26 引退宣言
タスマに笑顔でそう言われても、ベアリスの心細げな表情は変わらない。
「ですがね、いきなりそう言ってもやっぱりちょっと不安でしょう。ですからこれを」
タスマはそう言ってなんだか大きめの玉を繋いだ腕飾りのような物を取り出す。これまでの細かなビーズを編んだお守りのアクセサリーとはちょっと印象が違う。
「これはね、魔女が呪いを受けたお客さんのために編んだお守りとは違います。おばあちゃんが、孫の幸せを願って作った腕飾り。これを代わりに差し上げます」
「えっ!」
戸惑うベアリスの左手首にタスマは淡い色で作った腕飾りを巻いてやる。それはピンクや白、薄い黄色で作ったなんとも可愛らしい腕飾りだった。
「この腕飾りが切れた時、その時があなたの中のわだかまりがすっかり溶けてなくなる時。あなたの願いが叶う時。その時まで肌見放さず付けておいてくださいな。そしてこれが切れたら、そんなことはもうすっかりどこかに追いやってしまうこと。そうは言っても人の心はそんな簡単なものじゃない、これからも思い出して悔しいことも悲しいことも、そして黒い心を持つこともあるでしょう。そんな時は、呪い避けやら呪詛ではなく、おばあちゃんに話を聞いてもらう、そんな軽い気持ちで会いに来てくださいな」
「いいんですか?」
ベアリスは薄っすらと涙を浮かべ、タスマにもらった腕飾りを右手で押さえた。
「ええ、いいですとも。もっとも、こちらも商売ですから、それなりに料金はいただきますけどね」
タスマの言葉にベアリスが明るく笑い、今日の料金として相談料だけを払って帰っていった。今回の腕輪はタスマの好意、プレゼントなので無料ということだった。
「お疲れさまでした」
ベアリスが帰るのを見届けて、テイト・ラオは隠れ場所から出てきてタスマを
「いえ、そちらこそお疲れ様です。あんな
「ええ、充分以上です。本当にありがとうございます」
「先生に教えていただいたおかげで、ベアリスさんが随分と楽そうになってよかったです」
「いえ、それもタスマさんがこれまでに作ってくださった関係があったからこそです。僕が一からと言っても、こんなにうまくはいかなかったし、何より時間がかかってベアリスさんはまだまだ苦しむ日が続いたでしょう」
お互いに本心からうまくいってよかったと思ったようだ。
「それで、先生に注意されてたんですが、一つだけあんなことをしてしまって」
「あんなこと?」
「ええ、腕輪です」
「ああ」
テイト・ラオはタスマの力がベアリスの感情を増幅させている可能性を考えて、今回は守り札もお守りのアクセサリーも渡さないでほしいと頼んでいた。
「あれは、かえってよかったんじゃないでしょうか。ベアリスさんは自分を守ってくれる物が何もないと思ったら、もしかしたらどこかに不安を残したままになったかも知れません。ですが、おばあちゃんが守ってくれるお守り、そんなのがあったら、それは一番素晴らしいと思います」
「ああ、よかった」
タスマはテイト・ラオの言葉にシワだらけの顔をさらにくしゃくしゃにして笑った。その顔は、まさに孫を想う祖母のそれにしか見えない。
「ただ、念の為なんですが、あれには魔力は?」
「ええ、込めてません。それで、今までのお守りとは違うことを分かってもらおうと思って、見た目もあんな風に変えてみました」
「かわいかったですね、あれ」
「ありがとうございます。ベアリスさんに似合う物をと思って作ってみたら、ああなりました」
「いいですよ、あれ」
「自分でもそう思います。これからはああいうのを作って売ってみましょうかね、魔法をこめた守り札やお守りではなく。もうね、ほとほと疲れてきたんですよ、魔法の道具を作るのも」
タスマはなんとなく力なくそう言って笑った。
「タスマさん?」
「いえね、ラオ先生もご存知でしょう、私は元々人で魔女ではないと。修行の末、多少の魔力は手に入れましたが、それだけのことです。なので正直、ベアリスさんが求めるだけの守り札すら、作るのは結構大変で、つくづく自分の力のなさを感じていたんですよ」
テイト・ラオはどう答えていいものか困ってしまった。師匠のキュウリルは生まれついての魔女だ。だから人の魔女にそんな悩みがあるなんて、考えたこともなかった。
「人の魔女はやはり人、今度のことでつくづく思い知りましたよ。だから、私はもう魔女をやめようかと思います」
「ええっ!」
思いもかけないタスマの引退宣言にテイト・ラオは驚くしかない。
「やっぱりね、無理だったんですよ。無理に無理を重ねて魔女をやってきましたが、やっと分かりました。私はしょせん人でしかないってね」
一体どう声をかけていいものか分からない。
「でも、やめてどうするんですか?」
「そうですねえ、占いのおばばでもやりますかね」
タスマはさびしそうにそう言って笑う。
「なあに、今までとあまり変わりありませんよ。ただ、魔女って名乗るかどうかだけの違いです」
言葉だけは晴れやかだが、やはりどこか無理をしているようにしかテイト・ラオには見えなかった。
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