第14話 退魔の力

 62階。

 21時には目的の階層に着いた。


「24時には迷宮の再構築が始まる。アレに巻き込まれたら僕でもどうなるかわからない」


 迷宮の再構築は言ってしまえば大工事だ。天井を落として道を塞いだり、上下左右が反転したり、壁に新しく道が出来たり、落とし穴などのトラップがいきなり現れたり……中に居ると天変地異に巻き込まれた様な感覚に陥ると聞く。


 いくらS級シーカーとはいえ、再構築に巻き込まれて生きてられるかどうかは完全に運だ。


「あと3時間。それまでに如月を見つけて救出する」

「この階層はマッピングがされていない。それに魔境がある可能性が高い場所。捜索および脱出には相当な時間がかかる可能性がある。残り3時間は決して安心できる時間じゃない。――とここで提案なんだけど、手分けして探さないかい?」


 おい、コイツ正気か?


「待った。サポーターである俺を単独で行動させる気か?」

「させる気だよ。いま、僕らの前後に道がある。【探機】は単独で動かしたらすぐに魔物に潰されるだろうから、別れるしかない。君なら強敵と出会っても足止めや逃走ぐらいはできるだろう」

「だから! 買いかぶり過ぎだって! 俺はそんな……」


 アビスの細い指先が、俺の唇に当たる。


「自分を信じなさい。君は、君が思っているほど弱くはないよ」

「弱いさ。俺は……」

「S級シーカーの言葉を信じられないかい?」


 アビスの綺麗で真っすぐな双眸が俺の瞳を捉える。


「……あーっ! もうわかりましたよ! ギルドマスター殿に従えばいいんだろ!」

「そうそう。じゃあ一旦お別れだ。ばいば~い」


 俺は不服ながらもアビスと別れ、1人洞窟内を走る。

 アビスの指を当たられた唇を撫でる。


 なんか……ひんやりとしていて、すべすべで……感触が、残っている。


 って、こんな時に何を考えてるんだ俺は! 集中しろ集中! 今はシーカーが居ないんだぞ!


「如月……どうか無事でいてくれ……!」


 途中、炎を纏ったコウモリが4匹、正面から突進してきた。

 フレイムバット。触れると炎で溶かされるから注意だ。

 フレイムバットのアタックを俺はスライディングで回避し、4匹の背後を取る。


「やっぱり……」


 今の動きで確信した。俺の身体能力に上昇補正がかかっている。

 一体どういうことだ? オーパーツ程でないにせよ、馬鹿にできないぐらい身体能力が向上している。


「クキャア!!」


 フレイムバットは体を反転させ向かってくる。

 フレイムバットは動きが速く、振り切るのは難しい。倒すか拘束するしか無い。

 三字魔法の【八方塞】で動きを止めるか。アレは対象を掴む必要があるため、常に炎を纏っているフレイムバット相手には使えない魔法


 だが、今の俺には金属の腕がある。一瞬掴むぐらいなら問題ないはず。


「クキャア!!!」


 迫りくるフレイムバット。まず先頭のフレイムバットを義手の右腕で掴みかかる。

 すると――ぶちゅ。と、右手が容易くフレイムバットを握りつぶした。


「え?」


 なんだと? 

 ありえない……相手は魔物だぞ。オーパーツでもないのになんだってダメージがこんな簡単に通る?


「よくわからないけど」


 俺は試しに、他の3匹も義手で攻撃する。

 貫手を放てばフレイムバットを貫き、殴ればぶっ飛ばし、手刀を出せば叩き落せる。

 全員、1撃で倒すことができた。


「なんだ……この右腕……」


 身体能力の向上、魔物に対する特効効果。

 そう考えれば辻褄が合う。


――この腕はオーパーツと同質の能力を持っている。


 なぜ、この腕にそんな力があるかわからない。

 ただ今はこの腕に『退魔の力』があることを認識していればいい。

 疑問も高揚も後回しだ。今は如月救出にすべての意識を向けないとならない。


 【看破】を発動する。無数の足跡が浮かび上がる。その中で俺は1人の足跡に注目する。

 飯塚の足跡だ。

 さっき揉めた際、飯塚の足、靴を見ておいた。

 あの靴の大きさ、靴底のデザインとこの足跡が一致する。足跡は目の前で途切れている。恐らくはここで転移クリスタルを使ったのだろう。


 となればこの足跡を追っていけば飯塚と如月が赤眼のミノタウロスと接敵した場所にたどり着く。

 足跡を辿っていくと、今度は巨大な素足の足跡を見つけた。巨大な足跡と飯塚の足跡と小さな足跡……小さな足跡は多分如月のモノか。3者の足跡が散見される。

 正面に3つの道。その内の1つの道に巨大な足跡――ミノタウロスの足跡が続いている。如月の足跡はここで途絶えており、どこかへ逃げたような足跡は見えない。


 喰われたか、連れ去られたか……。


 常に最悪を考えて動く。それがサポーターの心得。数々の最悪なパターンを想像し、心構えをする。

 たとえ奴が如月をむしゃむしゃ食べていても、犯していても、動揺してはいけない。冷静さを失ったら終わりだ。


 アビスにこの場所を連絡。その後でミノタウロスの足跡を追う。

 時間が無いからな。悠長にアビスを待ってられない。この階層はマッピングされてなくて道が複雑だから、アビスもここまで来るのに手こずるだろう。その間ぼけーっと待ってるわけにもいかない。アビスと合流するまでにせめてミノタウロスのハッキリとした位置を特定しておきたい。


 足跡を追うこと150メートル。



――居た。


 ――――――――――

【あとがき】

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