第12話 思い出づくり

 寒さも和らぎかけた早春に、なぜかミシェルはルミナに聞いてきた。

「僕、そろそろ卒業するから、記念にどこか姉さまと出かけたいなぁ。いいですか?」

 ルミナは嬉し気にメモを取り出した。

『卒業記念ね! 素敵ね。ミシェルはどこか、行きたいところはある?』

「……姉さまの行きたいところがいいんですけれど。遠いところでもいいから」

 そう言われて、ルミナは悩んだ。もともとあちこちでかける事はすくなかったが、この呪いにかかってからは輪をかけて、遊びのため外出することはなくなった。

 ミシェルによって、都に呼び出されるまでは。

『私、ここに来たこと自体がもう、『お出かけ』なのよね……』

 するとミシェルはフフッと笑った。

「でも、僕の世話をしてくれてばかりで、姉さまは一度も遊びにいったり、羽を伸ばしたりしてないじゃないですか。だから……なんでもいいから。ほしいものはない? 食べたいものとかは?」

 うーんと悩みこんだルミナの脳裏に、ふと街の広場で見た噴水が浮かんだ。

『あの……それなら、広場の噴水を見に行きたいわ』

「噴水? そんないつでも見れるようなものじゃなくて、もっといいものを見に行っていいんですよ、姉さま。汽車に乗って、泊りがけでいったっていいし……」

 ルミナは必死に説明した。

『あのね、あの噴水、夜になると、魔法鉱石のイルミネーションで水が虹色に光るんですって』

「ああ、夜のイルミネーションね……」

 彼にとっては珍しいものでもないのか、ミシェルはつぶやいたあと、もう一度ルミナに念を押した。

「本当に、そんなものでいいのですか? 北に旅行にいけば、まだ雪やオーロラが見れるし、逆に南にいけば、今はネモフィラやプラムの並木道だってありますよ。少し早いけど、海の別荘街に行ってもいいし……」

 ミシェルは次々に花や景勝地の名前を挙げたが、ルミナは首を振った。

(忙しいし、まだ学生のミシェルに、無駄に時間やお金を使わせるのは悪いわ……)

 卒業旅行なら、それこそ学友たちと素敵な場所に行ってほしい。きっと一生の思い出になるだろう。

 ルミナは笑顔で首を振って、メモに書き付けた。

『ううん、いいの。ミシェルと二人で、光る噴水を見に行きたいわ。きっと綺麗だし、一人ではなかなか行けないもの。今の時期いかないと見逃しちゃうわ』

「そう。わかった」

 きっぱりとしたルミナの態度に、ミシェルはちょっと釈然としなそうだったが、了承したのだった。

「いろいろと準備するから……そうだな。来月の一週目の木曜日、開けておいてくれますか?」

『わかったわ』

 開けるもなにも、ルミナに予定なんてない。

 だからつまり、ただ夜ちょっと外に出て、そこまで歩いて噴水を見に行く。ルミナはそのつもりでいたのだが――

 約束の木曜日の夜、いつものように彼を玄関で出迎えたルミナは、ミシェルの恰好におどろいた。

「ただいま姉さま。どう? 似合っていますか?」

 ミシェルは金髪をきっちりとセットし、ディナージャケットにネクタイを締めた、タキシード姿であったのだ。

 金髪に、黒いジャケットがよく映えている。すらりとした立ち姿に、前髪を上げていることによって、いつもと違って――ミシェルはまるで大人のようだった。

(いいえ、違うわ。もう大人なんだわ、彼は)

 ルミナはまるで母のような気持ちで、嬉しく彼を眺めた。

「姉さま? その……あ、似合ってない、かな……」

 ルミナは首を振った。

『ううん、とっても似合っているわ。もうすっかり、大人になったのねって、見とれていたのよ』

 そう書くと、ミシェルは照れ臭そうに、でも嬉しそうに笑った。

 そしてルミナを見て、あ、とつぶやいた。

「僕があげたリボンをしてくれたんですね。似合っています」

 透け感のある紫色のリボンを、ルミナは今日初めて身に着けたのだった。

『ありがとう。ミシェルの贈り物、どちらも素敵だわ』

「気に入ってもらえてよかった。じゃあ、行きましょうか」

『ええ。楽しみだわ、噴水』

 ルミナが玄関に踏み出すと、エスコートするつもりなのか、ミシェルは腕を差し出した。

「ええ、でも噴水の前に、姉さまを連れていきたい場所があって」

 まぁ、どこかしら。そう思いながらもミシェルのエスコートに従い、馬車に乗り――ついた行き先は、ドレスブティックであった。

(えっ?)

 ちょっと面食らうルミナに、ミシェルは言った。

「せっかくだし、姉さまもドレスアップしてほしくて」

 店内に足を踏み入れるや否や、ミシェルは店員の女性に声をかけた。

「彼女に、ディナー用のドレスが欲しくて」

 店員は張り切って、たくさんのドレスを腕にかかえて、ミシェルとルミナの前に並べていった。

「こちらのアクアマリン色のドレスはいかがでしょう。お客様の黒髪に映えますわ。それから葡萄酒色のもおすすめですわ。お肌が白くていらっしゃいますから、こちらのスカーレットも、純白もよろしいかと」

 次々とドレスが出されて、ルミナは困惑してしまったが、ミシェルは嬉しそうにいきいきと店員と話し始めた。

「この淡い紫色も素敵だね。水色のも、深紫も……」

 ご試着なさいますか? のお言葉に、ルミナが断る前に、ミシェルがぜひ、と答えていた。

 なので――ルミナは一人、ターコイズ色のカーテンに囲まれた試着室で、初めて着るような豪奢なディナードレスを着るはめになった。

(こ……こんな肩の出るドレスは、初めて)

 それもそのはず、ルミナが夜、出かける用事も機会もなかったからだ。

(ちょっとそこの噴水を見に行くつもりだったのに、いきなりこんなことになるなんて……)

 初めての体験にちょっとドキドキしながらも、ルミナはドレスに裾を通していった。着ると外から声がかかり、ミシェルはルミナを見たがった。

 ので――恥ずかしかったが、そのたびに店員さんにカーテンを開けてもらった。

「水色! 爽やかで素敵だ。噴水の女神みたいです」

「ワインレッドも似合います。ぐっと大人っぽく見える……」

「やっぱり白もいいです。お姉さまらしい」

 あれこれ着るたびにミシェルは悩み、ルミナに聞いた。

「どれも捨てがたいなぁ。うん、よし、姉さまはどれが一番気に入りました? 指さして教えてください」

 そう聞かれて、ルミナも迷った。

(紫、赤系のは肩がむき出しでぴったりしていて、ちょっと大人っぽすぎるような……かといってふわふわの白は、汚さないか不安だし、ここは……)

 オフショルダーだがパフスリーブになっている、オーガンジィの薄紫のドレスを、ルミナは指さした。

 ミシェルは目を輝かせて言った。

「その薄紫、僕も良いと思ったんだ! さすが姉さま」

 オーロラのような光沢を放つドレスに身を包んで、ルミナはミシェルとブティックを出て馬車に乗り込んだ。

(たった少しの移動なのに、馬車まで借りてドレスなんて……)

 申し訳ないような気がしてくる。彼は一体どういうつもりなんだろう。

 ほどなくして馬車は、噴水前のレストランの車止めに停車した。

 軽々とした足取りでミシェルは馬車を降りて、うやうやしくルミナに手を差し出した。

「エスコートさせて。姉さま」

 まるで大人の紳士がレディにするように、ミシェルはシャンデリアが輝く店内でルミナをエスコートして、レストランの中へと入り、そのままテラスの席へと案内した。

「どうぞ、お姉さま」

 ルミナは驚きながら着席した。しみひとつない白いクロスの敷かれたテーブルの上には、キャンドルの光がともっていた。そして、テラス越しに、あの噴水が煌煌と光を放っている様子が見えた。

「せっかくだし、ここから噴水が良く見えるかなって思って。どうかな?」

 キャンドルの明かり越しに、ミシェルが聞いた。

 少し外に出て、普通に噴水を眺めるだけだと思っていたルミナは、驚きながらもペンを走らせた。

『ありがとう。まさか――上からこうして見れるなんて。ドレスまで買ってもらって』

 ――たしかにこの敷居の高そうなレストランでは、普段着では入れないだろう。

『ごめんなさい、気をつかわせ――』

 しかしミシェルは、首を振った。

「ううん。謝らないで。僕がしたかったんだ。姉さまと思い出を作りたくて」

 ミシェルは、ルミナをじっと見つめた。

「すごくキレイです、姉さま。お客もウエイターも、みんな姉さまを見てる」

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