25 心の内を
泣き続けるベアリスを見て、これでかなりの原因は解消されたなとテイト・ラオは判断した。
一番の原因は、抑えつけられたベアリスの自我だ。あれほどひどい中傷にさらされて傷ついたベアリスの心、そこから生み出される負の力がベアリス本人だけではなく、周囲の者たちにも呪いを振りまくことになったのだろう。タスマに心の内をすっかり打ち明けることで、かなり気持ちは軽くなったはずだ。
だが、ベアリスは自分でも言っていたようにごく普通の人間だ。魔法を使えるわけでもなければ、何か特別の
(そのベアリスさんが、どうしてあそこまで強い力をあちらこちらにぶつけることができたのか、なんだが)
テイト・ラオには少し心当たりがあった。今はまだ仮説だが、そうではないかと思うことがある。
ベアリスは落ち着くとタスマに話を続けた。
「それで、街でその悪口を言っていた人たちを見かけると、どうしても憎いと思う気持ちを押さえられなかった。見て見ない振りはしたけど、完全に知らん顔するというわけにはいきませんでした。その頃からです、なんだか不調を感じるようになったのは。それで、それが決まってその人たちを見かけた後だったので、もしかして何か呪いでもかけられてるんじゃないか、そう思ってタスマさんに声をかけたんです」
なるほど、きっかけは嫌なことをされた相手を見かけたこと。テイト・ラオは記録を続ける。
「それがお守りをもらったらその嫌な感じを感じなくなったんです。それで、タスマさんのお守りが呪いを祓ってくれたんだということが分かりました」
ベアリスはキラキラした目でタスマを、いや、タスマの向こうの祖母の姿を見ているようだ。
(ものすごい信頼度だなあ)
テイト・ラオは記録を続けながらやはりそうかと確信を持っていた。
(この信頼度からベアリスさんとタスマさんに特別なつながりができてしまったんだろう)
テイト・ラオはなんとなくそうではないかと思っていた。ベアリスとタスマの波長が合ってしまったこと、それが今回のことのもう一つの大きな原因だ。
タスマの守り札ははっきり言ってそれほどの力を持ってはいない。せいぜいちょっとした軽い呪いを祓うぐらいの効果がある程度だ。
だからテイト・ラオはずっと不思議に思っていたのだ。どうしてその程度で祓えるぐらいの弱い呪いが、そんなにいつまでもいつまでも、逆に力を強めながらベアリスにまとわり続けるのかを。
「ずっと街を歩いていても、誰もが私を馬鹿にしているようにしか思えなかった。きれいな人を見ると、せめてあの人ぐらいきれいだったら、あんなこと言われずに済むのにと、全く関係のないその人のことまでなんだか憎たらしくなりました。私ぐらい普通の人が男性と幸せそうに並んでいると、あの人だって普通なのに、一緒にいる男性がクラシブほど素敵じゃないだけで、誰もあの人にあんなことを言わないなんて、こんな不公平なことがあっていいの、って、その人のことも憎たらしくなりました」
つまり、どんな女性を見ても憎しみの気持ちを抱いてしまったということか。テイト・ラオはそのことを書きつけながら、それで片っ端からベアリスの呪いを受けてしまったわけだと納得した。
「それから、私の味方なんだって分かってても乳母のおばさんの、その、体調悪いと言うとおめでたではと言うのもつらかった。だって、もしも本当に赤ちゃんができて生まれてきたら、その子までその人たちの呪いを受けるかも知れない。この呪いが消えるまで、私が勝つまでは子どもを生むわけにはいかないんです。だから、乳母のおばさんとも、話をしたくないと思ってしまって……」
それでか! どうして乳母のところで具合が悪くなったのか、そこの部分はいくら考えても分からなかった。
(これが女心ってやつなのかなあ)
テイト・ラオは師匠やミユーサに言われる「女心が分からない」は、男である自分には、永遠に分かりそうにないと思った。
とにかく、ベアリスは今まで誰にも話せずに溜まりに溜まった心の
(ただ、残りの2割がどうなるか)
テイト・ラオはペンの尻でいつものように頭をカリカリとかいた。
こうしてベアリスは心ゆくまでタスマに話を聞いてもらい、すっかり心が軽くなったようだ。
「本当にありがとうございます。こんなこと、長々と聞かせてしまってごめんなさい」
「いえ、こちらもあなたの心の中を全部聞かせてもらえてよかったですよ」
「あの、じゃあ今日もいつものように守り札とお守りをいただいて帰ります」
「いえ、その必要はないでしょう」
タスマの言葉にベアリスはきょとんとした顔になる。
「あなたには今はもう守り札もお守りのアクセサリーも必要ないです。むしろない方がいい」
「そんな……」
また心細そうなベアリスに戻る。
「あなたは強い子、私にそうして全部思ったことを話したように、思ったことをちゃんと伝えることです。そうすればもう怖いものはない」
タスマはかわいい孫を包み込むような笑顔でそう言った。
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