第8話 ルミナに呪いをかけたのは
――一方、追い出される形になったリリアンとルカは、帰り道で激論を交わしていた。
「お前なー! あとつけて確かめるだけって言っただろ、なんで突撃すんだよ!」
「だって……だって、気になるじゃない! ミシェルに恋人でもできたのかって、ルカがけしかけたのよ!」
「そ、それはそうだけど、遠くから偵察するだけでいいじゃんか。何もいかなくなって……」
おかげでミシェルに静かにキレられたじゃねぇか、と言うルカを無視して、リリアンは考え込んだ。
「でも、あの人、本当にお姉さんなの? 今までミシェル、きょうだいがいるなんて一言も……」
「そうだな。言ってなかった。でも俺、そう言えば聞いたことはあったな。ウインター師が、養女を引き取ったとかいう話。今まで気にもしてなかったけど」
「そんな噂があったの? 知らなかったわ。ミシェルも何も言わないし」
「噂でしかなかったけど。まぁあいつ、自分の事とかあんましゃべんねぇよな。父親が有名な魔術師だから、あえて家関係のこと黙ってるんだろう。別に変じゃないだろ」
魔術師ウインターは、王の側近で、さまざまなトップシークレットを手にする立場になる。なので、おいそれと、息子も家のことは語れない。
「けど……でもそんなことじゃなくて、もっとやばいのは」
リリアンは唇をかんで言った。
「あのお姉さん、って人……呪われてる……よね?」
おそるおそるリリアンがルカをみると、ルカはあー、と頭をかいた。
「あ……それは俺も感じたかも。うまく隠してるみたいだったけど、強力なやつ、感じたわ。複雑に魔法陣が組みあがってる感じの」
そこでリリアンははっとした。
「ねえ、ミシェルが研究している呪いって」
そこでリリアンとルカは顔を見合わせた。
「あの『姉』ためだったのか」
まったく腑に落ちたリリアンは、肩を落とした。
「そっかぁ……ミシェルがあんな必死になってたのは、あの人の呪いを解きたかったから、なのか」
ミシェルは本当に、遊びにも女の子にもわき目もふらず、入学以来ずっと魔法陣と向き合い続けてきていた。
(勝ち目……ないじゃない)
リリアンのその顔は落ち込んでいて、ルカは思わず励ました。
「ま、まぁその、あくまで『姉』って言ってたし。まったくリリアンにチャンスがないってわけ、ないかもよ?」
「そうかな? あの二人、本当に姉弟だと思う? どう?」
リリアンに迫られて、ルカはやに下がった。
「いや……どうかな……」
ルカな眉根を寄せて考えた。
「本当の兄弟だとしても、そうじゃないとしても……仲は良すぎだよな、ここにきて、一緒に暮らしてくれる姉ちゃんなんてさ」
その意見には、リリアンも同意だった。
(そうよね。ただの姉弟にしてはなんだか――親しすぎる感じがしたわ)
それに。ルカにはさすがに言えなかったが、リリアンはオーラから、もっとまずいものを感じていた。
(あの呪いの色、雰囲気、ミシェルのものに似てた。もしかして、あのお姉さんに呪いをそもそもかけたのって……)
◆
「姉さま、いってきます」
ミシェルは笑顔で、玄関で手を振った。
――ルミナがここにきてから、前よりも楽しいし健康になった、とミシェルは言ってくれる。
ルミナの作った朝食を綺麗にたいらげ、彼は意気揚々と学校へと向かった。
(よかった、ミシェルが毎日元気で)
前の、他人のように冷たく、よそよそしかった彼と、またこんな関係に戻れたことを、ルミナは嬉しく思っていた。
(最後に……こうして姉弟として過ごす時間を作れて、よかった)
少ししんみりしつつ、ルミナは今日の予定をひとつづつこなしていこう、とエプロンをして気合を入れた。
(まずは、お皿の片づけ! それにお掃除を終えたら、お買い物よ)
家の中の仕事を終えたルミナは、軽い葦で編んだ籠をもって、街へ出て夕食の買い出しを行った。
――さすがに都で、昼の街中は活気があった。目抜き通りにある広場には様々な露店が出て、中央の噴水の回りでは、人々や鳩たちが憩っている。
(……素敵な場所ね)
買い物帰り、ルミナは思わず立ち止まって噴水を眺めた。
星型の白い大理石の中央に優美な水栓が立っており、そこから水が流れ落ちている。日差しを受けてキラキラ輝く噴水の水は、白い大理石に透けて、澄み渡った水色に見えた。
(きれい)
なんとはなしに、ぐるりと噴水の回りを回ると、石のプレートに由来が掘ってあった。
(へぇ……首都をここ、アノマリアに制定した記念にできた噴水だったのね。この花みたいな形は、魔術の五芒星の形を現しており……水栓は特別な魔法鉱石でできていて、夜になると美しく光り、上から見たら噴水全体が輝く花のように見える……そうなんだ)
石碑を読み上げながら、ちょっと噴水を上から見てみたいな、なんて思って、ルミナはあたりを見回してみた。するとたしかに、噴水の回りには2、3階建ての、テラスつきの高級レストランが並んでいた。
(なるほど……夜になると、あそこで食事をとって、眺めを楽しむ人もいるのね)
――高級レストランも、夜に出歩くことも、自分に縁のないことだ。
そう思ったルミナは、再び歩きだして教会へと向かった。
(場所は違っていても、私の行くところは教会。祈ることに変わりはないわ……)
故郷でそうしていたように、礼拝堂の席の端に座って、じっくりと祈る。
(神様。今日があることに感謝いたします。どうかすべての兄弟、姉妹たちに祝福を……)
熱心に祈祷を終え、目の前で組んでいた手をおろして目を開くと――
(わ⁉)
目の前に人が立っていて、ルミナは驚いた。
「ああ、やっぱりあなたでした、ルミナさん。久しいですね」
そこに立っていたのは、トマス牧師だった。
どうしてここに? とルミナの顔に出ていたのか、彼は微笑んだ。
「私? 今日はこちらで会合があったので、それに出席するためにきたのです」
少し話しませんか、と言われて、ルミナは快諾した。
ルミナの隣に腰掛けて、トマスは言った。
「手紙を受け取りましたよ。あなたが突然都会に出たという事で――心配していました」
『すみません。でも、弟が卒業したら、私も心を決めて修道院へ入りたいと思っております』
「そうですか――」
トマスは一息ついたあと、ルミナに言った。
「修道院での生活が苦にならないというのなら、正直、良い判断だと思います。あなたは多分、あの家を出たほうが良いのです」
真剣に言い切られて、ルミナは少し面食らった。
『まぁ、どうしてでしょう』
「ずっとあなたを見て感じていたことですが――あなたはきっと、あの弟さんと離れたほうが、いい」
(え)
ルミナは驚いてトマスの顔をみた。
――彼がこんな、踏み込んだことを言ってくるなんて。
でも、当たり前のことでもある。ルミナはうつむいてうなずいた。
『やはり、そうですよね。そばに私がいては、あの子の将来に良くないですから』
すると彼は、首を振った。
「いいえ、違います。あの弟さんのためではなく、あなたのために、離れたほうがいいと言っています」
そう言われて、ルミナは狐につままれたような、わけがわからない気持ちになった。
(……え? どういうこと?)
困るルミナを前に、トマスは意を決したように言った。
「あなたの肉体を縛るその呪いは――言葉を発せず、重い時には時に足や手も不自由になるという珍しいものですよね。そのことについて、よく思い返してほしいのですが」
トマスは、鋭くルミナの目を見て言った。
「症状が重くなる時はいつも、弟のミシェルさんがそばにいるときではありませんでしたか」
(え……)
ルミナは固まった。考えたこともなかった。そんなこと。
「思い出してみてください。前、ふらついたとき。歩けなくなったとき。それはどんな時でしたか」
驚きの中ながらも、ルミナは言われたとおりに思い出してみた。
最近、ふらついたりめまいがした事が、たしかにあった。
シュナイザー氏からの手紙を受け取った時と、教会にミシェルが迎えに来てくれた時だった。
ルミナは震える手でペンを持った。
『ありました……その時たしかに、ミシェルがそばにいましたが、だからと言って……』
トマスは動揺するルミナを落ち着かせるように、嚙んで含めるようにして言った。
「たしかに、偶然の可能性もありますね。ですが、一つ聞きたいのです。そもそもあなたがその呪いにかかってしまったその時、どういう状況だったのですか」
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