第3話 理不尽な暴力

 神製塔型迷宮アマツガハラ。

 この迷宮都市の中心にそびえ立つ巨大な塔。数ある迷宮の中でも最大の階層数を誇っており、そのてっぺんは宇宙にある。誰も未だ頂上どころかその100層下にすら到達したことはなく、攻略は不可能と言われている。


 もっとも、無限の資源をくれるこの迷宮を攻略するなんて政府が許さないだろうけどな。


 その1階から7階までは人の手により改築されており、迷宮関連のショップ、依頼所、サポーター雇用所等々がある。こう言うとなんか台無しだが、デパートみたいな感じだ。エスカレーターもエレベーターもあって、ファンタジー感の無い場所になっている。


 その7階、シーカーやサポーターたちの中で“入り口広間”と呼ばれる大広間に俺と美亜は転移する。大広間には3つの次元の裂け目……“ゲート”があり、ゲートはそれぞれ下層(7階)・中層(50階)・上層(100階)に繋がっている。


「お~い! 美亜!!」


 嫌な声が聞こえる。

 10メートル先から手を振りながら走ってくる刈り上げの大男。俺と美亜が所属するギルド“フェンリル”のギルドマスター、飯塚いいづかあつし。歳は22、武器は斧。美亜と同じくA級シーカーだ。


「敦君、こんばんは」

「えっへへ~。こんなとこで会うとは偶然だなぁ」


 こんなとこって、シーカーなら一番来る場所だろうが。コイツ、ひょっとして待ち伏せしてたんじゃないか?


「いんやぁ、今日もイケてんね美~亜!」


 見ての通り、飯塚は美亜にベタ惚れしている。美亜も当然コイツの好意には気づいており、好意を利用していいように操っている。


「あっ……こ、こんばんは……」


 俺にそう挨拶してくれたのは俺と同じように黒子の格好をした少女だ。名前は如月きさらぎ小雪こゆき。俺の1つ下だ。

 小柄で高い声で女性、という情報以外は知らない。いつも全身を黒い服で隠しているからな。

 一応言っておくと、サポーターが全員こんな黒ずくめの格好をしているわけじゃない。シーカーとサポーターの関係は相棒だ。シーカーはサポーターに感謝し、サポーターもまたシーカーに感謝する。シーカーはサポーターに対して服装の強制なんてしないし、脇役扱いもしない。はな。


「おい」


 美亜と談笑していた飯塚が急に俺を睨んできた。


「テメェ、美亜と2人っきりだからって何か変なことしてないだろうな!?」

「何も」

「お前のような雑魚が、美亜と組めてるのは美亜の優しさのおかげだってわかってんだろうな~? 変な気起こしたら殺すぞ!」


 なんで俺なんかに嫉妬してるんだよコイツは。俺が美亜に対し恋愛感情を抱くと本気で思っているのか?

 確かに見た目は綺麗。黒く長くツヤのある髪、切れ長の目、抜群のプロポーションと顔立ち。しかしその全てを台無しにする性格。


 コイツとは幼馴染だが、昔は気弱で臆病だったのにな。力を得て変わっちまった。


「おい、美亜……その膝の傷どうした?」

「これね~、さっき転んで擦りむいちゃって」


 傷、と言ってもかなり浅い。ただ薄皮が軽く捲れているだけだ。血も出ていない。


「どうして治さねぇんだよ!」

「なんか、ウチのサポーターがこの程度の傷で治癒クリスタル使うのはもったいないって聞かなくってさ」


――ゴン!!


 飯塚は何一つ俺の意見を聞くことなく、俺の頬を殴り飛ばした。

 とりわけ痛くも痒くも無いが大げさによろけて尻もちをつく。効いてないとわかると更に追撃されかねないからな。


「そんぐらいケチってんじゃねぇよ! シーカーの傷はサポーターの責任だろうが!」

「クリスタルはどれも安くないんだ! それぐらいの傷じゃ使ってられない!」

「なんだぁ? その生意気な態度はよぉ。ギルドマスターに向かってよぉ!!」


 飯塚が胸倉を掴み上げてくる。

 入り口広間で待機しているシーカー&サポーター達の視線が俺達に集まる。


 どうするか……いっそ抵抗するか? 魔物相手ならともかく、人間相手なら俺にだってやりようがある……いや、もし俺が勝てても得は無いか。勝てたとしてもきっと俺が加害者扱いされ、サポーター査定を下げられるだけだ。


「飯塚さんっ!」


 俺と飯塚の間に、如月が割って入る。


「そ、そろそろ行かないと目的の階層に着く頃には深夜になりますよ? 深夜になると魔物の動きが活発になります。今日倒したい相手はかなりの強敵だから、深夜に戦うことになったらまずいですよ……」

「ん? あ、まぁな。――ちっ! もうこんな時間か! 命拾いしたなカス!」


 飯塚は俺を壁に投げ飛ばし、唾を吐いて中層に繋がるゲートに向かっていった。飯塚の後を如月がついていく。

 如月はふと俺の方を振り返り、手を合わせて『ごめんなさい』とジェスチャーで伝えてくる。俺は手を振って『気にしなくていい』とジェスチャーで伝える。クズばかりのギルドだが、彼女だけはまともだ。

 飯塚の背中を見送ると美亜は媚びスマイルを解き、いつもの冷淡な顔つきになる。


「私、明日グラビアあるから探索は休みね。明後日も色々用事があるから探索は無し。アイテムの補充とクエスト報告よろしく」

「待ってくれ。アイテムの補充についてだが、最近は消費量が多くて俺の所持金じゃきつくなってきた。お前もちょっと出してくれ」

「はぁ? 私はシーカーとして健康管理とかトレーニングとかオーパーツのメンテナンスとかに金使ってるの。アイテム代は全部アンタが出しなさいよ。使ってるのはアンタなんだし!」


 美亜は「ふん!」と鼻を鳴らし、帰っていった。


「……報酬の99%持っていってる癖に……」


 まったく、お先真っ暗だ。




 ――――――――――

【あとがき】

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