プロローグ 遭遇

 皆には、目指す者というものがありますか?


 少なくとも、私にはそれがあった。それは、偉大な祖父の様な船乗りになる事でした。


 今から150年以上前、旧帝国海軍時代から船乗りを輩出してきた名家である瀬良せら家。曾祖父はフィリピンを巡る海戦で名を上げ、沖縄を巡る争いにて多くの軍艦を道ずれにする形で嵐の中に散った『英雄』でした。その曾祖父には三人の息子がおり、うち次男が私の祖父でした。


 太平洋戦争が終わった後、日本と朝鮮、そして中国は二つに分裂していました。祖父は海上自衛隊に入り、50年にも及んだ冷戦の時代の多くを船乗りとして過ごしました。私は物心がついた時から、祖父の家に遊びに行くたびにその事を聞いていました。


「瀬良の名は、『北』にもある。私の兄は、『北』の将軍の一人だった。いずれマミも、瀬良の血を受け継いだ者に会うだろう」


 南北統一から僅か10年しか経っていない頃の、海を見渡す事の出来る場所にある家の客間で、祖父は私の頭を撫でながら言う。その機会は割と直ぐに訪れました。


 小学3年の頃、最初の学期が始まった頃に来た、金色の髪と蒼い瞳が印象的な転校生。在日米軍の関係者の子供が多く通う事で知られる小学校でも珍しい人でした。


「アーニャ・セラです。よろしくお願いします」


 ロシアの血を多く受け継ぐ『日本人』。その出自を理由に嫌がらせしてくる人は多かったが、自衛官だった父を知る者が多い故郷にて、私の『親戚』に余計な手出しをし過ぎる事の危うさは、教育委員会やPTAの間で共有されていた。


 勿論、私はアーニャと直ぐに仲良くなりました。曾祖父を共有する親戚であり、『坊が岬の軍神』の末裔を崇敬する事から、私達は高校卒業後、防衛大へ進みました。父はその進路に関して思うところはあったそうですが、その決断を否定する事はありませんでした。


 卒業後、私は海上自衛隊に入りました。祖父が現役だった頃には、海上自衛隊で女性の船乗りはさして珍しいものではなく、過去の戦争の時には多くの女性自衛官が活躍していました。アーニャも海上自衛隊航空集団に入り、共に『名家の伝統の後継者』と持て囃されました。


 そして、私達の将来が大きく変わるきっかけとなったのは、戦争の終結から30年の月日が経った頃の事でした。


・・・


西暦2025(令和7)年8月16日 日本国長崎県五島列島より北西に250キロメートル 韓国済州島沖合


 広大な海洋を、1隻の灰色の巨艦が進む。塔の様に聳え立つ巨大な構造物には様々な電子機器や兵装が備わり、堅牢そうなイメージを目撃者にもたらす。だが一番目を引くのは、艦首側に2基、艦尾側に1基備え付けられた、巨大な砲塔だろう。


「艦長、前方より船舶が接近してきます。方位010、数は1」


 大海原を見渡す事の出来る艦橋にて、航海科員は報告を上げる。それを聞いた艦長の能登のと一等海佐は唸る。


「ふむ…調査航海に駆り出されたと思えば、この様な遭遇をする事になろうとはな。一応発光信号を送ってみろ」


「了解」


 部下が指示に応じる中、能登は脳裏にて先日の事を振り返る。


 事の発端は、8月15日の真昼の事だった。南北日本の統一を記念した式典が執り行われている最中、突如として日本全体を微小な地震が揺らした。その直後、全ての通信が途絶し、日本は大混乱に陥った。


 社会がある程度混乱から回復した頃には、直ぐに連絡が取れる国・地域は台湾、韓国の済州島、ロシア領北樺太、そしてアメリカのマリアナ諸島やグアムしか無く、政府は直ちに調査を開始。すると海上自衛隊哨戒機が済州島の西側に陸地を発見。直ちに艦船による確認を行う事としたのだ。


「とはいえ、この様な仕事はより身軽な艦にやらせるべきだろうに。佐世保の連中め、手間を押し付けてきやがって…」


「まぁ、文句はそこまでにしておきましょう。在日米軍も東や南の調査で忙しいですしね」


 航海長は能登にそう話しつつ、双眼鏡で周囲を見渡す。能登は小さくため息をつくしかなかった。


 彼が率いる艦、大型護衛艦「しなの」は、今から80年以上前、1942年に横須賀海軍工廠で竣工した大和型戦艦の三番艦である。長女の「大和」が某が岬沖で米海軍の戦艦7隻を自らもろとも嵐の海の底へ引きずりおろし、激戦を生き残った次女の「武蔵」が、ビキニ岩礁で原子爆弾の実験に用いられる中、彼女と末妹の「飛騨」は海上警備隊を経て海上自衛隊護衛艦隊の主力艦として引き継がれたのである。


「艦長、相手船より返答ありました。『本船は使者を乗せている。我が方に敵意は無い』との事です」


「そうか…臨検を開始する。内火艇を出せ」


 能登艦長は指示を出しつつ、一人の女性自衛官に顔を向ける。そして話しかけた。


「瀬良、これから忙しくなるぞ」


 斯くして、海上自衛隊護衛艦「しなの」は、済州島沖合にて国籍不明船と遭遇。平穏に接触する事に成功する。

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