第1話 その国の名はミズホ
我が国において外交とは、国家として最適な生存方法を得るための手段である。それは『日本』という場所が二つに分かたれ、互いに国家として認めていなかった時代には、戦争の果てに共倒れという破滅を辿る事を防ぐための最善の手段であった。
そしてその外交は、我が国が見知らぬ世界に迷い込んだ『転移』の時にも十二分に効力を発揮した。特にミズホ連合首長国は我らの基準から見ても上品な態度から来る良質な外交的対応を見せてくれた。
ただ我らにとって不幸な事は、何かしら対立や問題が生じた時に接した国の多くが、太平洋戦争末期のソ連や東アジア大戦直前の中国よりも薄情かつ強欲だったことだろう。
(ある元外務省高官の著書より)
・・・
西暦2025(令和7)年8月18日 ミズホ連合首長国東部 オノゴロ島オノゴロ市沖合
「しかし、随分と不思議な国ですね」
「しなの」の艦橋から、
そこに住まう人々は、さらに不思議だった。日本人っぽい人も相当数いるが、明らかにヨーロッパ系の顔立ちと髪を持つ人が着物をまとい、髷を結っている姿もあり、エルフやドワーフ、ゴブリンも同様の出で立ちをして生活を成しているのは中々に衝撃的な光景であった。
「ファンタジーの中の存在が、こうして昔の日本人みたいな暮らしを送っているなんて…しかし、国籍不明船を臨検した後、『お客さん』は増援に任せて私達はこのままこの国に向かえとは…」
「上は本艦をただ働きさせるつもりはない、という事だろうな…例え乗員に瀬良の人間がいたとしても、だ」
副長の言葉に、麻美子は苦笑を返すしかなかった。
・・・
東京都千代田区 内閣総理大臣官邸
日本の政治・経済の中心たる東京は、異常事態が起きた直後であるにも関わらず、平静を保っていた。都内各所では機動隊と陸上自衛隊第1師団が展開し、治安維持に当たっていたからである。
その都心中央にある首相官邸に、一人の女性が訪れていた。そして彼女を招いたのは、この国の為政者たる
「こうして会談の場を設けて頂き、感謝します。オオカワ首相」
「いえ、我々としても好都合でしたので…しかし、お供の方々は非常に個性的ですね」
大川首相はそう言いながら、彼女の背後に立つ二人の男を見やる。片方は日本の昔話の類に出てきそうな鬼で、もう片方は犬の頭を持つ大男だった。
「ええ…我が国は、身分はあれど自らの手で定めた法の下での平等を成しておりますので…ですが西には、それを否定し乱そうとする国があります」
黄金色のロングヘアーが印象的な女性はにこやかに微笑みながら、語り続ける。
「私はミズホ連合首長国より外交使節代表として参りました、カガリ・タカツカサと申します。単刀直入に申し上げますと、貴国はいわゆる『転移』に巻き込まれたのだと考えております」
「転移、ですか…?」
「ええ。この世界は古来より、異なる世界より陸地が迷い込んでくる事で成り立ってきたのです。これは神話や伝承上の内容のみならず、実際に観測されてもいます。さらに西の大国では、異なる世界より魔法で人々を引き入れ、自国の国力増強に用いる事が公然と行われていました」
カガリの言葉に、大川は怪訝な表情を浮かべる。だがミズホなる国の人口構成やら、今彼女が日本語を当然の様に用いている様子から見ると、これは本当の事の様である。
「そして現在、西の大国グラン・パルディア皇国は我が国を含む文明圏外諸国を侵略せんとしています。彼の国は強大な軍事力を誇り、そして亜人族を容赦なく奴隷としております。貴国はそんな非常に厳しい時期に、この地に転移してしまったのです」
カガリはそう言いつつ、大川に1冊のノートを手渡す。ページを開くと、そこには様々な写真や図面が掲載されていた。
「我が国の要望としては二つ。一つは我が国と対等な関係を築く事。もう一つは軍事的援助を我が国含む文明圏外の同盟国に実施する事。この二つを実施していただければ、少なくとも我が国とその同盟国は、食料及び資源の面で貴国に恩義を報いましょう」
「…成程。分かりました、出来る限り早く要望に応えられる様に努力致します」
「感謝します、オオカワ首相」
カガリは頭を下げ、礼を述べる。その態度は真摯そのものだった。
3日後、政府は記者会見にて『転移』の件と、ミズホ連合首長国と国交を結んだ事を発表。資源・食料問題もある程度の解決が見込まれた事により、支持率は回復するのだった。
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