼくに近づいてきて、
「人に言えないようなこと考えてた?」
「う……まぁ」
「そっか。そっか……ふふ」
なんか嬉しそうだな、おい。
バレた瞬間に白い目で見られることは覚悟したし、実際そうなるだろうと思ったのだが……むしろ嬉しそうで、どうしてそうなったのかがぼくにはわからなかった。
『次は──』
「あっ、もう駅だよ」
電車がホームに滑り込んでいく。停車の衝撃の後に、ドアが開いた。かな子が踊るように車外に出て、ぼくはそれを追いかけた。
しかし……なんで嬉しそうだったんだ。
その疑問だけが、ぼくの中にしこりのように残った。
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