2章

第7話 説明を受けよう

 平日の放課後、学校近くの公園。

 遊びに来たわけではない私は、日陰にあるベンチにちょこんと座る。


「…………」


 遊んでいる子たちがたくさんいる中、私だけ一人でいるのってなんだか緊張する。

 一人ぼっちって思われてるのかな。一人でいたっておかしいことはないよね。待ち合わせしているだけなんだし。

 それに言うほど周囲は私のことなんて気にしないはず。

 ……自分で考えて自分で傷ついてしまった。

 だめだ、マイナス思考が抜けない。ハァっとため息をつく。


「どうしたの、ため息なんかついて」


 下を向く私に、頭上から声がかかる。

 慌てて顔を上げれば、コノカちゃんの長い髪が私の頬を当たる。コノカちゃんのくりっとした大きな目が私を捕らえる。


「ため息ついたら幸せが逃げちゃうよ」

「うっ、ごめん、才波さいば君……」


 そう謝った瞬間、コノカちゃんから盛大な舌打ちが聞こえてきた。


「ッハア~。今の俺、完璧にコノカで奏汰だったろうが。なんで気づくんだよ」


 コノカちゃんではありえない強い口調と荒々しい態度で、ドカッと私の隣に座る。このコノカちゃんは才波さいば君が変身したコノカちゃんだ。


「コノカの要素だけじゃダメだって思って、奏汰かなたっぽさを取り入れたんだぜ」

「えっと、九重ここのえ君ぽいかはわからないけど、なんとなく才波さいば君かなって。あ、でも、たまたま当たっただけで次も当たるとは限らないし」

「じゃあ次見破ったら承知しないからな」

「えっ……それは……」

「ウソだよ。そんなことしたら奏汰かなたに怒られる」


 そういうと才波さいば君は立ち上がって私を見た。


奏汰かなたが待ってる。行くぞ」

「あ、うん」


 私も立ち上がる。

 今日は今から、九重ここのえ君のお家で人格記録帳パーソナル・メモリーズの詳しい説明を受けるんだ。

 私も立ち上がって才波さいば君の後についていく。


♦♦♦


 九重ここのえ君のお家はとても大きなお家だった。そしてどこか暗い雰囲気の漂うシンとしたお家だった。

 電車に乗って知らない町まで来て、ぐるりと塀に囲まれた大きなお屋敷に案内されたときはとっても驚いた。

 長い廊下を歩きながら、前にいる才波さいば君に尋ねる。


「コノカちゃんのお家とは違うんだね」


 コノカちゃんは私の家の近くのマンションに住んでる。今までのコノカちゃんが九重ここのえ君なら、九重ここのえ君はマンション住まいのはずだけど……。


「本当の家はこっちだよ」

「そうなんだ」


 お部屋はたくさんあるみたいなのに、どの障子も閉まり切ってて物音ひとつしない。

 私たちが黙ってしまえば、聞こえてくるのは足取りに合わせて軋む廊下の音ぐらい。

 ──なんだか、怖いな。

 って、ダメ!

 人のお家なのに怖いなんて、失礼だ。

 怖い気持ちをグッと押し殺してついていき、たどり着いた部屋で、


「いらっしゃい、若葉わかばちゃん」


 と、笑顔で出迎えてくれた九重ここのえ君を見て、ようやく胸を撫でおろす。

 お部屋はとても片付いていて、壁際に学習机と椅子、部屋の中央に折り畳み式のローテブルがあるくらい。九重ここのえ君が部屋を散らかしているイメージはないけど、なんだろう、使用感がなさすぎる気が……。


「はい、若葉わかばちゃん、これに座って。正臣まさおみも」


 九重ここのえ君は押し入れから出した座布団を私と才波さいば君に勧める。


「あ、ありがとう」


 九重ここのえ君と才波さいば君が隣同士、ローテブルを挟んで対面に私という形で座る。


「じゃあ、まずはこれ」


 そう言って九重ここのえ君が取り出したのは、記入欄に何も書かれていないまっさらな人格記録帳パーソナル・メモリーズ。相変わらず質問文は読めない文字で書いてある。


「とても貴重なものだけど、今回特別に貸し出されることになった」

「俺が交渉した」

「使い方は簡単で、これに触れたら書いてある文字が読めるようになるから、そのまま書き込んでいくだけ」

「直接書いていいの? 昨日は書かずに言うだけだったよ」

「書いたほうがより詳細に設定できるから、時間があるなら書いたほうが良いんだ」


 九重ここのえ君の返答に合わせるように、才波さいば君がスッと私の前に鉛筆と消しゴムを置く。


「書く前に、まずはコツを教えてやるからちゃんと聞けよ」

「じゃあ、やってみようか」


 二人に対し、こくりとうなずく。


 まず一問目、『名前は?』。

「適当。呼ばれたときに反応できればそれで充分」

「一度登録したものはまた使うかもしれないから、よく考えたほうが良いよ」

 ん、あれ?


 第二問、『見た目は?』

「わかりやすく他人になれる部分だからな。いっぱい考えたほうが良い! とりあえず強くて迫力ある感じにしようぜ! その方が化け物もひるむ」

「数値さえ決めてしまえば、具体的な容姿はあまり気にしなくていいかな。身長二メートルって書いても、頭で思い描いた姿が幼稚園児だったら幼稚園児の姿になるから」

 え、えっと。


 第三問、『性格は?』

「あー、そこはそんなに深く考えなくていい。化け物退治には必要ない個所だし、どうせ破綻する」

「ロールプレイするときの指針になるからしっかり考えたよう」

その……。


 第四問、『運動能力は?』

「とにかく高い方が良い」

「設定した見た目と性格に寄るよ」

 だから……。


 第五問、『何が得意?』

「得意って言うより趣味を考える箇所だな。ソイツの個性を表すから面白いのがいいぜ。誰に理解されなくても、自分だけの一芸があればロールプレイがはかどる」

「おすすめは他人との会話のきっかけになって、かつ、実用的なものかな」


 さ、さっきから二人の言ってることがバラバラ。

 これじゃあ参考のしようがないよぉ。

 でも、せっかくアドバイスしてくれたのにどっちかだけを参考にしたら、角が立つし。どうしよう。

 困っているのがばれないよう下を向いて必死に考える。


「──、おい、奏汰かなた。お前のせいで永田ながたさん困ってるぞ」


 !

 思わず顔をあげる。

 才波さいば君はテーブルに肘をついて、あきれたような顔で九重ここのえ君を見ながら話をつづけた。


「お前と俺が正反対なことういうからどうしていいかわからないって顔してるぞ」

「なっ、別に困らせようとしたわけじゃ」

「化け物退治なら俺の方が詳しいんだし、俺にまかせとけよ」

「それをいうなら、僕の方が歴が長いんだし僕に従うべきだろ」

「いいや、俺だね」

「いうこと聞けよ、わからずや」

「頑固者」

「減らず口」


 ど、ど、どうしよう。二人が喧嘩を始めてしまった。

 私のせいだ……。

 えっと、えっと、


「両方!」


 二人の喧嘩をとめるべく大声を出す。

 二人の視線がこちらに向く。


「あ、あの、両方やってみて、私なりのやり方を見つけられたらなあ、なんて、思って……」


 とっさに声を出したはいいものの、うまく考えがまとまってない状態だから、最後しどろもどろになってしまった。

 九重ここのえ君と才波さいば君は一瞬視線をかちあわせた後、お互い仕方がないというような小さなため息をついて喧嘩をやめてくれる。

 よ、良かった。


「で、俺の案と奏汰かなたの案、どっちを先に試してみるんだ?」


 良くなかった。

 ああ~、才波さいば君の視線が怖いよぉ。

 才波さいば君からの視線を避けるように下を向く。でも、才波さいば君は見逃してくれない。


「俺だろ、なっ?」

「おい、正臣まさおみ若葉わかばちゃんが困って──」

「さ、才波さいば君のにします!」


 才波君の圧を感じ、頭真っ白になりながら声を出す。

 恐る恐る顔を上げれば、勝ち誇った顔の才波さいば君と、少し口をとがらせすねたような表情の九重ここのえ君がいた。

 あ、ど、どうしよう、さっきかばってくれようとしたのに私が無視したから九重ここのえ君、怒っちゃったかも。

 あわあわと九重ここのえ君を見ていたら、九重ここのえ君と目が合った。

 九重ここのえ君がジッと私を見ている。

 な、なんて言えば……。

 九重ここのえ君は口を開いて何かを言いかけ、グッとこらえるような表情をした後、こう言った。


「……、依頼はたくさんあるから、今回は正臣まさおみのにしよう」

「よしっ、じゃあ書き込んでいくぞ」


 才波さいば君が意気揚々と人格記録帳パーソナル・メモリーズを指し示す。

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