2.銀河皇帝召喚

 ざわめく銀河帝国元老院議会……

 

 議長ツェガール大公が静粛を求め、クアンタの提議に応えた。

「その調査についての上申書はすでに受領しております。領外宙域であるアサト一世の母星への途上、帝国宇宙軍機動艦隊の襲撃があったと……」

「その通りです。優先順位として、ルージィ卿のご指摘された疑問の前にこの事実を〈法典ガラクオド〉に照らし詳らかにすることが元老院の務めと信じます」

 言いながらクアンタは確信していた。

 ルージィと情報局の背後には、間違いなくラ家がいる。

 そして、自分の主張が通れば疑惑の焦点は自ずとラ家とその女当主に移るはず……だった。全てはアサトの連れたドロメックによって帝国全土に知らされていたのだから。

 だがルージィはクアンタの言葉に動揺することなく、むしろ我が意を得たりというような表情を浮かべた。

「結構です。では具体的な調査の現状報告をいたしましょう。クアンタ卿の示された問題も結果として解決すると思われます」

 クアンタは内心で舌打ちした。

 向こうが一枚上手だ。何もかもお膳立てが整っているのだ。

 ルージィの背後に、一人の男が現れた。

 前に立つ青年より頭一つ背の高い、軍服姿の壮年男性。

 髪も肌も大理石のように白く石像のような体躯。その逞しさと縦に顔を貫いた傷跡が雄弁に経歴を語っていた。

銀河戦略情報局スタラテジック・コスモス・インテリジェンスのロク・ザム統括司令」

 ルージィが紹介し、男は軽く会釈をした。

 クアンタの観察眼はロク・ザムのカラーからかすかに覗く首筋の刺青を捉え、衝撃をもたらした。

 この男、バンシャザムだ!

 帝国軍でも最も強力かつ危険で、隠密作戦の実行に長けた独立軍団の戦士。

 隊員は正規軍からの選抜ではなく、とある惑星の秘密都市で出生から完全に管理教育を受け、あらゆる戦術を徹底的に叩き込まれた筋金入りの兵士だった。その苛烈な訓練過程を生き延びるのは、全体のわずか数パーセントだという。

 元々、バンシャザムは銀河皇帝を輩出したこともある公家ヤーザム家に絶対忠誠を誓う親衛隊だった。だが四百年ほど前、ヤーザム家は〈法典ガラクオド〉に背いて帝国の支配体制転覆を図り、ネープの撃滅艦隊デストローンによってその母星〈鉄湖サベル〉もろとも滅ぼされた。

 わずかに生き残ったバンシャザムは、彼らの価値を惜しんだ一部の公家によって保護され、秘密裏に帝国軍に編入された。その所属は元老院ではなく公家連の密談によって定められ、常に流動する。どうやら今は銀河戦略情報局スタラテジック・コスモス・インテリジェンスの下にあるようだ。

 

 なるほど見えてきた……

 クアンタは内心で独りごちた。

 君主を滅ぼしたネープはバンシャザムにとって憎悪と復讐の対象だ。新皇帝の即位をひっくり返したいラ家と情報局にとっては格好の武器と言えるだろう。実際、一対一ならバンシャザムの戦士はネープと伍して戦える銀河系でも稀有な存在だった。

 この議会にオブザーバーとして参加しているはずのネープの長一四一は、どう見ているだろうか……?

 

「銀河帝国元老院議会への参加という栄誉を賜り……」

 ロク・ザムのかすれた声が通り一遍の謝辞を述べた。

 それに続いてなされた報告の内容に、クアンタは驚きや憤りを超えた感嘆の念すら覚えた。よくまあ事実の一面だけの切り出しで、ありもしない陰謀をここまででっち上げられるものだ、と。

 

 報告によれば、アサトの即位は全てネープたちの目論見であるということになっていた。

 古代の人造人間軍団ゴンドロウワをネープに取って代わらせ、〈法典ガラクオド〉の縛りに寄らない自分の軍隊で皇帝の権威を守ろうとした前皇帝ゼン=ゼン・ラ二〇四世。その意図を挫かんと、ネープたちは領外原住民で帝国の諸勢力とは何のしがらみもない少女を銀河皇帝として擁立し、現体制の維持を企てたのだという。

 その陰謀における最大の障壁は〈法典ガラクオド〉によって定められた、帝国元老の〈即位の儀〉への参加だった。

 ネープ三〇三がアサトを伴って惑星〈鏡夢カガム〉を訪れたのは、その問題解決のためだった。彼らは軍の包囲を突破し、サロウ城市最下層区に侵入。そこで〈情報賊デトレイダ〉と呼ばれる犯罪組織と接触し、即位に必要な帝国元老の拉致を企てた。

 その標的こそ、〈百合紀元祭リレイケイド〉の無重力祝祭空間構築のため〈鏡夢カガム〉に来訪していた主席重力導師グラビストの元老クアンタだったというのだ。

 クアンタの誘拐は成功。その過程でサロウ城市に無重力状態を作っていた〈セバスの門〉が破壊され、大量の祝祭参加者が死傷した。

 惑星〈青砂〉で〈皇冠授与の儀〉が行われている間、事態を重く見た星威将軍スティラル エンザ=コウ・ラはアサトの母星へ出撃。これは〈法典ガラクオド〉に反した行為だが、 エンザの独断専行であり

 あとはアサトに付いていたドロメックが伝えて来た通りだが、この内容も〈情報賊デトレイダ〉の手によって改ざんされている可能性が高いという。


 星の群れは静まり返っていた。

 全ての代表議員が、報告された事実のあまりの中身に度を失い、態度を決めかねているのだ。だがその内の何人かは今日ここで起こることを事前に知っており、その進行に貢献しているはずだった。

 その一人であるかも知れぬ議長大公が口を開いた。

「その報告が正しいとして……クアンタ卿は何らかの脅迫によって強制的に即位を手助けしたと? あるいは説得され自らの意志で?」

 ロク・ザム統括司令の返答は機械的だが有無を言わさぬ重みを持っていた。

「情報局はそのいずれでもないと見ています。クアンタ卿は今この時も、ご自身の意志を封じられている可能性があるのです。我々の調査ではかの〈情報賊デトレイダ〉なる犯罪組織は三位一体のエデラ人に率いられていました。彼らは優れた精神改造技術を持った種族です」

 ツェガール大公は驚きの声を挙げた。

 演技だとしたら賞賛ものだ……

「つまり、彼は洗脳されていると?!」

「その可能性大であります」

 ロク・ザムの声に、静まっていた星々がにわかにざわめき出した。

 数千の星の声が一つとなって議場に響いた。

「クアンタ卿に精神精密検査を! 洗脳の可能性の確認を!」

 そして星雲の一角からさらに強い声が響いた。

「皇帝の召喚を!」

 議長大公が再度静粛を求めた。

「帝国大審判院最高判事にお聞きしたい。情報局の報告に対し〈法典ガラクオド〉では元老院がいかように対応すべきか定められておりますか?」

 星雲の片隅に小さな像が結ばれた。

 頭部に認識拡張装置を埋め込んだ老女……帝国大審判院の最高判事ゾラン・リゲだ。

 審判院の判事はどこにいてもその認識拡張装置で〈法典ガラクオド〉の複雑な内容を閲覧参照し、問題への法的回答を下すことが出来る、言わば司法サイボーグだった。

「ただいまの報告が真実である場合、アサト一世陛下には以下の点で〈法典ガラクオド〉に対する背信の疑いがあります。ネープ機関との共謀による前皇帝敗没の偽装。惑星〈鏡夢カガム〉における破壊工作。クアンタ卿の誘拐と洗脳措置。そして、それら全てを通じての高次空間通信情報改ざんであります」

 クアンタは唇を歪めて皮肉な笑みを浮かべた。

 何ともはや、世紀の大犯罪が起きたものだ。

「では、元老院としては報告の真偽を確かなものにする必要があります。帝国大審判院での皇族審判を招集してよろしいですかな?」

 議長大公の問いに最高判事はやや間を置いてから答えた。

「望ましいのは〈原典管理師クゥオートス審判〉です」

 星々が「おお」とどよめいた。

 クアンタ自身も、何年かぶりで聞いた言葉である。

 〈法典ガラクオド〉の原典は、帝国のアーカイブ奥深く厳重に封印されている。その管理は〈原典管理師クゥオートス〉と呼ばれる専門の特殊能力者によって行われており、帝国の体制を揺るがすような重大事においてのみその封印を解いて原典が開示される。

 〈原典管理師クゥオートス〉は〈法典ガラクオド〉原典に照らしての真偽と言う一点においてのみ超人的な洞察力を持ち、法典にかかることであれば何人たりとも彼らの前で偽証や隠蔽を図ることは不可能なのだ。

 最高判事は続けた。

「元老院で〈原典管理師クゥオートス審判〉への召喚議決が下されれば、被審判者は帝国標準時間で五十ロクノス(地球時間で約三十日)以内に出頭せねばなりません。その期限を過ぎた場合、被審判者は帝国における全ての権利を消失します」

 ツェガール大公が聞いた。

「それは……銀河皇帝も例外ではないのですね?」

「例外はありません」

 簡潔な官僚の回答は、それ自体が何かの裁定であるかのような重みを持っていた。

 クアンタは思わず唾を飲みくだした。

 完璧な罠だ。

 アサトを殺すまでもない。彼女を五十ロクノスの間足止めするだけで、皇位は再び空席となる。クアンタの頭脳は、今この場で出来ること、やっておかねばならぬことを必死に探った。

「では、銀河皇帝アサト一世に対する〈原典管理師クゥオートス審判〉への召喚を決議します」

「あ、いや。その前に……」

 議長の宣言にクアンタが挙手して割り込んだ。

「クアンタ卿?」

「自分はこの決議に参加する資格を欠いているようです。精神改造や洗脳の恐れがあるのであれば、いったん議員資格を停止した上での精神精密検査を申請したいと思います」

 一瞬、ツェガール大公もルージィ卿も虚をつかれたような様子を見せた。

 これはのシナリオには無い展開だったに違いない。

 星々の群れは賛同の色に輝き、クアンタの周りを巡り出した。クアンタは議長大公をその場で結論を出すべき状況に押しやっていた。

「いい……でしょう。ではクアンタ卿の申告についての承認議決を……」

 議会空間は完全に白一色の星々で埋め尽くされ、満場一致で承認は議決された。

 これで長居は無用……

 クアンタはツェガールの退出命令を待つ前に、自ら自我識力拡張環イドエンハンサに手を伸ばした。

「では、議員諸兄。これにて失礼いたします」

 満点の星空が消え、クアンタの意識は元老院専用巡航宇宙艦の自室に舞い戻った。

 

 大した反抗ではなかったが、最後の申告はアサトをめぐる陰謀と無関係の議員たちにある程度の疑念を与えることが出来た……と思う。

 すなわち、洗脳されている人間が自ら検査を望むだろうか? と言う疑念である。この疑念がアサトの助けとなる流れにつながれば良いのだが……

 問題はこれからだ。

 実際に検査が行われるならまだしも、その前に何らかの「事故」が仕掛けられる可能性もある。最悪、本当に洗脳されるという憂き目に遭うやもしれぬのだ。

 

 そして、全てはラ家当主である仮面の貴婦人が仕組んだことに違いない。

 

 呼び鈴のコールもなく部屋のドアが開き、元老院警備隊の兵士が数名入ってきた。

「ミ=クニ・クアンタ議員、元老院議長の命により身柄をお預かりします」

「はいよ……」

 クアンタは立ち上がりながら、アサトに詫びたい気持ちを感じていた。

 何の露払いやら……情けない後見人で申し訳ないことよ。

 警備隊員たちに囲まれ、クアンタは大袈裟に肩をすくめてみせた。


「難儀なこったなあ……」

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