第8話 初めまして、オレは

 再び電車に乗って、校区内に戻ってきた私たち。

 隣を歩く才波さいば君が説明をする。


「昨日みたいに突発的に怪物が現れることもあるけど、基本的にはちゃんと調査していくんだ。怪物に遭遇したやつの夢枕に立って、何月何日何時にここに来い言う。で、実際俺たちが赴く」

「へぇ~」


 相槌を打つ私の声は若干低い。


「話を聞いて、対策立てて、退治する。わかったか」

「おうっ!」


 ガッツポーズする腕は引き締まっている。

 才波君はニッと笑って私の背を叩いた。


「じゃあ、いくぞ。カツヤ」


 霧笛むてき勝也かつや。男。十歳。趣味は筋トレで、困難な壁は当たって砕いていく性格。特技は回し蹴り。

 これが今回、私がロールプレイするキャラだ。

 苗字の霧笛むてきは、無敵の置き換え。

 名前の圧が強いし、男の子だし、性格真反対だし、うまくやれるか不安だけど、やるしかない。失敗したらその時だ。

 どこに向かってるのかはわからないけど、とりあえず男子二人の隣に並び、おいていかれないよう歩く。男子二人って言うか、コノカちゃんの姿をした才波君と、特に何のロールプレイもしてない九重ここのえ君だから、実質男子一、女子一だけど。

 昨日の九重ここのえ君の話だと、コノカちゃんは戦闘に特化したキャラってことだから、才波さいば君がコノカちゃんになってるのはわかる。


奏汰かなたは変身しないんだな」


 いつもと口調を変え、霧笛むてき勝也かつやのロールプレイで九重ここのえ君に問いかければ、急に呼び捨てにしたことに驚いたのか、九重ここのえ君は少し目を丸くした後、口ごもりつつこう答えた。


「必要があればするよ、うん」

「そいつ、人格記録帳パーソナル・メモリーズに登録してるのが女ばかりだから照れてんだよ」

正臣まさおみっ!」


 横から茶々を入れた才波さいば君を九重ここのえ君が怒鳴りつける。それでもへこたれない才波さいば君。


「なんだよ、本当のことだろ」

「別にそんな理由じゃない」

「じゃあ記録帳開けよ」

「……」


 あ、九重ここのえ君がそっぽ向いた。図星なんだ。

 九重ここのえ君に、


「コノカちゃんには変身するだろ? 他はダメなのか?」


 と問いかければ、


心花このかはいいんだど、その他のは……」


 ため息まじりにそう返される。


「え、他のは何?」

「……初期のころに言われるまま作ったから変なのが多くて。人格記録帳パーソナル・メモリーズも無限に登録できるわけじゃないから仕方なしに使ってるんだけど、若葉わかばちゃんの前でアレをやるのはちょっと、ね」


 九重ここのえ君はハハッと苦笑する。

 もうこれ以上聞いてほしくなさそう。

 キャラはキャラ、九重ここのえ君は九重ここのえ君。どんなに変なロールプレイでも同一視することはないのに。

 信頼の無さに落ち込んでしまう、のを、阻止するように、バシンっと勢いよく背中が叩かれた。


「おいっ。『霧笛むてき勝也かつや』が肩を落とすな」


 叩いたのは才波さいば君。


「『霧笛むてき勝也かつや』の性格は?」

「困難な壁は当たって砕いていく……」

「わかってるなら、下を向くな、前を向け」


 才波さいば君はフンっと鼻をならす。

 叩かれた背中はひりひりと痛い。でもおかげで目が覚めた。

 そう、今の私は永田ながた若葉わかばじゃない。『霧笛むてき勝也かつや』だ。

 だったら、答えるべきはこう。


「オレは奏汰かなたがどんなロールプレイしても気にしないぜ」

「……ありがとう」


 九重ここのえ君は複雑そうな顔で笑った。

 ん、これは当たりの反応じゃなさそう。

 なら──。


「オレ、奏汰かなたのロールプレイ見てみたい」

「そのうちね」

「自分と全然違うキャラでもできるってことだよな。尊敬する」

若葉わかばちゃんもだいぶ上手だよ」

「オレ、コノカちゃんのこと好きだし、他のキャラも絶対好きになる自信がある」

「……、……」


 九重ここのえ君がピタッと返事を止め、何かを訴えるような目で私をじっと見た。そして小さく口を動かす。

 それはあまりに小さな動きでなんて言っているかはわからなかった。


「おっ、あそこだな」


 訊き返そうとした私の言葉は、楽し気な才波さいば君の声に遮られる。つられてみてみれば、公園のベンチに男の子が座っていた。どこか不安そうな顔できょろきょろとあたりを見回しため息をついているが、その場から離れようとはしない。

 男の子には見覚えがある。


「あれって須田すだ君だよな?」

「そうだね」


 九重ここのえ君に確認を取れば肯定が返ってきた。

 須田すだ勇人ゆうと君。同級生だ。

 私は同じクラスになったことはないし顔を知っているくらいの間柄だけど、確かコノカちゃんは一緒のクラスになったことがあったんじゃないかなあ。


「化け物退治してるってこと意外と隠してないのか」

「……基本的には隠してる」


 九重ここのえ君は小さく鼻を鳴らし、才波さいば君の腕をつかんだ。


正臣まさおみ、ここは僕と若葉わかばちゃんが行くから」

「カツヤ、な」

「……僕とカツヤ君が行くから」

「任せた」


 才波さいば君がひらひらと手を振る。九重ここのえ君はちらりと私を見て、ついてくるよう視線で促す。


「今から僕たちは須田すだ君から怪物についてききこみをするんだ」

「おう」

「どんな怪物と遭遇したのか知ることで事前の対策ができる」

「おう」

「コツは相手の警戒心をいかにほぐしていくか、だ」

「わかった。俺たちが任せて安心だって思ってもらえれば良いんだな」

「そうだね。そういうことだ。今回は僕がお手本見せるよ」

「助かる」


 説明をされたところで、実際に話している姿を見ないとどうにもできない。九重ここのえ君が、良いからやってみろって言うスパルタ方式じゃなくて助かった。

 九重ここのえ君の後ろを歩いていけば、私たちに気づいた須田すだ君が疲れた顔をパッと輝かせて近寄って来る。


「もしかして変なの退治してくれるのってお前ら?」


 須田すだ君の目は期待と安堵の色が宿っていた。

 見知らぬ人間に突然話しかけるほど怖い思いしたんだ。早く解決しなくっちゃ――。


「助かった。あ、俺、須田すだ勇人ゆうとって言うんだ。二人はこの辺のやつじゃないよな。化け物退治で遠くからやってきたとかそんな感じ? なんにせよ助かったよ。聞き込みするんだろ、何でも聞いて」


 いや、須田すだ君の元々のコミュニケーション能力が高いだけかも。

 素の私なら絶対まねできない感じだあ。

 対する九重ここのえ君は、慣れた様子で須田すだ君と向き合う。


「初めまして、僕は九重ここのえ奏汰かなた。怪物退治の専門員だ。さっそくなんだけど、須田すだ君が遭遇した化け物が、どんな奴でいつ現れたのか教えてくれる?」

「ああ。一昨日家に帰ってたら変な声が聞こえて、急に腕を掴まれたと思ったら血が出て……ほら」


 言いながら須田すだくんは服の袖を捲り、左腕を見せてくる。その腕は不自然に細く、ねじれ、血の気が感じられなかった。

 思わず顔をしかめそうになるのを、須田すだ君の手前どうにか堪える。

 九重ここのえ君は腕をじっと見て、さらに質問を続けた。


「変な声っていうのは具体的にどんな感じ?」

「笑い声って言うのかな。クスクス笑う声がしたんだ」

「あーなるほど」


 九重ここのえ君は一人納得の声を上げる。


「なんかわかったのか?」


 問いかければ、


「まあ、だいたいね」


 と何でもない様子で返された。すごいな、今の情報だけでわかっちゃうんだ。


「人の血を吸う怪物だよ。普段姿は見えないけど吸血した後だけ姿を現すんだ」

「吸血。ドラキュラみたいな?」

「うーん、もう少しグロテスクな見た目かな」


 私を怖がらせないようにか、遠回しな表現をする。想像がつかない。でも、実際に吸血された須田すだ君が怪物の姿を思い出し青ざめた顔になっているのを見るに、よほどの姿なんだと思う。


「カツヤ君は何か聞いておきたいことある?」

「え、俺! うーん」


ベテランの九重ここのえ君が事態を把握したなら、私が聞くことなんてない気もするけど、そうだなあ……あっ!


「腕、大変なことになってるけどよく無事だったな」

「ああ、うん。俺も死ぬかと思ったんだけど通りがかった同級生が助けてくれたんだ」

「すげえな。どんな子?」

置網おきあみ心花このかっていう、かわいい子。俺の好きな子なんだ」

「え……」


 九重ここのえ君を見る。

 九重ここのえ君は眉をしかめている。

 須田すだ君を見る。

 須田すだ君は照れている。

 九重ここのえ君を見て、須田すだ君を見て、もう一度九重ここのえ君を見る。


「え?」

「カツヤ君。落ち着いて」

「でも、あの」

須田すだ君、その置網おきあみ心花このかって子は何か言ってた?」

「学校ではこのこと秘密にしてって言われた。二人はウチの学校じゃないしいいよな? あ、っていうか、置網おきあみさんも二人の仲間だったりする?」

「そうだよ。だから学校では秘密にしてね」


 え、あ、あっさりばらしちゃうんだ。

 九重ここのえ君の反応からすると、須田すだ君と会ったコノカちゃんは九重ここのえ君じゃないんだよね。才波さいば君ならちゃんと教えてくれているはずだし、もしかして私の知らないコノカちゃんがいる?

 さすがにこの場で聞くわけにもいかなくて、二人の様子を眺める。

 その後、遭遇した場所と時間、周囲に誰かいたかの聞き込みを終え、最後に九重ここのえ君が、


「その腕、二、三日中には治るから安心してね」


 と告げ、須田すだ君と別れる。

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