第10話 呼ばないの?

 才波さいば君とは途中で別れ、九重ここのえ君に家まで送ってもらうことに。


「あ、あの、元に戻って怪我もなくなったし、一人で帰れるから大丈夫だよ」


 九重ここのえ君は家が遠いのに送ってもらうのは申し訳ないよぉ。

 九重ここのえ君は少し考えるそぶりをした後、優しい顔で私を見る。


「僕が若葉わかばちゃんと歩きたいんだけど、ダメ?」

「え、あ、私と?」

「うん。お話したいなって」

「え、え、私と?」

「うん」


 なんで? 何を? 話すの得意じゃないから絶対つまらないのに、なんで私と?

 気の利いたことが言えない緊張感に襲われながら、九重ここのえ君と並んで歩く。


若葉わかばちゃん、今日大変だったでしょ」

「う、うん」

「怖い思いもしたし」

「うん」

「怪我もしたし」

「あ、で、でも九重ここのえ君と才波さいば君のおかげでなんとかなったから。ありがとう」

「──」


 ぴたりと九重ここのえ君の言葉が止まる。

 ええ、なんでぇ。

 大丈夫だよね。私お礼言っただけだよね。それとも何かまずいこと言ってしまったのかな。


奏汰かなた

「へ?」

奏汰かなたって呼ばないの?」


 え、んー、え。

 どういうこと?


「カツヤ君は呼んでたよね」

「うん」

若葉わかばちゃんは呼ばないの」

「私は勝也かつやじゃないから。……えっと、名前で呼んでいいの?」

「うん!」


 とっても大きな「うん」だった。さあ呼んでくれと言わんばかりの表情を向けられる。


奏汰かなた、君」


 呼んだ瞬間、奏汰かなた君が顔に満面の笑みが浮かぶ。


「あはは、なんだか照れくさいね。若葉わかばちゃんから僕の名前を呼んでもらえる日が来るとは思わなかったなあ。そこは正臣まさおみに感謝だ」


 なんだかわからないけど、奏汰かなた君が嬉しそう。

 不快に思われてるんじゃなくて良かった。

 つられて私も笑ってしまう。


「私も奏汰かなた君とおしゃべりできてうれしいな」

「本当?」

「本当だよ」

「なら心花このかと僕なら?」

「比べられないよぉ。私が知ってるコノカちゃんは奏汰かなた君だから、同じくらいうれしい」

「そっか。……若葉わかばちゃんは心花のことを好きって言うけど、僕のことどう思ってるか知りたかったんだ」


 照れた表情で頭をかく奏汰かなた君。

 あ、今わかった。私が奏汰かなた君のロールプレイを見たいって言った時、奏汰かなた君が小さくつぶやいた言葉が。


『僕のことは?』


 そう言ったんだ。

 そっか。

 コノカちゃんみたいに人気者で常に周囲に人がいて堂々としている人を演じる奏汰かなた君でも他人からの評価を気にすることとかあるんだ。

 意外だな。

 でも親近感もわく。


「ねえ、若葉わかばちゃん、一つ約束してくれないかな?」

「何?」

「無茶だけはしないでね。──ロールプレイをしている間、元の身体が死ぬことはない。でも、心は蝕まれていくんだ。最終的には自我を失い、動くことすらままならなくなる。若葉わかばちゃんにはそうなってほしくない」


 それはとても切実なお願いだった。

 もちろん、この約束を嫌だなんて言うつもりはない。


「わかった約束するよ」

「ありがとう」


 奏汰かなた君はホッとしたように笑う。

 その後は明日からの授業の話や、須田すだ君の手が元に戻ったかこっそり確認しようという話をしながら家に帰り着く。


♦♦♦


 夕食を食べて、お風呂に入って、明日の準備をして、ベッドに入り目をつむったところで、ふと奏汰かなた君の顔が思い浮かんだ。


『ロールプレイをしている間、元の身体が死ぬことはない。でも、心は蝕まれていくんだ。最終的には自我を失い、動くことすらままならなくなる』


 この言葉が嫌に、耳に残る。

 もしかして奏汰かなた君は、自我を失うまで心を蝕まれた人を実際に見たことがある?

 ただの憶測だけど、なぜか確信的なものも感じていて。

 もしあるんだとしたら、それはコノカちゃんなんじゃないかという気がした。

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