第5話 迷宮都市

 迷宮都市。


 俺の住むこの街はそう呼ばれている。千葉県に隣接する形で作られた人工都市であり、広さは東京都に匹敵する2150平方キロメートル。

 中央に巨大な塔型迷宮アマツガハラを据えており、他にも様々な形の迷宮が存在する。

 迷宮を集める“ダンジョン・フィールド”という機器が街にはあり、全世界の80%の迷宮はこの街にある。まさに迷宮都市だ。アマツガハラを境に東は人工物がほとんどなく、この東の部分に迷宮が出来るようになっている。


 西側には住居や迷宮攻略用の施設が多々あり、教育機関も迷宮対策専門の学校のみ存在する(俺は行ってないけど)。


 俺は去年、この迷宮都市に来た。英雄的存在――S級シーカーに憧れて。


 仲間との冒険、可愛い女の子との出会い、神秘的なアイテムの発見、強敵との戦い。ファンタジーの世界に心を躍らせていた。だがそんな希望もシーカー希望者が最初に受ける儀式の時に儚く散った。


――“託戦たくせんの儀”。


 その年のシーカー希望者全員が迷宮都市の地下空洞に連れてこられた。そこで俺らが目にしたのは広大な地底湖と、地底湖の底に沈んだ幾万を超える武器。


「これより“託戦の儀”を始める!」


 神官を名乗る男性が大声でそう言った。


「天に手を掲げよ! さすれば“神墓しんぼ”よりオーパーツが諸君らの手に渡る」


 オーパーツ、というのは全員知っていた。

 オーパーツは迷宮を攻略する際に欠かせない武器であり、迷宮内の魔物はオーパーツでないと有効打を与えられない。魔法という手段もあるが、魔法はあくまで補助でありオーパーツに比べたら燃費も威力も低い。オーパーツの入手は迷宮攻略に必須である。


 シーカー希望者達が手を挙げる。俺も手を挙げた。すると、


「お! なんだ!? 剣が飛んできたぞ!!」

「俺は槍だ! すげぇ! かっけぇ!」

「見て見て! 私杖だった!」


 湖から次々と武器が飛び出て希望者達の手に渡っていった。

 俺も期待を胸に、武器が来るのを待った。

 だけど現実は非情で……俺はただ、虚空を掴むことしかできなかった。


「オーパーツに選ばれなかった者達……おおよそ全体の8割程か。貴殿らはオーパーツに選ばれたシーカー達の補佐にまわってもらう」


 明らかな格差がこの時生まれた。


「シーカーについて迷宮を探索するのも良し。迷宮関連のアイテムを扱うショップや研究所に従事するのも良し。好きに身の振り方を考えたまえ。ただし、、ということを頭に入れておくように。オーパーツを持たぬ者単独での迷宮攻略は禁止とする」


 俺を含む大多数が声を上げた。

 ふざけるな。何かの間違いだ。シーカーになれないなら出て行く――等々、神官に不満をぶつけた。

 でもすぐに全員が諭された。ふざけていない。間違いではない。出て行くのは自由だがこちらは一切面倒を見ない。大人達は冷徹な瞳で、淡々とそう伝えた。

 シーカーになれずとも、迷宮関係の職業は高給であることが多い。

 出て行った者も多くいた。だがほとんどは拳を握りしめて運命を受け入れた。

 俺も一旦は流されるようにサポーターであることを受け入れたが、サポーターとして修行すること半年後に運命に逆らってしまった。


 1人で、迷宮に潜ってしまった。


 なまじ魔法や勉学ができたから1人でもいけると思ったんだ。結局、第60層でリタイア。しかも片腕を魔物に食いちぎられた。


 神官にはしこたま怒られたし、サポーター査定もめちゃくちゃに落とされた。そんな絶望の淵で、俺は彼女――美亜に拾われた。



「私の言うことに絶対服従するなら、雇ってあげてもいいわよ?」



 規律違反を犯し、片腕のないサポーターを他のシーカーが雇ってくれるはずもない。

 俺は仕方なく、美亜の提案を受けた。


「アンタは1人じゃ何もできない」


 事あるごとに美亜はそう言ってきた。

 その通りだ……俺は1人じゃ何もできない。いつの間にか自尊心は消え去っていて、幼馴染に奴隷のように扱われるのも慣れてしまった。


 ただただ、人生を消費していた。


「……ちくしょう」


 昔を思い出し、1人部屋で声を漏らす。

 オーパーツさえ……オーパーツさえあれば……! と何度思ったことだろうか。

 涙が頬を伝う。

 俺は布団も敷かず、座布団を枕にして泥のように眠った。












 ---1か月前・とあるメール文---



《葉村志吹。パートナーはA級シーカー成瀬美亜。所属ギルドはギルドランキング109位フェンリル》

《右腕を半年前に失っておりますが、戦闘力に問題なし。魔法練度、状況判断力、共にS級シーカーに匹敵。オーパーツによる肉体補正は無いものの、自己強化術でそれを補っています》

《現にB級程度の力しか持たない成瀬美亜をそのサポート能力でA級に押し上げています》

《試作オーパーツ “オリジン”第一被検体として、彼を推薦します》

《形状はパターン206。許可が出次第接触します》

《S級シーカー・唯我ゆいが阿弥数あびすより――》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る