第9話 戦闘開始

 須田すだ君と別れ才波さいば君と合流してすぐ、九重ここのえ君は誰かに電話をかけに少し離れたところに行ってしまった。本人の口から聞き出せないのは残念だけど、私には才波さいば君もいる。


「なあ、正臣まさおみ

「……あっ、俺か」


 私が呼んで数秒経ってから才波さいば君が反応する。


永田ながたさんから名前で呼ばれるってなんか驚くな」

「今は霧笛むてき勝也かつやだし」

「それはそうだけどさあ。まあ、いいや。何?」

「実はさっき、さ……」


 須田すだ君の口からコノカちゃんの名前が出たことを告げる。すると才波さいば君は、


「え、マジか。そこまで動けるように……!」


 と、驚きの声を上げた後、


「でも助けたってことはもしかしたら……、あーくそっ」


 と、頭をくしゃくしゃとかき乱す。


「なんだよ、俺がわかるように言えよ」

「いや俺が言っていいのかわかんなくて。やー、まあ、でもどうせわかることだしいいのか?」


 自身を納得させるようにぶつぶつと呟いてから、須田すだ君が見たというコノカちゃんの正体について教えてくれた。

 曰く、


置網おきあみ心花このかって奏汰かなたの従兄妹なんだよ、本物は。須田すだ君の前に現れたのは本当の置網おきあみ心花このかってことだ」

「んぇっ、どういうことだ?」

置網おきあみ心花このかは全くの架空の人物じゃなくて、従兄妹をまねて作ったってこと」

「でも奏汰かなたはコノカちゃんいないって……」

「5年2組に通う置網おきあみ心花このかは、な。ずっと奏汰かなたがロールプレイしてるわけだし。置網おきあみ心花このかは、あー……病弱、病弱だから普段家で寝てるんだ。それが起きて人助けまでしたって言うから驚いてな」

「そうなんだ。じゃあ、悪態ついてたのは何なんだ?」


 病弱な人が元気に動いた話を聞いて「あーくそっ」はないんじゃないかな。


「病人がそう簡単に動けると思うか? 俺たちがしているように他の誰かがロールプレイしてる可能性だってあるだろ。いろいろ考えてんだよ、こっちも」

「はいはいはいっ! オレ、オレ見抜ける! コノカちゃんわかる!」

「知ってる、だから誘ったんだ」

「マジか。純粋にオレのこと認めてくれたんだとばかり」

「いや素の永田ながたさんって苦手なタイプだし」


 あっ、心に傷を負った。

 言葉のナイフが人を傷つける。

 知ってる、本当の私がダメな人間だってことくらい。

 本物のコノカちゃんと会って友達になりたいなんて思ったけど、才波さいば君の演じるコノカちゃんともロクに話せない私が会ったってうまくおしゃべりできるはずないんだ。

 所詮これは偽りの姿。

 ……って、ダメだ! 油断するとどうしても素の自分が出てしまう。まだ上手に切り替えできるほどロールプレイできてないから心までなり切ろうって考えてるのに。

 パンッと己の頬を叩き、気持ちを切り替える。


正臣まさおみ、どうやったらコノカちゃんに会える?」

「急に自分で自分を叩いたからびっくりした。……興味あるか?」

「ある!」

「よしっ、なら奏汰かなたに頼め」

「確かに! 頼もう」


 腰に手を当て、九重ここのえ君を待ち構える。

 少しすれば九重ここのえ君がスマホ片手に戻って来る。


「お待たせ。次の出現場所がわかったよ……って、カツヤ君、どうしたの?」

「コノカちゃんと会わせてほしいって頼もうと思って待ってた」

「圧つよ……」


 ずずいと近寄れば、九重ここのえ君は顔をそらしつつ数歩後ろに下がる。


「悪いけど、僕の一存で決められることじゃないから」

「会いに行くの難しい?」

「そりゃあ、まあね。正臣まさおみぐらい優秀な人じゃないと許可下りないかな」


 九重ここのえ君が才波さいば君に視線を向ける。


「妖怪退治百体突破」


 こともなげに才波さいば君が答える。


「えっ、百! もしかして正臣まさおみってすごい奴なのか?」


 思わず出た言葉に、才波さいば君はふふんと口角を上げた。


「もしかしなくても俺はすごいんだよ。言ったろ、俺は奏汰かなたより化け物退治得意なんだ」

「すげー」

「だろっ、もっと崇めろ」

「調子に乗りすぎ」


 ふんぞり返る才波さいば君を、九重ここのえ君が軽くはたいて諫める。


「出現場所はこの公園、時刻は今だって。正臣まさおみ

「ちぇっ、わかってるよ」


 才波さいば君が服の袖を少しまくる。長袖で気づかなかったけれど、才波さいば君は腕輪をつけていたらしい。五本の組みひもを編み込んで作られた腕輪。それに触れ、才波さいば君が唱えた。


「『隔離世』」


 その瞬間、周囲の空気が一変する。静寂が満ちる。

 昨日、学校で他の人と会わなかったのと同じ。

 私たちだけの空間。

 退治をするための空間。


「いいよなー、正臣まさおみのこれかっこいいからオレも使いたい」

「カツヤには無理無理。で、奏汰かなたはそのままでいる気か」


 なんで無理なんだよ、と言いたかったけれど、それより先に才波さいば君が九重ここのえ君に話しかけるからタイミングを失ってしまった。

 九重ここのえ君はふいと視線を逸らす。


「……いざというときはちゃんとプレイするし」

「あっそ。じゃああとは俺たちに任せてな」


 しっしと追い払うような仕草で才波さいば君が九重君を下がらせる。少し離れたところまで行く九重ここのえ君。

 二人にはわかるやり取りなんだろうけど、私にはわからない。

 ロールプレイをしないと戦えないってことなのかな。


奏汰かなたは戦わないのか?」

「生身の人間が相対したら死ぬだろ」


 何を当然と言わんばかりの表情で才波さいば君が言う。知らないよ、そんなの。


「じゃあオレ達ロールプレイしてる人間はどうなるんだよ」

「致命傷を負っても本体は大丈夫だ。死なない。心に傷を負うぐらい」

「それは大丈夫って言うのか?」

「勝てばいいんだよ、勝てば!」


 あ、そのセリフ、勝也かつやが言いたかった。

 才波さいば君は見た目だけコノカちゃんで性格は似せる気ないみたい。コノカちゃんならもっと違うこと言った。

 今だってコノカちゃん、というか九重ここのえ君なら「大丈夫、若葉わかばちゃんが怪我しないようサポートするから、がんばろうね」って言ってくれた。

 でも今隣にいるコノカちゃんは才波さいば君がロールプレイするコノカちゃんだから、こう言うんだ。


「怪物と戦うコツを教えてやる。ひるまないこと、驚かないこと。心を強くもて。ビビッて動けなくなったらそれでおしまいだ」


 どこから敵が姿を現してもいいよう周囲に目を向ける。

 ひるまないこと、驚かないこと。

 九重ここのえ君はグロテスクな見た目だと言っていた。

 吸血されるまで姿が見えない、とも。

 あれ、じゃあ、目でとらえようとしてもダメなんじゃ。


「なあ、正臣まさおみ──」

「っらぁ!」

「!」


 才波さいば君が突然何もないところを殴りつけ、そのまま地面にたたきつけるように拳を振り下ろす。

 拳が地面に当たったわけではない。

 でも、何かがぶつかったように砂煙が立つ。


「な、どうした!」

「気をつけろ、敵が来た」

「!」


 もくもくと立ち上がる砂煙が徐々にひいていけば、襲撃者の正体が見えてくる。

衝撃で透明性を失った赤黒い生物。生物と言えるのかもわからない。顔も手も足もなく、ただ血液を吸い上げるための無数の触手と、獲物を刈り取るための鉤爪を有した未知の物体。

 奇妙で、おぞましくて、人の精神をすり減らす得体の知れなさを宿した不可思議の存在。ソイツを目の当たりにしてしまう。


 ────。

 ──。


「ッハーーーー」


 盛大に息を吐き出す。

 うん、大丈夫。

 事前に才波さいば君に教えてもらったコツが役に立った。動揺してない。体も動かせる。戦える!


「やるぞ、カツヤ!」

「おうっ!」


 才波さいば君とともに臨戦態勢に入る。

 一番最初に動いたのは赤黒い生物。狙いは私。

 捕まらないように動き出し──。


「ふぎゃっ!」


 こけた。

 盛大にこけた。

 ひざは擦り剝け、足に延ばされた触手で血液が奪われる。一度に吸える量に限りがあるのか吸血が止まった隙を見て逃げ出したはいいものの、思うように力が入らない。


「くらいやがれ!」


 代わりに才波さいば君が蹴りを入れようとするけれど、それも避けられてしまう。

 くそぅ、やられたままで終われるかっ。

 力のない足で蹴りを放つけれど、避けられるまでもなく空振りに終わる。

 それでも、次は避けてみせるという意地で伸びてきた触手をかわし、そのままこぶしを振り上げる。が、当たらない。足に力が入らなくて、直前で失速してしまう。

 元の身体の運動神経は関係ないって聞いてたのに、これじゃあただの永田ながた若葉わかばだよ。

 戦闘の才能がなさすぎる。

 戦闘慣れしている才波さいば君はあと少しで当たりそうというところまで来るのに、相手が避けてしまう。

 相手にとってより厄介なのは才波さいば君の方。

 面倒な相手を先につぶそうとでも考えたのか、標的を私から才波さいば君に変え襲い掛かる。

 才波さいば君は当然私なんかよりも素早くて戦いに慣れてて、相手の行動だって見えてる。でもそれ以上に相手が早かった。

 触手が才波さいば君の左腕をつかみ上げる。

 苦悶の表情を浮かべる才波さいば君。

 がむしゃらに体を動かして敵を振りほどき放った拳は、二人分の血を吸って力を蓄えた相手には届かない。それどころか、力の入らない才波さいば君を嘲るように再び触手を放つ。

 このままじゃ、才波さいば君が──!


「『プレイ』№32。ゾーイ・ミラ!」


 声がして、才波さいば君と触手の間に誰かが割り込み、才波さいば君の代わりに攻撃を受けた。

 癖のある長い赤髪を一つにまとめた長身の綺麗な女の人。

 全然違うのに、わかってしまう。

 この人、九重ここのえ君だ──。


「カツヤッ、動け! 蹴れ!」

「はっ、はいっ!」


 見とれていたのをとがめるように命令され、反射的に足を動かした。

 ドンっと、私の脚が怪物の身体に食い込む。

 ……当たった?

 当たった!

 表面が固いのか全力ダメージとまではいかなかったけど、それでも当たった。ようやく当たった。

 やったぁ。


「ぼさっとするんじゃないよ。次に備えな」


 感動する私に九重ここのえ君が喝を入れる。続けて才波さいば君にも。


「ちんたらちんたら、と。おい、クズっ、さっさと倒しな」


 こ、九重ここのえ君、全然違う……。


「ロールプレイのめりこみすぎだろ……。でも助かった。感謝する」


 才波さいば君はあきれたように九重ここのえ君を見た後、怪物に視線を向ける。まだ戦闘は終わっていない。

 私の蹴りで距離を取っていた怪物が、再び襲い掛かってきた。対象はまたもや才波さいば君。


「避けなっ、正臣!」

「わかってる」


 才波さいば君が触手から逃れようと身をよじる。

 二人のやり取りを聞きながら、私は才波さいば君の前に飛び出していた。


若葉わかばちゃんっ!?」

永田ながたさん!」


 二人が私の名前を呼ぶ。

 わからない。

 才波さいば君の回避が失敗に終わりそうだったからとか、もしかしたら頭ではちゃんと考えていたのかもしれない。

 でも、とにかく、こう思った。

 こっちが早いって。


「いまだ、こいつをやっつけろ!」


 私の声を聞いて九重ここのえ君と才波さいば君が動き出す。

 九重君は銃で、才波さいば君はこぶしで。

 それぞれの攻撃方法で敵を倒そうとして、より早かったのは才波さいば君だ。九重ここのえ君が照準を合わせている間に、才波さいば君が敵を殴りつける。相手ごと地面の抉るような、とてつもない威力のこぶし。

 赤黒い生物はピクピクと動いた後、さらさらと塵となって消えていく。

 一瞬の静寂。

 塵がすべて風に飛ばされ消えたのを見て、ようやく終わったのだと理解した。張りつめていた糸が解け、へにゃへにゃと地面に座り込む。


「終わったぁ~、緊張した~~、疲れた~~~」


 もう本当に本当に、無事でよかった。戦うのって怖い。できれば今後は避けていきたい。

 安堵の息を漏らしつつ顔をあげて空を見上げれば、才波さいば君と九重ここのえ君が私を見下ろしていた。

 男の子二人、でも見た目はコノカちゃんと綺麗な女の人。

 そして私は男の子の姿。

 なんか改めて不思議な感じだ、なんて、のんきなことを考えていたら、九重ここのえ君に頬をつねられる。


「え、あの、痛いんですけど」

「なんで飛び出した。言ってみろ」

「えっ、オレが囮になった方が早いかなっていたたたたた!」


 さらに強くつねられる。


「死んだらどうするんだ」

「死ぬことはないって正臣まさおみが」

「俺のせいにすんな。心に傷を負うっていったろうが!」


 才波さいば君も一緒になって私の頬をつねる。


 なんで、なんで。私、頑張ったのに。


「いひゃいひゃいっ、ごめん、悪かったって」

「二度とこんな真似をするなよ」


 九重ここのえ君はいかめしい顔で再度注意をしてから手を放す。才波さいば君も同様。

 うぅ、ほっぺたが痛い。


「『エンド』」


 九重ここのえ君が唱えれば、その姿はきれいな女の人から元の九重ここのえ君へ。


「足すりむいてたよね、そこだけでも治療するから見せて」


 気づかわし気に尋ねてくるその様子もまさしく九重ここのえ君だ。


「このくらい放っておいても治るから平気だけど……、奏汰かなたのロールプレイ勇ましいな」

「……」

「格好いい女の人だった」

「……」

「どんな設定で、何て名前なんだ?」

「や、やめて、僕のことはいいから」


 九重ここのえ君の顔が赤くなる。


「えー、なんでだよ。もっと教えてくれたっていいだろ」

「やめてやれ、カツヤ。こいついっつもこうなんだよ。あとで恥じるくらいなら、もう少し抑えりゃいいのにな」

「全力で演じたほうが楽しいんだからいいだろ。調子も上がる気がするし。でもそれを普通の時に言われるのは照れ臭いんだよ」

「はー、中途半端な奴。ロールプレイも早々にしまいにしやがって。カツヤを見ろ、まだ役になりきってるぞ」

「あ、これは戻り方がわからないから。エンドって言えばいいのか?」

「ごめん、教えてなかったね。ロールプレイを終えるって言う気持ちを持ちながら、一言いうか、一つアクションするかすればいいよ」


 九重ここのえ君の説明に合わせて、才波さいば君がぱたんと本を閉じる仕草とともに元の姿に戻る実演をしてくれる。

 なんでもいいなら、どうしようかな。

 えーと、キャラの物語の締めでもあるしやっぱりこれかな。


「『めでたし、めでたし』」

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