14.脱出

 空里たちを乗せたトラクラゴンは、正に昇竜となって巨大樹ギアラムの幹の中を駆け上がっていった。


 水の流れは上へ向かっているので、スピードはいや増している。

 しかし、気密シールドから染み出す水の量も増え、四人はずぶ濡れになりつつあった。

 ミマツーが叫んだ。

「どこまで昇るの! 出口はどこ!」

 ネープは答える。

「追っ手を完全に引き離すまで昇る! 出口はそれから作る!」

「はあ!?」

「その前に溺れちまうぜ!」

 シェンガが悲鳴に近い声をあげた。

 空里は半透明の幹の外側に目をやり、追っ手の姿を探したがよく見えない。

「逃げ切れたんじゃないかしら」

 完全人間の少年はリストバンドに仕込んだレーダー画面を見せながら、主君の楽観的な見立てを正した。

「目の効く連中がまだ追いすがっています。大丈夫。水流に乗っている分、こちらの方が速い。引き離せます」


 有象無象の武装集団は、賞金首の姿を求めててんでんバラバラに散っていったが、生き残った人狩賊ペルセイダーたちはプロハンターの嗅覚で獲物の動きを読んでいた。

 幹の周りにまとわり付きながら、目だけでなくセンサーを駆使してターゲットの位置特定を試みる。その内の一人が、幹の中を移動するシールド反応を検知した。

「いたぞ! 上だ!」

 だが、彼らも一方で追われる身だった。

 高度をとって浮砲盤ガン・タートルからは逃れたものの、今度はユーナス侵攻軍の揚陸戦闘艇が空中制圧に動き出したのだ。戦闘艇の白色光弾が人狩賊ペルセイダーのボートの一機を撃破し、ギアラムの幹にも穴を開けた。

 穴からは大量の水が吹き出し、水流の勢いにも影響が出た。


 ネープは竜の速度の微妙な変化を感じていた。

 その上、数機のボートが迫って来ているが、そろそろ外に出るべきタイミングだ。レーダーには、接近するスター・コルベットの機影ブリップも現れていた。クアンタはうまくこちらの位置を予測してくれているらしい。

 あとは、なんとか追っ手を牽制しつつランデブーを図るしかない。

 その時、センサーの3Dマップが前方の幹から伸びる細い枝の存在をレーダーの画面に表示した。水脈もそちらに分岐している。

 少年は決断すると、空里に呼びかけた。

「外へ出ます。合図でシールドを切ってください」

 シェンガが文句を言った。

「なんでだよ! ずぶ濡れになるじゃねえか!」

「ライフルのパワーを確保するためだ。それにもうずぶ濡れだろう!」

 ネープが手綱を捻り、トラク竜は枝の中の支流に飛び込んでいった。

 空里が叫んだ。

「準備オーケー!」

「シールドを切ったら、息を止めて! 目をつぶって! しっかり捕まっていてください!」

 ネープの背後にいる全員が言われた通りにする体勢に入った。

 枝はどんどん細くなり、トラク竜がギリギリ通れる狭さになっていく。

 完全人間の少年はパルスライフルを構え、まっすぐ前方に狙いを定めた。

「行きます! 三、二、一、今です!」

 空里がジェネレーターのスイッチを切り、全員が大量の水をかぶった。

 ネープはパルスライフルの最大出力で、エネルギーが尽きるまでトリガーを引き続けた。


 ギアラムの幹から伸びた一本の枝の先端が、爆発したように砕け散った。

 それは空里たちに迫っていた人狩賊ペルセイダーだけでなく、あたりを嗅ぎ回っていた武装集団の目も引いた。

「あそこだ!」

 反発場リパルシングボートやトラク竜たちが一斉にそちらを目指して上昇を開始する。

 直後、破壊された枝の先端から空里たちのトラク竜が飛び出した。

 賞金狙いたちは竜を撃ち落とそうと武器を乱射したが、太陽からの逆光と水飛沫のせいで標的をとらえきれない。

 その時、大きな翼状の影が空里たちの頭上に舞い降り、急制動をかけるとトラク竜に並んで飛ぶ姿勢を取った。

 完璧なタイミングのランデブー。

 ミ=クニ・クアンタはスター・コルベットの船体を巧みにコントロールし、昇降口のランプウェイを下ろしてその先端をネープの眼前まで寄せてみせた。

「乗り移ります!」

 ネープは言いながらランプウェイに飛び移り、そこから手を伸ばして空里を引っ張り上げた。シェンガも敏捷にジャンプしてその後に続く。

 ミマツーはトラク竜の背に立つと、乗り移る前に手持ちの熱弾や手投げ弾を全て起爆してから下へと放り投げた。

「賞金代わりのプレゼントだよ!」

 竜に蹴りを入れて役目から解放した彼女は、ランプウェイに飛び移ってすぐに昇降口の閉鎖スイッチを叩いた。

 エアロック閉鎖のサインを見たクアンタは、スラスターを全開にしてその場を急加速で離脱した。真下ではミマツーの置き土産が次々に爆発し、賞金狙いたちを業火に包み込んでいった。


「諸君、しばらく急加速が続く。その場に伏せてしのぎたまえ」

 船内通話のスピーカーからクアンタの声が響いた。

 加速のショックで通路の壁に叩きつけられそうになった空里の体を、ネープがすかさず抱き止めて床に伏せさせる。

 だがその時、シェンガも巻き添えになり空里の下敷きになってしまった。

「重い! 重い! アサト! どいて!」

 空里はなんとか体を浮かせると、シェンガの足を掴んで引っ張り出し解放した。

「ああ重かった……」

「失礼ね! 背は高いけどそんな太ってないわよ」

 シェンガはチェシャ猫のような笑みを浮かべて言った。

「確認するかい? 大体何キロくらいか見当がついたぜ」

「言ってごらんなさい。エアロック開いて放り出すから」

 空里の肩を抱いて体を密着させたまま、ネープがいつもの調子で口を挟んだ。

「アサト、体重の変移に問題はありません。正確には……」

「言わないで! 言わないで!」

 空里の夫は単なる健康問題と思い込んでいたが、地球の女性文化に明るいミマツーは半身を起こしながら怒りを爆発させた。

「バカな男ども! デリカシーってものが無さすぎでしょ!」

 そこでまた加速がかかり、完全人間の少女は仰向けにひっくり返りながら唸った。

「陛下……無礼者どもは自分が粛清……いた……します!」

 

 スター・コルベットは惑星〈天翔樹アマギ〉を半周してユーナス軍の目を完全に引き離し、大気圏を離脱。スター・サブの待機軌道へ向かった。

 

 ようやくブリッジへ上がって来たずぶ濡れの空里たちを、操縦席のクアンタがサムアップをしながら迎えた。

「おかえり、陛下。市井の見学は勉強になったかね?」

「ええ、なりすぎたくらいです。色々、しなきゃならないこともわかってきました。後で相談にのってください。とりあえず、お迎えありがとうございます」


 やがて、空里たちは母艦とのランデブーポイントに到着した。

 スター・サブの甲板上では、ミツナリが外に出て係留準備をしていた。宇宙空間でも問題なく活動できる人造人間兵士のおかげでドッキングはあっという間に完了し、コルベットの全員が母艦に乗り移った。

 空里は、ほんの数日離れていただけなのに、何週間も帰ってなかった気がした。

 

 休む間も無く、スター・サブの操舵席に着いたネープが出発準備に取り掛かる。

探知遮蔽クローキングシステム起動。スター・ゲートを強行突破する」

 星百合スターリリィが生成するスター・ゲートは、空港の旅客ゲートのように出発側と到着側で分かれていた。星百合の個体によっては、それらが星系をまたぐほど距離の離れているものもある。しかし〈天翔樹アマギ〉のスター・ゲートは出発側、到着側双方が極めて近い位置に存在しており、必然的に大量の宇宙船が付近を行き来することになっていた。

 

 今、その二つのゲートの周りは、ユーナス征星軍クルセイドの空母打撃群に属する宇宙艦隊が整然と陣形を組み、臨戦体制にあった。

「すごい艦隊……」

 空里はビュースクリーンに映るユーナス艦隊の全容に息を呑んだ。地球に襲来した帝国軍艦隊に引けを取らない規模と数であることがわかる。特に艦隊の中央に陣取っている宇宙空母〈星駆虎〉ティガースカの存在感は圧倒的だ。オロディア市を制圧した侵攻軍は、すべてここから発進したのだろう。

 

「リリィ・ドライブ駆動準備。軌道計算完了まであと二分三十秒。突入タイミング送れ」

 ネープの報告に航法席ナビシートのミマツーが応える。

「了解。各艦の予測進路を航法流体脳フリュコムに転送。出発側ゲートポイントへ半速前進せよ」

 スター・サブは、ゲートに向かって進み始めた。

 探知遮蔽クローキングシステムによってユーナス艦隊からは見えないはずだが、その中をすれ違いながら通過する情景はなんとも不安を煽るものだった。

 クアンタが呟いた。

「慌てず、急げ……だな」

「突入タイミング確認。一分三十秒前。カウントダウン開始。総員ゲート突入に備えよ」

 ネープが宣言し、前方の宇宙空間にスター・ゲートの存在を示す光の歪みが現れた。

「あと三十秒」

 その時突然、艦の航法システムが鋭いアラーム音を発した。

 アラームに負けない大声でミマツーが叫ぶ。

「前方に艦影出現! 到着側ゲートから大型艦!」

 空里は左舷の宇宙を投射するビュースクリーンに、巨大宇宙艦が現れるのを見た。

 スター・サブとすれ違うように、到着側スター・ゲートからゆっくりと出てくる姿は、まるで血の色のように赤い。皇冠クラウンはこの艦が、ゼラノドン級・改と呼ばれる超大型クラスであることを教えた。その巨体に満載された恐るべき武装が今にもこちらに向かって火を吹きそうな威圧感を与える。

 ネープがうめくように言った。

 

「〈紅海神クリムゾン・ラーン〉……ラ家の旗艦です」

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