第5話 私も一緒に

 化け物を探しに校内を練り歩く。前に才波さいば君と九重ここのえ君。私は後ろをついていく。

 さて、自分で言うのもなんだけど、今の私はよくしゃべる。

 コノカちゃんならこうするって考えながらロールプレイするのは結構楽しい。もともとコノカちゃんみたいになりたいって思ってたから、コノカちゃんに近づけてるようでうれしくなっちゃう。

 さすがに明日からも続けるわけにはいかないけどね。

 地味で目立たない私が、いきなりコノカちゃんみたいになったらクラスのみんな変に思うから。

 今だけ。

 この特殊な空間の今だけ。

 ちょっと寂しく思いつつ、二人には気づかれないように笑顔で話しかける。


「化け物退治って具体的にはどうやるの?」


 答えたのは才波さいば君。


人格記録帳パーソナル・メモリーズで人格を出力するとき退治に必要な術も設定してあるんだよ。それを使って攻撃する」

「えっ、そんなことできるの? 私の時は術なんて設定できなかったよ」

「正しい使い方すればできるんだよ」

「なるほど」


 聞かれたことを答えたつもりだったけど、それだけじゃダメだったってことかあ。

 どうすればいいか、ちょっと気になるな。

 そんな私の興味心を察したように才波さいば君が口角を上げた。


「方法、知りたいか?」

「え、う──」

「おい、正臣まさおみ! 若葉わかばちゃんを巻き込むなよな」


 勢いよく首を縦に振ろうとしたのを遮るように九重ここのえ君が才波さいば君に文句を言う。

 続けて、


若葉わかばちゃん、こいつのいうこと気にしなくていいから。僕らは危ないことしてるんだし若葉わかばちゃんまでかかわる必要ないよ」


 と、心配そうな顔で言ってきた。


「そ……」


 その言い方、仲間外れみたいで傷つく。

 出かかった言葉を、ぐっとこらえる。

 うん。九重ここのえ君は私の心配をしてるんだもんね。

 ここで関わりたいなんて言っていいのは、関われる実力もある本当のコノカちゃんだけ。性格よせただけのわかばじゃダメってことだ。

 コノカちゃんに近づけてるかもなんて調子乗っちゃったな。

 あははっと笑って言葉を続ける。


「危ないもんね。私には無理だわ」


 頭を掻きながら、九重ここのえ君が望む言葉を演じるロールプレイする


「……ばーか」


 前方で小さく才波さいば君がつぶやいた気がした。


若葉わかばちゃん?」


 私の様子に九重ここのえ君は小首をかしげるけど、それ以上は聞いてこない。


「化け物退治は、虹色に光る核を割ればおしまいだから若葉わかばちゃんが怖がることはないよ」


 というだけ。

 うん。後ろで見てるのは得意だから。大丈夫。

 化け物と戦いたいのかって聞かれたらそうじゃないし。

 慣れた二人に任せるのがいいに決まってるし。

 怖い思いをしたいわけじゃないし。

 うん。

 うん。

 ──ただ、ちょっとだけ。

 ちょっとだけでいいから私も──。


「いたぞ!」

「下がって、若葉わかばちゃん!」


 私の思考を遮るように二人が身構える。

 廊下の角を曲がってすぐ、私たちを待ち構えるかのように大勢の魚人が立っていた。魚人のぎょろりとした目が一斉にこちらに向く。

 私は再び魚人を見てしまう。

 さっきの教室での死の感覚がよみがえってくる。


「──」


 気づけば私は叫ぶための息を吸い込んでいた。

 声が漏れる。その瞬間、


「大丈夫だ、落ち着け。俺たちが何とかする」


 優しい声が私を包み込んだ。

 正気を取り戻した私の目に映るのは才波さいば君と九重ここのえ君の背中。二人が前に立ってくれているおかげで、魚人の姿が見えなくなっていた。


「動ける、若葉わかばちゃん?」


 九重ここのえ君が背を向けたまま私に問いかける。


「う、うん」


 返事は小さな声しか出なかった。

 でも、九重ここのえ君は怒ることはない。むしろ安心したような声を出す。


「なら良かった。僕らはアレを倒すから若葉わかばちゃんはそこの角で待ってて。できる?」

「でき、る……」

「そっか。なら、三秒数えるから走ってね。……三、二、一」

「っ」


 私は言われた通り、角を曲がって身を隠す。

 曲がった直後、足がもつれて転んでしまったけど、九重ここのえ君のカウントに合わせて走り出せただけよかったのかもしれない。

 声を抑えて体を起こし、膝を抱えた状態で座る。

 角の向こうからは戦う音が聞こえる。

 そういえば才波さいば君、刀をもってたっけな。あれで戦ってるのかも。九重ここのえ君は何も持ってないように見えたけど、でも無策で挑むわけないし何か方法があるんだと思う。二人ともすごいな。

 震える手で、膝小僧からジワリとにじむ血をぬぐう。

 ……転んだ音、戦闘音でかき消されてよかった。

 迷惑、かけたくない。

 何もできなくても、せめてお荷物にはなりたくないんだ。嫌われるくらいなら空気のように目立たず生きていく方がましだって、そう思って過ごしてきた。

 だから、かな。

 自分以外の誰かになれるって聞いた時、ちょっと期待したの。

 もしかしたらこんな私でも、誰かの役に立てる、誰かに認めてもらえる、そんな存在になれるんじゃないかって──。


「?」


 ふいに周囲が明るくなった気がして顔を上げる。

 なんだろう。

 のっそり立ち上がりながら光の出どころを探してみれば、才波君たちが戦っているのとは反対方向に宙に浮かぶ虹色の球があった。そのすぐそばには魚人が一匹。魚人は私に気づいてない。

 虹色の球体。多分あれが九重ここのえ君の言ってた核ってやつだ。

 じゃあアレを壊せたら終わり。

 どうしよう、才波さいば君たち呼ばなきゃ。

 そしたら終わる。

 でも、あの魚人、核を持って逃げちゃいそう。

 二人を呼びに行ってたら間に合わない。

 どうしよう。

 今、ここにいるのは私だけで。

 ──どうしよう。

 今、核に気づいてるのも私だけで。

 ────どうしよう。

 今、私が動けば間に合うかもしれなくて。

 ──、──、──。

 今、私がしなくちゃいけないことなんだと思う。


「!」


 私は魚人に向かって走り出す。

 私、変わりたいと思ったの。

 コノカちゃんのロールプレイして積極性が増したような気がしてなんでもできる気がしたけど、でもやっぱりコノカちゃんじゃないから肝心なところは参加できなくて。

 ながたわかばだから仕方ないって、あきらめたの。

 でも、あきらめちゃダメなんだ。

 変われるチャンスなんだ。

 なりたい自分のロールプレイをするんだ!


「っ、それを、よこせぇえ!」


 魚人に勢いよく体当たりをして、核を奪い取る。

 割り方!

 わかんない!

 こうなったら!

 奪い取った勢いでそのまま核を地面にたたきつける。


パリンッ


 ガラスの砕ける甲高い音が鳴り、廊下が虹色の光に包まれた。

 私はその光を茫然と見ている。

 私に核を奪われた魚人は、光とともに消えていく。

 数秒して光が収まれば、いつもの、何の変哲もない廊下に戻っていた。

 終わった、のかな──?


若葉わかばちゃん!」

永田ながたさん!」

「はっ、はいっ!」


 後ろから大きな声で名前を呼ばれ、びくっと肩をあげながら返事をする。

 振り返れば、才波さいば君と九重ここのえ君が走ってきていた。


「何があった? 大丈夫か? 怪我は?」


 これは才波さいば君の言葉。


「もしかして核を割った?」


これは九重ここのえ君の言葉。

 二人とも目を丸くして私を見てる。

 私はというと、


「えっと、あの、怪我は平気、核は多分割ったと思う。虹色のやつ」


 しどろもどろになりつつそう答えるだけだった。

 コノカちゃん。

 コノカちゃんのロールプレイ。

 それならちゃんと答えられる。

 呼吸を整え、コノカちゃんならどうするかシミュレーションしながら口を開いたところで、

「やるじゃん、永田ながたさん」

「さすが若葉わかばちゃんだね」


 私の名前を呼ばれた。

 私を見てもらえた。


「~~~~」


 こらえきれなって泣いてしまい、二人を慌てさせる羽目になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る