24 氷の刃

「そう、じゃあ話を聞いてよかったんですね」

「ええ、本当に聞いてもらいたかった……」


 テイト・ラオは聞く限りではベアリスが自分で呪いをかけるほどの状況が想像できない。多分、その後で何かあったのだろう。


(タスマさん、この先のことが重要だと思います、この先を聞き出してください)

 

 心の中からタスマに思いが届けとばかりに必死に念じた。


「それで、そんなにお幸せなのに、なんでまた呪いを受けるようなことになったんでしょうね」


(タスマさんその調子!)


 テイト・ラオは思わず胸の前で右手をぐっと握りしめる。


「それなんです……」


 ベアリスは小さくため息をつく。


「クラシブはどうしてか、そんな風に私みたいな子をずっとずっと思ってくれて、そして私もその思いを受け止めて、結婚しようとなったんです。でもね、私ってあまりにほら、普通じゃないですか」


 ベアリスはそう言うと、両手で自分の頭から下をさっと撫でおろすようにした。


 本人が言う通り、ベアリスは飛び抜けた美女というわけでも、そしてこう言ってはなんだが、何か特別の魅力を感じるという女性でもない。かわいらしくはあるが、ごくごく普通、どこにでもいるような女性と言えるだろう。


「普通なんですよ、私」

「そうですねえ、確かに」


 タスマが素直に認め、ベアリスがなんだか悔しそうに唇を噛んだみたいに見えた。


「そう、普通なんです」


 もう一度そう繰り返す。


「だから、クラシブの結婚が決まったとみなさんが知った時、相手が私だということで、すごくびっくりされたようです。嫌というほど耳にしました、なんであんな普通の子がって」


 ベアリスはさらに悔しそうな顔になる。


「街を歩くとあっちこっちから変な目で見られて、そしてひそひそと話をされるんです。でも私は知らん顔してました。だって、クラシブが選んだのは私なんだから自信を持つんだ、そう自分に言い聞かせてました。でも怖いですね、そういう声って、聞かないようにしていても、どんどん染み込んでくるんです、体にも心にも……それでも私はクラシブに愛されている自信があったので、無視しようと思ってました。そうしたらある日、本当に偶然に、クラシブにしつこく言い寄ってたと聞いた、ある良いおうちのお嬢さんと、その取り巻きが話しているのを耳にしてしまったんです」


 ベアリスの顔が悔しいを通り越して、なんだか暗い色を帯びた感じがした。


「その人たちはこんなことを言ってました」


『乳母の子ですって、きっと玉の輿を狙って子どもの頃からクラシブ様に近づけたのに違いないわ』

『なんて浅ましいのかしら』

『クラシブ様にお似合いなのは……様のような上品でお美しい方』

『本当にあんななんの取り柄もないようなつまらない子、どうして』

『きっと呪いでもかけたのに違いないわ』

『そんなことしてまで結婚したかったのかしら』

『でもきっと続くはずないわ、きっとすぐにクラシブ様が目を覚まして捨てられるわね』

『そうしたら……様のところに求愛に来られると思いますわ』

『呪いが解けて真実の愛が実を結ぶ、素敵だわ』

『でも、間違えて子どもでもできてしまったらその子も気の毒』

『そうよね、クラシブ様の子をあんな女が産むなんて想像もできないけど』

『……様とクラシブ様なら、きっと美しいお子様がお産まれでしょうに』

『あんな女の産む子はきっと醜い子に違いないわ』

『ああ、気の毒なクラシブ様』

『早くあの女をなんとかしないと、かわいそうな子が生まれてしまうわ』

『……様、まだ結婚前ですもの、今からでもあの女の正体をあばいてボガト家に知らせてはいかがですの』


 テイト・ラオはベアリスの話の内容に愕然がくぜんとした。いくら想い人が他の人を選んだからといって、ここまでひどい誹謗中傷ひぼうちゅうしょうを人はできるのか。他人のテイト・ラオが聞いてさえここまで心が凍るのだ、当人のベアリスはどんな気持ちだったのだろうか。


「私はいいんです」


 ベアリスは凍りついたような笑顔でそう言った。


「だって、どう言われてもクラシブに愛されて、選ばれたのは私です。その事実があるから何を言われても我慢できます。だけど、まだ宿ってもいない、生まれてもいない私たちの子にまで、そんな言葉をと思うと、今まで自分の中にはなかったような憎しみの気持ちが湧いてきたんです。ひどい目に遭わせてやりたい、そして這いつくばらせて、ざまあみろと言ってやりたいって……」


 ベアリスの言葉は氷の刃のように冷えていた。おそらく、その冷たい刃が自分だけではなく、他の女性たちにも突き立てられたのだろう。


「だけど私、そんなことを考えてしまう自分のことが恐ろしくて、そんな自分になってしまうのなら、いっそ、クラシブとの結婚を諦めようかとも考えました。だけど、クラシブの笑顔を見たら、とてもそんなこと言えなくて。だって、私も本当に心の底からクラシブのことが大事になって、一生隣で笑っていたい、そう思って、だから、だから……」

 

 ベアリスの目から涙があふれてきた。


「だから、そのことも、全部、おばあちゃんに聞いてほしかった……おばあちゃん!」


 ベアリスはタスマに抱きついて、わあっと大声で泣き続けた。

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