第6話 アビス
「おっと……」
つい布団を敷かず寝てしまった。
壁に掛けられた時計を見る。時刻は10時半、早起きだな。
トースターで焼いた食パン(ノー調味料)片手に迷宮関連のトピックを追う。
迷宮関連のニュースが集められたサイト、そこに大々的に表示されていたのはとある女子の写真とそのニュースタイトル。
《16歳のシーカー唯我阿弥数、アマツガハラ150層を踏破! 人類9人目、最年少の記録!!》
マジかよ……。
現在、アマツガハラの最高記録は180層。それに後30まで迫るところまで来ているのか。
「相変わらず凄いな……」
唯我阿弥数の名を知らぬシーカーはいないだろう。半年前、最年少でS級シーカーになった天才少女だ。14歳でシーカーになり、それから1年と半年でS級になったわけだな。
およそ1年間でA級になった美亜もかなり多方で話題になったが、彼女の前では遥かに霞む。A級シーカーは200人以上いるが、S級シーカーは全体で9人、未成年では3人しかいないからな。
強く、そして美しい。黒と緑が混じったツートンカラーのセミロングヘアー、髪色と同じで瞳の色も黒と緑の2色。整った顔立ちで、スレンダーなスタイル。ちょっとボーイッシュな感じだ。
なにを隠そう俺は唯我阿弥数を推している。ファンだ。
異性としてというより1シーカーとして推している。憧れというやつだ。俺が思い描いていた理想の姿……それが今の彼女だ。
若き天才。最年少のS級。大人すら従えるカリスマ性……羨ましいな……羨ましいなぁ!
「つーか、憧れと言うより嫉妬だなコレは」
――ピンポーン!
「ん」
来客か。チャイムは鳴るもののボロアパートゆえに玄関カメラは無い。
こんな所に何か面倒な類の勧誘とか来るはずもなし。新聞勧誘すら回れ右するボロさだからな。俺は特に警戒せず玄関扉を開ける。
「はい、どちら様ですか?」
「やあ。葉村志吹君……だよね?」
「え……」
予想だにしない人物が、そこに立っていた。
緑と黒の髪、そして緑と黒のオッドアイ。
シャーロックホームズを彷彿とさせるインバネスコートを羽織った彼女は……間違いなく、
「唯我阿弥数……!?」
「如何にも。気軽にアビスって呼んでね」
「え!? あ、ああ……」
同級生だからタメ口でいいよな? 相手もタメ口だし……ってそんな場合じゃねぇ!
俺は体を反転させ、彼女に背を向ける。
ど、どういうことだ? なんでアビスが!? こんな雑魚サポーターの元に!?
や、やばい。思考がまとまらない……唯我阿弥数がここにいる理由が一切思い当たらない。でも俺の名を呼んだってことは間違いじゃないってことだよな?
チラッと彼女を見ると、ニコッと笑みを返してきた。
まずい。異性として意識してない……と思っていたが、実物を目の前にするとやっぱ……意識する! ていうか超可愛いな!!
「ごめんね。驚かせちゃったよね。今日はギルドへの勧誘に来たんだ」
「勧誘?」
ギルドと言えばシーカー同士の組合だ。ギルド内で情報を共有したり、一緒に迷宮攻略したりする。
S級シーカーの所属するギルドとなれば相当の人気どころ。多くの志願者がいるだろう。それこそA級シーカーが山ほど志願していることだろう。わざわざ勧誘に来るなんて驚きだ。
それほど美亜は評価されているのか。
「そういう話なら美亜を交えて改めて場を設けるよ。今日はグラビアの撮影で忙しいから、後日都合の良い日に……」
「え? 成瀬美亜ちゃん? 彼女はいらないよ別に」
「ん? 美亜の勧誘じゃないのか?」
「君がどうしてもと言うなら入れてあげてもいいけど、特に魅力は感じないな。僕が欲しいのは君だけだよ」
あれ? どういうことだ?
つまりコイツ……美亜目的じゃなくて、俺単体を勧誘しに来たってこと?
…………なぜ?
「君は今日暇なのかな?」
「んん!? あ、ああ。特に予定は無い、けど」
「じゃあちょっと一緒に来てもらっていいかな。話したいことも見せたい物も山ほどあるんだ」
あくまで、予感でしかなかったが、
この時、廃れた現実が……なにか変わる予感がした。
---
すぐに一番上等な服に着替えて外に出たのだが……、
「おい、アレ……」
「唯我阿弥数だろ……可愛い」
「隣の奴なんだ? 片腕無いけど……」
「サポーターは女子だったよな? あんな冴えないのが彼氏のはずないし……」
さすが唯我阿弥数、注目の的だ。
男女問わず嫉妬の目線が突き刺さってきやがる。
「阿弥数って名前、変だと思わない?」
「そうか? 俺は全然良いと思うけど」
「え~、普通にキラキラネームじゃん」
「でもなんか……特別感があっていいじゃんっ! 主人公っぽいと言うか!」
「はは! 面白いこと言うね。主人公っぽいか。君の名前も主人公っぽくない? 葉村志吹! なんかサムライ漫画の主人公とかでありそうな名前だよね~」
アビスは刀を振るような動作をして、冗談っぽくそう言った。
なんか、メディアで見るのと印象が違うな。
写真とか動画で見る彼女はクールで、ビジネススマイルか真顔の二択。だけどいま目の前にいる彼女はかなり表情豊かだ。
「それにしてもみんな僕にだけ注目して、君に気づかないとはね。迷宮マニアの間で話題のS級サポーター君にさ」
「S級サポーター?」
そういえば動画のコメント欄でそんな風に呼ばれていたな。
サポーター個人に階級はない。査定額が存在するだけだ。サポーターは能力に応じて査定額が変わり、その査定額でシーカーに評価され雇われる。高い査定額のサポーターは大金を払わないと雇えないもののその分強く、低い査定額のサポーターは低額で雇えるものの弱い。これが基本だ。
つまり、S級サポーター、なんて言葉はない。強いて言えばS級シーカーについているサポーターが稀にそう呼ばれるか。
「知らない? 君、そういうあだ名がついているんだよ。サポーターの中でも随一の力を持っているがゆえにね」
「確かにそう呼ばれたこともあるけど、あれってただの冷やかしじゃ……」
「違うよ。君は確かに卓越したサポート能力を持っている。てかおいおい、嘘だろ。まったくの無自覚かい?」
世辞で言っている感じじゃない。それに俺の実力を知っているかのような口ぶり。動画で見たんだろうな。
けど、さすがに高く買い過ぎだ。俺はサポーターとしては良くて並、いや片腕がない分並以下だ。
「驕っているよりはマシだけど、自分を低く見過ぎるのもどうかと思うよ。おっと、そんな話をしている内にほら、着いたよ」
俺とアビスは廃ビルの前に止まる。
「ここが僕のギルド、“
――――――――――
【あとがき】
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