第7話 揺れる皇国

帝国暦125年9月30日 グラン・パルディア皇国 皇都エステコンキスタ


 大陸東部に面した大都市エステコンキスタの中央部。パルディア皇族の居城たる宮殿で、十数人の男達が喧々諤々の議論を交わしていた。


「圏外国統一のための戦争を初めて2週間…我が軍は本来であれば快進撃を続け、1か月で全ての地を征服している筈だった…筈だったのだ!」


 閣僚の一人が悔しそうな様子で叫び、玉座に座る男も不満げな様子を隠さない。何せ開戦から僅か2週間で、空母2隻を含む30隻近くの艦艇を喪失しているのだ。ミズホ連合首長国の上陸作戦も延期の色が見え始めており、軍上層部は戦争序盤での想定外の被害に計画の狂いを覚えていた。


「陛下、ここは主力艦隊をワイファのカンバース港に集め、まとまった兵力で攻め押すのが得策でしょう。こうも小出しで機動部隊を展開してしまっては、敵に各個撃破されてしまいます。ここは我が皇軍の誇り高き物量によって、戦局の優勢を取り戻しましょう」


 海軍総司令官のラバロ提督はそう説明し、皇帝は小さく頷く。戦場には未だ6隻の空母を中心とした大兵力が展開しているのである。これらを一か所に纏めた上でミズホ一点に叩き込めば、挽回の可能性はあるだろう。


「計画の子細については、ラバロ提督に一任する。何としてでも、大東洋の蛮族どもを平定するのだ」


「御意に、陛下」


 斯くして、宮殿の一室で決定が下されている頃、軍港区画では数隻の巨艦が舳先を連ねていた。その中の1隻の艦橋で、一人の男がパイプを吹かしていた。


「ストーマー提督、我々はまだ出撃出来ないのでしょうか。此度の戦争、我ら戦列艦隊も投じれば鎧袖一触となる筈なのに…」


「そう残念がるな、艦長。航空主兵派は調子に乗り過ぎた。如何に戦艦よりも優位に立てるとはいえ、水上艦同士の戦いは結局火力に勝るものが勝つ。手札たる艦載機を失った空母など価値は一気に落ちるからな」


 皇国海軍第1戦列艦隊司令官、アルフォンソ・デ・ストーマー提督はそう言いながら、広大な海を見つめる。彼はミズホが未知の新興国と手を組み、手痛い反撃を仕掛けてきた事を知っていた。


「ともあれ、我らは軍人としての務めを果たすのみ。如何なる敵だろうと真正面から戦いを挑むとしようではないか」


・・・


大東洋海域


 広大な海洋の下、深度50メートルの海中を1隻の黒く巨大な影が進む。


 海上自衛隊原子力潜水艦「すおう」は、かつて日本人民共和国海軍が保有していたシエラ2型原子力潜水艦で、南北統一によって北日本の装備が自衛隊に吸収された証明の一つであった。その性能は非常に高く、対潜訓練では専ら仮想敵アグレッサーとして活用されていた。


「艦長、ソナーに反応あり。複数の水上艦が大名行列みたいに移動しています」


 発令所にて水測員が報告を上げ、艦長の栗原くりはら一等海佐は訝しむ素振りを見せる。モニターには推進音などから構築された海図及び艦船位置が投影されており、進行方向上にて数十隻の艦船が進んでいる様子が視覚化されていた。


「これは、随分と大規模だな…音紋は取れているか?」


「ばっちりです。しかし相手さんは潜水艦を持っていないのに、駆逐艦にはしっかり爆雷やら対潜ロケット積んであるのが不思議ですね」


「この世界にはクジラよりも巨大な怪物がうようよしているからな。この前も「そうりゅう」が海竜に襲われて沈没の危機に晒されたそうだしな」


 海上自衛隊や台湾海軍、そして米海軍は多忙を極めている。何せ敵はパルディア皇国だけでなく、漁業に深刻な被害を及ぼし、航路をズタズタに引き裂こうとする生物が多いのだ。ミズホ海軍からの指導を受けながら対処を進めてはいるが、そろそろ抜本的な策が必要である様にも思えてきていた。


「しかしだ、本当に不思議なものだよ。海上自衛隊が東側の、それも過去の国の運用していた原子力潜水艦を運用するとはな。それに旧海軍の戦艦が護衛艦として共に同じ海にある。これ程までに奇妙な海軍は何処にもないだろうな」


「そうですね…そろそろこの海域を離れましょう。土産としてかなり大きいものが手に入りましたから」

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