第5話 カグヤ島沖海戦①

西暦2025(令和7)年9月25日 ミズホ連合首長国カグヤ島沖合


 日本海や東シナ海と全く異なる青い海を、十数隻の艦船が白波を立てながら進む。海上自衛隊第1艦隊は1個水上打撃艦隊を前衛に立て、再度攻撃を仕掛けてくるであろう


「司令、クリス2より入電です。敵艦隊を捕捉、位置は方位021、本艦からの距離21万との事。数は空母2、水上艦26の28隻程度との事です」


 艦隊旗艦を務める航空機搭載護衛艦「かつらぎ」の艦隊作戦司令部に、艦載機からの報告が届く。21世紀に初めて建造された正規空母である本艦は、有事には1個航空団に匹敵する48機の戦闘機と、対潜攻撃や海難救助等を担う12機の対潜哨戒ヘリコプター、そして早期警戒機や電子戦機など合計70機近くを搭載・運用する。そしてその後続にはあまぎ型航空機搭載護衛艦「あたご」の姿もあった。


 第一次世界大戦終結後、戦争特需で得られた利益は海軍艦艇の整備よりも、それらを建造・運用する施設の新設と拡充に用いられた。その中の一つが大分県大神おおがの大神海軍工廠で、そこを含む関東大震災の被害を受けなかった西日本各地の工廠にて、八八艦隊計画に盛り込まれていた巡洋戦艦の建造予算と使用予定艦名を利用して4隻の航空母艦が建造された。


 その伝統ある空母の名を受け継いだのがあまぎ型航空機搭載護衛艦で、基本設計はかつらぎ型のベースとなっている。その三番艦たる「あたご」は、「かつらぎ」と同様の艦載機を搭載し、明らかに過剰な兵力を展開していた。


「ふむ、規模としては我が艦隊と同等か…となると、先ずはこちらが制空権を握るのが先となるな」


 艦隊司令官の高杉和雄たかすぎ かずお二等海将はそう呟きつつ、ミズホ国防軍オブサーバーのススキ少佐に振り向く。


「少佐、敵が魔法を用いて奇襲を仕掛けてくる可能性はあるかね?」


「それにつきましては、現在探知魔法による警戒を担う部隊によって事前把握を成しております。それに敵が行った『転送魔法』はあくまで戦争序盤のイニシアチブを奪うためのもの。ここからは物量に任せた正攻法で攻めてくるでしょう」


「そうか…まぁまた奇襲を仕掛けて来ても、貴軍からの協力を用いて正確に迎撃するだけの話だがな」


 そう言葉を返しつつ、第1航空護衛群司令の飯野いいの三等海将に指示を出す。


「飯野三将、直ちに航空隊を出せ。先ずは敵の航空戦力を全て撃破し、制空権を奪い取る。格の違い…いや、下手に喧嘩を売った報いというものを思い知らせてやれ」


「了解。「かつらぎ」及び「あたご」航空隊、直ちに出撃。前衛の露払いは任せた」


 命令が下り、「かつらぎ」艦内と甲板上が喧噪で満ちる。海上自衛隊航空集団における空母艦載機部隊は米海軍の空母航空団を参考にしており、今回の場合「かつらぎ」には長崎県大村を拠点とする第32航空隊が搭載されていた。


「おいセラ、さっさと出るぞ!急げ!」


 第321飛行隊の隊長を務める田村たむら二等海佐に促され、アーニャ・セラはヘルメットで白いボブカットの髪を覆いながら甲板に上がる。そして錨と2本の交差する剣のエンブレムを尾翼に描いた〈オルラン〉のコックピットへ滑り込む。


 キャノピーを閉めてエンジンを起動させると、タキシングによって移動し、カタパルトへ到着。前脚とカタパルトのフックをひっかける。あまぎ型が蒸気機関駆動でかつカタパルトも蒸気で動かしていたのに対し、かつらぎ型は機関をガスタービンに変更。それに伴いカタパルトも大出力発電機で得た電力を用いた電磁式カタパルトにしていた。故にレールからは蒸気の霧は発生していない。


『管制室よりブラボー4、発艦を許可する』


「ブラボー4、ラジャ。クリアフォー・テイクオフ」


 カタパルトが一気に機体を引っ張り、〈オルラン〉はブラストディフレクターにジェットを叩きつけながら滑走。一気に空中に躍り出る。そして編隊を組んでいき、先発して展開するE-2J〈ホークアイ〉よりレーダー情報を受け取る。


『スカイウォッチよりブラボー各機、敵は既に艦載機の展開を進めている。先ずは敵の数を減らしてくれ。余った敵は艦隊の方で対処する』


『ブラボー1、了解。博多湾での屈辱を倍返しでやってやれ』


「了解。ブラボー4、交戦開始エンゲージ


 レーダーで敵を捉え、照準。そして呑気に艦隊へ向かい始める敵機群に攻撃を開始した。


「ブラボー4、フォックス3」


 99式空対空誘導弾が一斉に放たれ、計24発の不可避の一撃が超音速で迫る。敵にはそれらを把握する早期警戒機などなく、そして福岡での戦闘でも様々な手段でミサイルを回避・防御する術を有していない事は把握済みだった。


 果たせるかな、数十秒後にミサイルの分だけマーカーがヘッドマウントディスプレイから消える。だが同情する気にはならなかった。相手はすでに虐殺と蹂躙の戦争犯罪を犯している。故に彼女達はただ無感動に相手を落とすだけだった。


『海の方では、打撃艦隊が直接攻撃を試みている。彼らの負担を軽くしてやれ!特に旗艦は『横須賀の婆さん』だ、全機叩き落とす!』


「言われずとも分かっていますよ、ブラボー1」


 アーニャはそう答えつつ、『横須賀の婆さん』こと大型護衛艦「しなの」に乗る、自身の遠い親戚の顔を脳裏に浮かべていた。

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